コラージュは足し算ではなく引き算ーーM!DOR!初のコラージュ作品集『the residents』刊行記念インタビュー
作為を排し、偶然を信じて切り貼りする作家・M!DOR!による初のコラージュ作品集『M!DOR!作品集 the residents』が、国書刊行会より刊行された。1600年代の古書を含む現物素材のみを使い、パリの蚤の市で集めた紙片を切り貼りして生まれる彼女の作品は、どこかクスッと笑えるユーモアと、見たことのないキメラたちが棲む不思議な世界観で多くの人を魅了してきた。刊行を記念した本インタビューでは、ジャック・プレヴェールやジョゼフ・コーネルのコラージュから受けた影響、現物素材へのこだわり、「!」や「?」といった記号を使用するワケ、果てはコラージュの核心を突く「良い作品」と「良くない作品」の差まで、M!DOR!に惜しみなく語ってもらった。
「私の中の住人たち」——タイトルにこめた思い
——なぜ『the residents』というタイトルになったのでしょう?
M!DOR!:作ってる作品のことを昔から「私の中の住人」って呼んでるので、せっかく最初に作品集を出すんであれば、やっぱりその思いと、その呼び方を大事にしたいなと思って『the residents』と名づけました。
——最初、タイトルを見て目玉の覆面バンドの方のザ・レジデンツかと思いました。あのバンドもコラージュを駆使する実験的サウンドなので、M!DOR!さんのコラージュ作品集にふさわしいタイトルだなと勝手に(笑)。
M!DOR!:私もレジデンツ好きなので、もしかしたらどこかで無意識に影響されてるかもしれません。
——偶然の一致だとしたらシュルレアリスティックで美しいです。「住人」っていうのは基本的に作品の中に出てくる、顔が動物になっている人間とか、不可思議なキメラしか住めない場所なんでしょうか?
M!DOR!:そうですね。でもどっちにしろ、私のコラージュでキメラじゃないものでも、全部「私の中の住人」みたいな括りなので、顔が変わってるから住人、人っぽいから住人とかではなくて、作品自体がもう、私の中の感情から生まれた住人なんですよね。
余白ゼロ、タイトルなしの美学——1950年代の写真集から学んだレイアウト
——一冊の本にするうえで、「ここは絶対にこうしたい」みたいなこだわりポイントはあったんですか?
M!DOR!:一番こだわったのは断ち落とし[注:ページの端まで余白なく画像を配置し、印刷後に余分を切り落として仕上げる手法]で、まったく余白がない状態で編集・構成してるんです。最初からそういう作品集にしたいなと思って。1950年代の写真集を見たときに、リング製本ですべて断ち落としの写真集があって、それを見たときに一番今まででインパクトがあったんです。コラージュの雑多とした、わーってくる感じを感じてもらいたいなと思って、余白はなしにしました。
——なるほど。これかなり効いてますね。画集を買っても、異様に余白が大きいとガッカリしてしまうことがあります。それと、作品にタイトルをつけませんよね。
M!DOR!:もともとあんまりタイトルをつけるのが好きじゃなくて。先入観を植え付けたくないんです。自分が美術館で見てても、先にタイトル見ちゃうと、「へえ、そうなんだ」って固定された意識で見ちゃうのが昔から気になってました。美術館で見るとき、もうタイトル見ないことにしたんです。キャプションを読まないで、とりあえず見て帰るみたいな。その方が自分の中で好きなように感じたり、捉えたりできるので、私の作品集もその方がいいかなと思って。
茶目っ気とユーモア(ときおりパンク)
——M!DOR!さんの特殊性って、ジャック・プレヴェールがコラージュの入り口になってるところだと思います。彼のコラージュのユーモア、この本のあとがきだと、「クスッと笑ってしまうお茶目さ」に影響されたとのことですが、そこを重要視する理由は何ですか?
M!DOR!:ユーモアは、偶然やおかしな関係で生まれるサプライズみたいなもので、作品の中に少しの違和感とか、遊びをもたらしてくれるものだと思っています。下半身がキノコとか、ランプシェードになってたりするキメラ【図 52-53ページ&110ページ】とか、コラージュだからこそのありえない組み合わせがやっぱりユーモアかなと。そういうのを作ってるときはすごい楽しいし、「今まで見たことないもの生まれたな」みたいなワクワクさえあります。
——M!DOR!さんのコラージュにはお茶目さやユーモアがありますが、一方でダダのコラージュなどは結構ヴァイオレントで、政治諷刺やアイロニーも強烈なコラージュも多いじゃないですか。ああいうのはどういうふうにご覧になってますか?
M!DOR!:それはそれで、その人の伝えたいことだったりとか、その時の感情とかが出てるんだろうなと、自然と受け止めてます。私にもヴァイオレントな部分がないわけではないんですけど、作品に出るっていうことがあんまりなくて。攻撃性とかアイロニーとかも、意識的にメッセージとして入れこもうとしたことは全然ないですね。
——とはいえ作品集の中で、このヴィヴィアン・ウエストウッドみたいな顔の女の子は、M!DOR!さんの作品系の中でおかしいと思うんです【図 9ページ】。やけに顔が攻撃的すぎるっていうか(笑)。
M!DOR!:私がこの女の子を選んだのは、なんかそのちょっと「チッ」てなった感じがすごい可愛いなと思って(笑)。パンクな可愛さですよね。私やっぱパンクが好きなので、自然にこの子を選んじゃってました。困ったというか、怒ってるというか、葛藤してる感じに、その時惹かれたのだと思います。多分こういう素材選びに、自然に攻撃性が出るんでしょうね。
1600年代の古書を切る——現物素材へのこだわり
——1年に1回、パリの蚤の市でコラージュの素材を集めてらっしゃるとのことですが、古い雑誌や本を買うときに、どういう基準で選んでるのですか。
M!DOR!:まず著作権があるので、基本的に70年以上前のものしか使わないようにしています。70年間っていうのが基本的な著作権の保護期間なので、それよりさらに前のものであればより安全性が上がるって判断で選んでます。あとはもう単純に、開いてみて自分が惹かれるモチーフがあったら買うっていう感じですね。
——最古のものだと、どれぐらい古い本を使ってるんですか?
M!DOR!:自分が持ってる中で一番古いのは1600年代ですかね。開いたらパラパラ、なんか紙の粉が落ちてきて、すべて粉になって崩れ落ちてしまうんじゃないかと毎回ちょっと怖くなるっていう(笑)。
——何百年か前の雑誌だと、稀少価値がありそうでもったいなくて切れないって思っちゃうんですけど、「いてまえ!」って感じでちょん切るわけですよね? コピーもしないですもんね。
M!DOR!:そうですね。初めてやった時から、現物使いたいっていうのが自分の中であって。コピーしちゃうと色も変わっちゃうし、紙質が一気に現代的になっちゃう。拡大コピーや縮小コピーをしたら、もうそれだけで意図的なものになるっていうのが自分の中であって。なので、現物を使うっていうスタンスは、一番最初に始めた時からずっと変えてないですね。
——なるほど。とはいえ、やっぱり1600年代の本を切ると考えると、コラージュってすごいサディスティックなアートにも思えるんですよね。人だって容赦なく切り刻むじゃないですか(笑)。
M!DOR!:あまり考えたことなかったけど、残酷なことしてるなとはたまに思いますね。人を断ち切ったりとか、バラバラ殺人事件みたいなことやってる(笑)。ただ、そこまで意識に上がってこないタイプなんですよね。それよりも、綺麗に切れた快感だったりとか、自分が探してきた素材を大事に切ってる時の満足とか、そっちの方に意識がいきます。一回しか使えないので、裏表どっちもいい素材だった時に、どっちを使うかとかの決断とかもあったりとかするので、「当時のものを使うからには間違えられない」っていう意識が自分の中では強いですね。
「!」と「?」——ジョゼフ・コーネルの影響
——ところでM!DOR!さんの名前にはエクスクラメーションが入ってますよね。これはなぜですか?
M!DOR!:普通に「MIDORI」ってアーティスト名でやってたら、検索にも引っかかりづらいし、普通の名前すぎてあんまり面白くないなと思って。大文字・小文字を組み合わせたりとか、小文字だけとか、大文字だけとかいろいろ紙に候補を書いてみたんですが、どれもしっくりこないなと思って、なんとなく逆さまにしてみたんですよ。そしたら小文字のiがびっくりマーク(!)みたいに見えて、それがきっかけです。逆さまにするのが好きなんですよね。作品集にも、タバコの煙が重力に逆らって下にいくやつがあったりするぐらいで【図 104ページ】。
——ダダイズムもびっくりマークを濫用しましたし、クラウトロックのNeu!もびっくりしてますし、エクスクラメーションはある種モダンな反逆の記号みたいなところもありますよね。それで僕ね、M!DOR!さんは「!」好きなんだなと思ったんですけど、作品集の後半の立体コラージュ(アッサンブラージュ)に「?」が三回も出てきますね【図 156-157ページ】。ここに来てクエスチョンがいっぱい出てきたのはなぜですか?
M!DOR!:記号が好きなんですよね。びっくりマークもそうだし、クエスチョンマークもフォームとしてすごい好きっていうか。あと「謎を残す」みたいな感じが、自分の作品にも結構あると思っていて、そういう意味でもすごい惹かれる。
——箱ってやっぱり、何か大切なものを詰め込んで隠すものなので、オブジェ自体として謎そのものだと思うんですけど、あとがきによればM!DOR!さんの箱作品はジョゼフ・コーネルの影響なんですよね?
M!DOR!:立体を作る上でいちばん影響を受けたのはコーネルで、彼の作品を見たときに、小さい頃に自分の好きだったものとか、他の人にあんまり見られたくないような自分の中の世界を、その箱の中に閉じ込めてるって感じました。忘れないように閉じ込めてるのか、もしかしたら忘れたいから閉じこめてるのか、それこそ謎ですけど、その不思議な感覚がすごい良いなと思って。動物みたいに可愛いモチーフがあったり、庭っぽかったり、宇宙っぽかったり、作品によっていろんな世界だと思うんですけど、でもどこかに寂しさがあるっていうか、ちょっとノスタルジックな感覚もすごいします。コーネルみたいにそういう謎を残したいと思って、私も立体コラージュを作りました。
「良いコラージュ」と「良くないコラージュ」
——ここで究極の質問なんですけど、M!DOR!さんにとっての「良いコラージュ」と「良くないコラージュ」の差を教えてください。
M!DOR!:私が作るうえで良いコラージュだなと思うものは、素材同士が思いがけない関係を作っているもので、それはやっぱり自分で説明できるものじゃなくて、なんでこうなったのか自分でも分かんないってものなんですよね。あとは作った時に、「あ、なんかここピタッと自分が思うような感覚にはまったな」って心地よさがあるもの。最終的にそれを感じられるものが良いコラージュかなと。昔の紙をつかって、コピーもしないで、現物そのままの大きさと色でっていう制限された中で、「もうこの組み合わせしかなかったな」って作った後に自分で思えたら、もうそれは良いコラージュ。コラージュの偶然というのは素材が持ってきてくれるものであって、自分の意図を入れないからこそ良いコラージュになると思います。
——では、良くない方は?
M!DOR!:良くないものは意識的に後から素材を足したりとか、なんかここちょっと足りないなとか、変にバランスを考えすぎたものですね。その「なんか足した方がいい」って感覚自体がすでに良くなくて。もう意図的なんですよね。たぶん自分的にはうまくいってない。それがやっぱり良くないコラージュ。引き算ができるようになったっていうのは自分の中で大きくて。というのも、引き算できるってことは作為を減らせるってことなので。その意味で、私がこの作品集で一番気に入っているのが、二つの素材だけでできたこの作品なんです【図 32-33ページ】。素材数が極端に少なくて、マリア様と、違う人の顔だけなんですよ。
——たしかに最小の素材で、最大の効果を発揮してますね。コラージュというと素材を盛っていく足し算のイメージでしたが、これを見ると究極の引き算の美学でもありうるとも思えました。最後に、今後の展望を聞かせてもらえますか?
M!DOR!:コラージュの外に出ていくというより、コラージュの中でどこまで表現を広げていけるか模索してみたいです。映像やアニメーションへの展開も視野に入れつつ、あくまでコラージュという手法の可能性を追求し続けたいと思っています。コラージュって、見る人が自由に意味をつけられる余白があって、それがコラージュの良さだと思っていて。だから、特定のメッセージを伝えようというより、素材選びや配置などに無意識に現れているものが時代を映していけたらいいと思っています。
■書誌情報
『M!DOR!作品集 the residents』
著者:M!DOR!
価格:7,700円(税込)
発売日:2026年7月27日
出版社:国書刊行会