ゴーストや骸骨兵の独自ルールが仕掛ける極上のトリックーー第36回鮎川哲也賞『さまよえる永遠』を読む

異色の本格ミステリ

「死体は物であり、遺族と葬儀屋以外は丁重に扱ってくれない。なってみたらわかる」。

 第36回鮎川哲也賞を受賞した悠木允のデビュー作『さまよえる永遠』は、そのように書き出される。原文では「なってみたらわかる」の部分が傍点で強調されている。つまりこの視点人物は、死体になっているのだ。

 鮎川賞といえば、長編ミステリ小説を募集する新人賞であり、なかでも不可解な謎を合理的に推理して意外な真相を明らかにする本格ミステリ作品を多く送り出してきた。長編ミステリに関しては、やはり殺人という人間にとっての大きなタブーをあつかったものが多い。そのなかで幽霊が探偵になったり、ゾンビが存在する世界で事件が発生するなど、死んだら終わりというわけではない設定のミステリもしばしば書かれてきた。過去の鮎川賞受賞作にもその類の作品はあった。幽霊やゾンビといった超常的な存在を登場させることで、死という問題を日常にはない観点から描こうとするのだ。

 ただ、超常現象を安易に作中へ導入すると、なんでもありになって、合理的な謎解きなどできなくなってしまう。そのため、本格ミステリのなかでもホラーやSF、ファンタジーなど非日常の要素を盛りこんだ特殊設定ミステリでは、作中の現象はどんな範囲でどのように起きるのかなど、法則やルールを示して語ることが求められる。合理的な推理、解決が成立するためには、必須の条件だ。

 『さまよえる永遠』もそうした作法にのっとっている。視点人物で主人公の少女・シオンは、通常ならば死体になるほどの危害を加えられても意識が持続し、傷も速やかに治る不死者だ。この世界には彼女以外にも少なからず不死者がいて、彼らはどんなにダメージを受け、細かく粉砕されたとしても、長い時間がかかるとはいえ肉体は修復される。死ぬことができないのだ。シオンは、不死者になった自分がどう生きればいいのか、ヒントを得るため似た境遇の者がいる場所を巡る自分探しの旅に出る。だが、行く先々で事件に遭遇し、探偵役を務めるはめになる。

 注目したいのは、4短編の連作の形をとったこの長編が描く不死のあり方が、一様ではないということである。舞台は1000を超える国がある新大陸だ。

 例えば「第一章 ゴーストはお菓子箱の中で踊る」は、次のような設定だ。ゴーストとは地縛霊であり、ゴーストスポットと呼ばれる場所から離れられない。しかもゴーストには定員があるため、志願しても死ねばなれるというものではない。ゴーストになれる序列は決められている。定員に空きが出たからといって、規則違反でゴーストになった者は、ゴーストスポットで権力を持つカーディナルによって魂を消滅させられる。第一章では、そのような場所であることが説明されつつ、殺人事件の真相解明が進められる。ゴーストはサイコキネシスが使え、壁を抜けることも生きた人に憑依して動くこともできるが、それらの能力には制限があることも示される。

章ごとに深まる死角

悠木允『さまよえる永遠』(東京創元社)

 続いて第二章では、1000年も眠り続ける王を、骸骨だけの姿になった兵士が守り続け、目覚めるのを待つようになった経緯が記される。さらに、第三章では不死者を信仰の対象とし不死者になる方法を研究する宗教団体が、第四章では不死者がたどり着く最果の地が舞台となる。シオンは、各地で不可解な死と出くわす。不死といっても、シオンのような不死者とゴースト、骸骨兵では、存在のしかたに差がある。

 章ごとに、物語が展開される場所がどのような性格を持っているのか、丁寧に語られていく。特殊設定ミステリでは、その物語世界に住む人にとっての特殊と普通と、読者にとっての特殊と普通がズレている。その死角にトリックを仕かけて読者の意外性をもたらす。

 冒頭に引用した「死体は物であり、遺族と葬儀屋以外は丁重に扱ってくれない。なってみたらわかる」とは、車に轢き殺されたシオンが、蘇りつつある場面だった。犯人たちは死体を埋めて事故をなかったことにしようとする。だが、彼女は生き返って動き始める。ミステリの犯人としてはありふれている死体処理という行動が、ここでは無効になってしまう。本作は、世界観がしっかり構築されており、そうしたズレがきめ細かく用意されている。あの手この手で驚かせようとする。

 物語が進むにつれ、不死者になったシオンが過去に受けてきた差別が明かされるのが切ない。傷つけられても殺されてももとに戻るなら、なにをしたっていいではないかという周囲の無慈悲な態度に彼女は晒されてきた。だが、不死者でも痛みは感じるのだ。作中では、肉体は修復を繰り返すが、精神的ダメージの方はそうではなく、自我は崩壊しうるとされている。また、不死者になったらその時の年齢のまま肉体は成長も老化もしないため、赤ん坊の不死者は大人になれないという。これらの設定は、生きるとはなにか、死ぬとはなにか、成長や老いとはなにか、体と心はどのような関係にあるのかといった哲学的な問いを読者に想い起させる。同時に、死体に「なってみたらわかる」というように、異常な状況を普通なものとして語るこのズレは、ミステリの仕かけとして有効なだけでなく、笑いを誘うおかしみもある。特殊設定を施す意義を感じるデビュー作だ。

■書誌情報
『さまよえる永遠』
著者:悠木允
価格:1,980円
発売日:2026年10月30日
出版社:東京創元社

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