【漫画】旅の醍醐味はご飯でも温泉でもない? 『岩毱山大観光ホテル』が教えてくれる“脇役”の魅力
旅の宿は、増築され続ける迷宮ホテルだった――。津村根央さんの読切漫画『岩毱山大観光ホテル』は、旅好きの主人公と謎の老人による不思議なバディもの。
本作の冒頭から中盤までが津村さんのX(@touhubook)にも上がっている。現実離れしながら、フワフワとした浮遊感のある本作はどのようにして生まれたのか。作者本人に語ってもらった。(小池直也)
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――約4000のいいねが集まっていますが、こちらについてどう思われますか。何が読者に刺さったのでしょうか。
津村根央(以下、津村):想定していた以上に反響があり驚きました。引用コメントやリプライなどを拝読しましたが、作中のさまざまな点に反応してくださっていて、興味深かったです。
旅行の「あるある」を面白がってくれた方、迷宮やリミナルスペース的な世界観が好きな方、元支配人の夢の切実さに共感してくださった方など、人それぞれに刺さった点があったのかなと思います。「これを読んで人生初の一人旅を決意した」というコメントもいただき驚きました。
――なぜ地方の増築され続けるホテルに着目を?
津村:旅行の主役は名所や美しい風景・グルメなどだと思いますが、いわゆる「観光地」には脇役としてそれらを支える要素がたくさんあります。例えば「その土地や施設のリーフレット」「看板や案内図」「無名のマスコットキャラクター原案」「見知らぬ特産物を使ったお菓子」など。昔はあまり気に留めていませんでしたが、その脇役にこそ、見過ごせないおかしみや郷愁、ふしぎと詩情までもが内包されていると感じるようになったんです。
そこに注目し、テーマにしたのが前作「胡孫町役場観光課巨大ガニ捏造事件」ですが、今作は第2弾として、館内図や案内板などの脇役の宝庫であるホテルを舞台に選びました。
――なるほど。
津村:共感してくださる方も多いと思うのですが、旅先でホテルに着いたら中を探検するのが好きで。窓の少ない独特な光景や複雑な内部構造は、まさに「探検」という言葉が相応しい場所ですし、大きな建造物の中を自由に歩き回れる機会も特別。
そんな私の「巨大な旅館やホテルの中を延々と探検したい!」という願望をそのまま形にしたのが本作です。
――おじいさんとの交流も描かれていきますが、これについては?
津村:もともと「コミカルなおじいさんキャラ」が好きなので出しました。おじいさんが冒険する作品は少ないので今作で無理やり冒険してもらおうかなと。
前作「胡孫町〜」では主人公を翻弄する町のおじいさんグループを登場させましたが、今作では若者と老人が協力して窮地を乗り越えていくバディものにしました。
――他に本作を描く際に意識したことや狙いなどはありましたか。
津村:登場人物たちと一緒に館内で迷子になるような感覚を味わってもらうことを意識しました。
――他に制作エピソードなどもあればお願いします。個人的には奇岩のくだりも興味深かったです。
津村:奇岩は小石や、大きな岩などが好きなので出しました。描いていて特にたのしかったページはラストの見開きの絵です。延々と続く室内から解放される爽快感と、異形のような建物から飛び出す臨場感が気に入っています。
――作画についてこだわりなどがあれば教えてください。
津村:全編アナログで作画したのがこだわりです。一番注目してほしいのは背景で、増築が進んで複雑化した館内の背景ホテルらしさと、迷宮のようなビジュアルの両立に苦心しました。コマ割りもページによって迷宮に見立てたりしています。
――なぜこのような「不条理」を主に描いているのでしょう?
津村:日常生活の延長線上で不思議なことが起こるとワクワクするんですよ。でも現実では起こらないので代わりに物語として描いています。
――最後に今後の展望などがあったら教えてください。
津村:現在、観光地の脇役である「おみやげ」をテーマにした新作の短編漫画を執筆中です。人に贈って喜ばれるようなおみやげ……ではない方の、自分が旅の記念に買うようなおみやげです。今作が好きな方はきっと気に入っていただけると思いますので、ぜひチェックしてください。