書籍『ネットフリックスの時代』インタビュー(前編)
「クリエイターはより自由に表現できる」西田宗千佳が語る、Netflixと配信コンテンツの可能性
「Netflixは視聴者が面白いと感じるかどうかを基準に制作できる」
——しかし、Netflixなどの配信系プラットフォームの制作現場では事情が異なる。
西田:そうなんです、Netflixなどのコンテンツの出資者はあくまで視聴者なので、彼らの制作者は、シンプルに視聴者が面白いと感じるかどうかを基準に制作でき、結果として自由が利くようになるわけです。しかもNetflixの場合、全13回の連続ドラマであればその全13回分をすべて配信スタート日に公開します。テレビドラマでは3ヶ月の放送期間中にリクープすることを考えて制作する必要がありますが、Netflixであればもっと長い期間ーーたとえば2年のうちに全話を観てもらってリクープできればいい、という発想になるんですね。だからこそ小出しにする必要もないわけで。さらに、このドラマはスタートした時点では、それほど人気が出ないかもしれないけれども、ロングランで楽しんでもらえる作品なので、それに合わせて予算の規模を設定する、ということもできるようになる。つまり、テレビ視聴のためのシステムの外にありながらも、観ているデバイスは主にテレビである、というかたちになるので、結果として制作者の自由度が増すことになるんです。
——かつてはテレビで自由度の高い作品を作るとなると、どうしても低予算になりがちだったけれど、そうではないかたちも実現できる、と。
西田:そこがNetflixなどの大きなポイントで、自由度の高い作品に大量の人を集めて予算を付けることができるからこそ、そのドラマに対して著名なクリエーターが関わってくれるようになったんです。たとえば、デビッド・フィンチャー監督とか。
——作品の倫理基準もテレビとは異なり、より幅広いテーマの作品が生まれる余地がありそうです。
西田:たとえば殺人鬼がテーマの作品を作ろうとした場合、地上波の場合だと、その表現はもちろんのこと、ありとあらゆるものに制約があるんです。しかし、それがネット放送ということになれば観る人は限定されますし、少なくともスポンサーのいうことを聞かなくても済みますので、クリエーターも自由になります。さらに原作者も、ネットで放送するのであれば自分が書いた作品をあまり縮小されないだろう、と判断して権利を与えるケースも多い。Netflixの人に、どこまで表現していいのかルールを聞いたところ、別に決まったルールはないけれど、何でもやっていいというわけではない、という簡潔な答えが返ってきました。表現者の自主規制に任せる部分が大きいんですね。
——性的な表現などは?
西田:日本のテレビなら、たとえば乳首が見えてしまったらダメだとか、様々な制約がありますが、Netflixの場合は、このシーンは性的なものかもしれないが、このドラマの中では表現として不自然ではないし、こうあるべきだというものに関しては、そこでノーという理由は無い、という考え方なんです。そのさじ加減を、毎回制作者と話し合いながらやることができる。そういったところも自由度が高いんですね。また、言葉の使い方も大きなポイントです。たとえば『ナルコス』は、コロンビアが舞台の話なので半分はスペイン語なんですが、アメリカでは英語以外の言語で話されているドラマや映画は成功した試しがないんです。ところが、これは全編の半分がスペイン語なんですね。スペイン語がスペイン語のまま話されて字幕が流れるんです。そのほうが当然リアルですし、コスタリカとかで麻薬戦争をしているのに英語で話しているシーンを観るよりは、ずっといいですよね。観ている側も、こういうものだったらこうだよね、と思って受け入れているのだと思います。
——実際に、原作者の中にはNetflixだから許諾している、というケースも増えてきていますね。
西田:以前なら、放送だと厳しい内容なので映画にしようとか、それより昔、30年ほど前にVHSのレンタルビデオが出はじめた頃であれば、尺も自由だし、中身も自由だということで、Vシネマとかオリジナルビデオアニメができたわけです。今やそういう作品もほとんど無くなってしまって、自由度のある制作環境というのも無くなったわけですけど、ネットで再びそういう土壌ができたので、制作者もそこに魅力を感じているわけです。また、Netflixなどの配信を観る人々は、基本的にお金を払っただけの満足度を求めているので、極論すれば“濃い作品”を求めることになる。いわば、固くて噛み砕かないと味が出てこないような作品も多いんですけど、そういうものが理解されて評価される可能性も高いんです。エミー賞などを受賞する作品がAmazonやNetflixのドラマになっているのは、そういう理由からでしょう。クリエイターにとっては、ビッグビジネスの規模で自由に表現できて、しかもリテラシーの高い視聴者に向けて作品を作ることができる、ある意味で理想的な状況が整いつつあるのです。(後編に続く)
(取材=神谷弘一/構成=松田広宣)
■書籍情報
『ネットフリックスの時代 配信とスマホがテレビを変える』
発売中
定価:本体760円(税別)
著:西田 宗千佳
新書:224ページ
出版社:講談社