ココリコ田中はなぜ“頭足類”に魅了された? 『タコ・イカが見ている世界』著者・吉田真明に聞く最新研究
■“スローライフ”を謳歌する深海のタコ
――本にはタコ・イカの最新研究が多数掲載されていますね。
吉田:この本での僕の“推し”はメンダコなのですが、研究の中で一番面白いと思っているのがコウモリダコです。オウムガイよりも希少なくらいで、東海大学の実習船で捕獲されたものを提供してもらい、ゲノムを解析しています。
コウモリダコは深海200~500mを漂っているタコで、捕るのが難しいのですが、最近は室蘭など北海道でも捕れます。これまでは世界でもモントレー湾水族館くらいでしか研究できていなかったのですが、日本では漁師さんが捕ってくださるおかげで、研究の突破口が見つかりました。
今、もっとも興味があることは“スローライフ”です。タコもイカも一回産卵したらそれで命が終わります。生物の生活と死がリンクしていることを、“自殺生殖”といいます。
しかし、メンダコやコウモリダコなどの深海に生息するタコはそうではありません。ゆったり生きて卵を産んで、どうも10年ぐらい生きているのではないか。彼らがどんなメカニズムで進化し、体にはどんな影響が及んでいるのかを研究しています。
田中:イカも深海にめちゃくちゃ多く生息しているイメージがありますし、深海の食物連鎖を支えているイメージがあります。巨大な生き物がわざわざイカを食べにくるじゃないですか。それだけ、深海にはすごい数がいるんだろうなと想像してしまいます。
吉田:そうなんです。イカは生物量としてトップに近いですね。深海はイカにとっての天国なのでしょう。そもそも、深海に進出するのは簡単ではありません。適応できる体を持っている生き物は限られているのです。
イカは深海に生息するため、体液の中にアンモニアを大量に貯め、浮力を持たせています。サメも似た仕組みを持っています。ちなみに、ダイオウイカもメンダコも味は“まずい”といわれていますが、それはアンモニアのせいなのです。
■タコ・イカが持つ知性は凄い
――タコ・イカは人間のように愛情をもち、求愛行動をしたり、社会性や高度な知能もあるそうですね。
吉田:コウモリダコを提供してくれた東海大学の佐藤成祥先生がそういった恋愛事情の研究者で、“どのイカがモテるのか”を研究しています。体が大きいオスがメスを全捕りするそうです。
田中:イカの性別はどうやって見分けるのですか。腕を見るのでしょうか。
吉田:主に模様ですね。アオリイカなどはキスマークといわれる、茶色と白の縞々が大きなオスにはありますが、メスにはありません。ほかにも、人間にはわからない光の波長によってコミュニケーションをしているのでしょう。
田中:タコ・イカは模様も色も個性的なのに、色を認識できる視覚細胞みたいなものは持っていないのですね。色鮮やかな生き物は色を見るイメージがありましたし、勝手に見えているものだと思っていました。
吉田:タコ・イカは基本的にも色盲ですね。ホタルイカは、唯一複数の光を見わけているんじゃないかという説があります。光を感じるためにはビタミンAが必要ですが、ホタルイカは構造の違うビタミン類を使い分けていると言われています。自分たちの発光と他の生物を色で見分けているのではないかと考えられていますが、詳しくはわかりません。
田中:ホタルイカの目って、食べた時にめっちゃ歯に詰まりますよね。ホタルイカが有名な富山でも「気をつけてね、歯に詰まるから」と言われましたが、本当によく詰まる。でも、ホタルイカは色が見えているかもしれないというお話を聞くと、違った視点を持つことができました。
■タコ・イカが生命の起源を探るカギに
――本書の第3章では、タコ・イカのゲノム解読の話題を取り上げています。
吉田:ゲノムとは生命の設計図のことで、その生命を作り上げている遺伝情報のことを指します。2024年末時点で、タコ・イカは一通りゲノムの解読が終わっています。そして、タコはRNAを編集できることもわかっています。
生物の身体はタンパク質で作られています。その設計図であるDNAがタンパク質に変化する橋渡しをするのがRNA。これを編集できるということは、遺伝子に書かれていない情報を途中で付け加えられるということ。こうした生物は他にはいません。
田中:編集できる能力があることで、適応する世界が変わっていくのでしょうか。
吉田:タコには中南米の30℃の水温と、南極の-1.8℃の水温で生活している仲間が存在しますが、これらは温度などの状況に応じてRNAを編集し、高温仕様と低温仕様にすみ分けていることが最近の研究で明らかになりました。他の生き物にはありえない能力です。これは生物学的にも特異であり、タコ・イカを通じてゲノムやRNAの研究が進んでいます。
田中:第3章は、今後の生き物の研究において、何か大きなヒントになるのではないかと思いました。ヒトやほかの生き物にも研究の成果が生かせそうです。タコ・イカが科学の未来を切り開いていくかもしれませんね。
――そういった未知の世界に迫ることが、研究の醍醐味なのでしょうか。
吉田:それがあってこその研究です。研究対象となっていた生き物が、それまでにない価値を生み出してくれる。偶然の発見や実験の失敗、予想外の出来事でそれまで見えていた世界が変わってくるのです。タコ・イカがそうした刺激を与えてくれるおかげで、僕は研究者をやれています。
田中:タコ・イカも嬉しいんじゃないでしょうか。もしかしたら自分でも気づいていない、潜在的な能力を研究者が引き出してくれるんですから。
■タコ・イカと友達になった気分になれる
――この本をどんな方におすすめしたいでしょうか。
吉田:最近はSNSで生き物を発信する人が増えて、生態写真がどんどんネット上に公開されているのがありがたいです。生態写真が増えることで、さまざまな研究に役立つことがありますから。海や水族館の写真を載せる人は多いですし、愛好家のなかにはタコを自宅で飼っている人も見受けられます。
僕はぜひ、タコ・イカに興味を持ってくれる子供が増えてほしい。タコ・イカがどんな世界で生きているのかに、関心をもってほしいです。その入口としてこの本を手に取ってほしいと思います。
田中:『タコ・イカが見ている世界』を読んで感じたのは、文章は読みやすかったですし、写真も多くてとてもわかりやすい本でした。ゲノムのお話は難しい箇所もありましたが、タコ・イカの最新情報が盛り込まれているのが嬉しかったです。
それだけでなくて、タコ・イカとは何なのか、なぜあの形になって今の生活になっているのか……といった進化の歴史までしっかり書かれていますよね。身近な生き物ですが、ぜんぜん知らなかったことがたくさんありました。
――タコ・イカはもちろん、科学の世界への入口となってくれそうな本でもありますね。
田中:僕はこの本を読み終えて、タコ・イカと友達になった気分になれました。それといかに不思議でユニークな生き物だったのかを再確認できました。やはり研究者の方が書かれる本はいいですね。最前線でトライ&エラーを繰り返した成果を、本として読ませていただけるのはとてもありがたいです。
吉田:研究者のなかだけで話していると世界が広がらないので、研究をかみ砕いて皆さんに伝えるのは、大変ですが、楽しい作業でもあります。読んでくれた方にタコ・イカの面白さが伝われば嬉しいですし、そう感じていただけるように様々な話題を盛り込みました。もっとも、今回はちょっと詰め込みすぎたかもしれません(笑)。