「前歯は自分から離れない宝石だった」ハリセンボン・箕輪はるか、川添愛のエッセイ『裏の裏は表じゃない』に惹かれたワケ

川添愛『裏の裏は表じゃない』(筑摩書房)

 お笑いコンビ、ハリセンボンのボケ担当として人気を博している箕輪はるか。本業はもちろんのこと、本好きとして知られており、過去には「POPEYE Web」や「暮しの手帖」にエッセイを寄稿、現在でも「女性自身」で書評を連載している。

 そんな箕輪が、今回新たに出会ったのが、言語学者・川添愛の新刊エッセイ『裏の裏は表じゃない』(筑摩書房)だ。研究者としてのみならず、作家としても活動する川添の著す言葉はウィットに富み、言語学の世界と一般の読者を橋渡しする存在として支持されている。

 アカデミックな知見と独自の視点を併せ持つ川添の頭の中身に、これまた独特の感性と知性を持った箕輪が感じたことを語った。

著者の歩んできた道のりがそのまま詰まったエッセイ

ハリセンボン・箕輪はるか氏

ーー書籍に、すごい数の付箋が貼られていますね! 本を読まれる際には、いつもそうされているのでしょうか。

箕輪はるか(以下、箕輪):好きな部分とか、気になったところに貼っています。あとで読み返したいなと思って。

ーー川添さんのことはご存じでしたか?

箕輪:いえ、存じ上げなくて。今回の本で初めて知りました。『裏の裏は表じゃない』って、「どういうこと?」と興味を持ちました。読んでみたら、扱われているテーマがすごく幅広くて驚きました。

ーー『裏の裏は表じゃない』は特定の媒体向けに書かれたエッセイではないんですよね。川添さんがこれまで複数の寄稿先に書かれてきたエッセイを、ひとつにまとめていて、そういう意味でも珍しいです。

箕輪:そうですよね。だから書いている文体も章によって違ったりして。それぞれを書かれた期間も、全体で見ると長いのだと思いますし、考え方の変化とか、興味の幅が広がっていったり、お仕事が変わっていく様子も収められていて。川添さんの歩まれてきた道のりがエッセイとして入っているなと感じました。言語学者の方の本と聞くと、硬く思ってしまいそうですけど、やわらかい感じのお話が多いので、すごく入りやすかったです。

自分には“考える体力”がなかったと言うけれど

ーー帯にもありますが、川添さんはご自身のことを「言語に愛されなかった言語学者だ」とお話しています。

箕輪:そうなんですよね。でも正直「そうなの?」と思いました。

ーーたしかに傍から見ると、十分言葉に愛されている感じです。

箕輪:「とある勘違い学生のアメリカ留学記」というエッセイがあって、大学院生のときに壁にぶつかったときのことが書かれています。そこで川添さんが、自分は“考える体力”みたいなものがなかったとおっしゃっていて。研究グループのメンバーみんなで、先生や先輩の家で朝から晩まで議論していたことがあったそうで、途中から頭が朦朧(もうろう)としていたと。

 自分では考えているつもりでも、途中で「あー、よくわかんない」みたいに諦めちゃったり、投げ出しちゃったりすることって、普通にあると思うんです。だからその気持ちってよくわかる。ただ、やっぱり学者さんとか、特に言語学、言葉を扱う方って、粘り強く考えるということをされ続けているのだと思います。だからこそ、“考える体力”という素敵な言葉が出てくるんじゃないかと。

 壁にぶつかったときの思いから、ご自身には“考える体力”がなかった、「言語に愛されなかった言語学者だ」とお話されているのかなと思いますが、川添さんだからこそ、日ごろの身近な出来事でも、おもしろく見えてくるのだろうなと感じました。

ーー「とある勘違い学生のアメリカ留学記」では、勉強とは関係のない、自動車免許試験の話も出てきていました。

箕輪:ここもおもしろかったですね。私は留学経験とかないんですけど、川添さんが、あまり考えずに行かれたみたいなお話をされていて。すごく勉強をしたくて学者になられた方というより、自分に近い感じの方が、興味を追求し続けていった結果として、今のキャリアを築いていかれていっているんだなと思いました。

爪や歯は、磨けば光る“自分から離れない宝石”だ

ーーほかに箕輪さんが個人的に共感したり、好きだと感じたエッセイはありますか?

箕輪:いいなと思ったのは、これは言語学者さんならではといったこともあるのかなと思いますが、“書き間違い”について書かれている「ティティヴィラスの悪戯」とか。あと「脳内ジュークボックス」は読んでいて、「へえ~!」と思いました。頭の中で同じ音楽が流れ続ける現象のことを“イヤーワーム”と言うと。自分でも経験したことがあることですが、そこにこういう名前がついているんだなと。そういった豆知識も随所に登場するので、ためになるなぁと思いながら読みました。

ーーたしかに、いろんな豆知識がさりげなく登場していて自然と入ってきます。

箕輪:はい。それに、個人的に好きだったのが爪について書かれていた「ツルツルピカピカ」というエッセイです。

ーー人間の体にある硬い部分について書かれていますね。

箕輪:「『生もの』である私たちの身体の中において爪は、歯や骨と並ぶ、数少ない『鉱物っぽい部分』だ」とあって、「たしかに!」と思いました。私も、特に世に出て来始めのころとか、「前歯に結構特徴があるよ」と覚えてもらったところがあるので、“歯”が登場したりすると気になるんですけど、川添さんは「身体の中の鉱物っぽい部分をツルツルピカピカにすることで、『自分から離れない宝石』を得たような気持ちになる」と書かれているんです。これまで“歯”は“歯”としか思っていなかったのですが、“自分から離れない宝石”なんだと。「宝石が自分の顔のまんなかで光っていると思ったら最高じゃん!」と嬉しくなりました。

ーー本当にそうですね。

箕輪:いい捉え方だなぁと。たしかに私も子どもの頃から「歯はピカピカに磨きなさい」と言われていましたし、もしかしたら親も、そういった宝石感みたいなものをなんとなく感じていたのかなぁ(笑)。あと、「型と創造」というエッセイでの視点も面白かったです。

ーーAIとの関係について書かれたエッセイです。

箕輪:AIを利用した体験イベントがあったみたいで、そこで逆に「人間とは何か」を考えるようになったと。自分の行動や思考が、実は型通りのものだと気づいたあとに、でもさらに、そうした型に満足しないことが、人間らしさなんじゃないかと行き着いていくんです。新しいものが生まれるときって、最初は「ん?」と思われることだったりしますよね。それって型から外れているものだったりするのかもしれない。どうしても型にすがっちゃうことって、みんなあると思うんです。だけど型通りじゃイヤだという気持ちこそが、人を楽しませたり、新しい何かに繋がっていくのかもしれないと、読んでいて自分の中ですごく腑に落ちたエッセイでした。

紙の本への思いや、書評も収録

ーー紙の本に対する川添さんの思いも登場します。箕輪さんも本は紙がお好きだとか。

箕輪:そうですね。紙の本をすごく大事にされているということで、私も同じだなと思いました。すべてを置いてはおけないので、電子書籍を買うこともありますが、基本は紙の本が好きです。家でも本棚に入りきらなくて、部屋に積み上げちゃうんですけど、そこに足をぶつけて崩しちゃうときがあって。見た目以上に重いので、ひとつの街が崩壊したくらいの衝撃があるんです。「やばい、ごめんなさい!」と思いながら戻すのですが、その重さにも意義があるのかなと思いますし、川添さんが「人間の頭脳も紙の本も、“言葉の源”であるところが共通している」とお話されているのが、すごくいいなと感じました。

ーー本書から、ご自身の生活に新たに取り入れてみようと感化された箇所はありますか?

箕輪:最後のほうに書評がたくさん出てきます。そこで川添さんが紹介されている本は、全部読みたくなりました。「崖っぷち院生と『笛吹き男』」というエッセイでは、阿部謹也さんの『ハーメルンの笛吹き男』と『自分のなかに歴史をよむ』という本を取り上げていました。そこに阿部先生が学生時代、恩師から「どんな問題をやるにせよ、それをやらなければ生きてゆけないというテーマを探すのですね」と言われたことの影響と、そこから川添さん自身が考えたことが語られていて、そうしたエピソードを含めて読んでみたいなと思いました。

もう一歩奥に、自分自身の内側を掘り下げていきたくなる

ーー改めて、こういう言い回しが素敵だな、うまいなと感じたところなどがありましたら教えてください。

箕輪:「はじめに」のところから、いいなと思いました。「エッセイとは何か」みたいなことが語られているのですが、「『良い』と『悪い』、『好き』と『嫌い』、『楽しい』と『苦しい』の間に広がる混沌としたグレーゾーンを、私たちはちっぽけな懐中電灯一つで歩き回っている」と。

 たしかに好きとか嫌いとか、何かをはっきりさせたほうが、人も集まってきやすいと思うんです。それこそ灯りが強いというか。でもその間の、なんというか、正解じゃないけど不正解でもないみたいな“グレーゾーン”を、懐中電灯を手に探っていくのがエッセイだと。素敵な表現ですよね。

ーー言い得て妙ですね。

箕輪:難しい言葉などは全然使わずに書かれていて、とても読みやすいので、ただ純粋に読むだけでも楽しいです。それに、感じたことを発端に「自分の考えはこうなんじゃないか」と自分自身の内側を掘り下げていくような作業をそのまま書いてくださっているので、何かを書きたいと思っている人の参考にもなる気がします。

ーー思考の流れをそのまま見せてくださっていますね。

箕輪:そのうえで、もう一歩奥に行くといった部分は、最初にも触れましたけど、やっぱり川添さんが“考える体力”をつけられてきたからこそできるのだろうと感じました。私自身は、割と手前のところで満足しちゃったりしていると思うのですが、川添さんのように、もうちょっと奥まで考えていったら、もっとおもしろいところに行きつけるんじゃないか。そう気づかせてくれる本だと思いました。

■書誌情報
『裏の裏は表じゃない』
著者:川添愛
価格:1,870円
発売日:2026年2月12日
出版社:筑摩書房

関連記事