野球漫画「主人公だけ」で仮想日本代表チームを組んでみた「投手編」

(左から)梶原一騎、井上コオ『侍ジャイアンツ』、水島新司『光の小次郎』、遠藤史朗、中島徳博『アストロ球団』

  スポーツの秋である。

  秋は過ごしやすく、体を動かすのによい季節だ。そんな理由もあってか、かつては夏季オリンピックも真夏ではなく秋に開催されていたことがある。現在のように真夏に開催されるようになったのは放映権料がらみの利権の問題で、1984年のロサンゼルスオリンピック以降のことである。このあたりの過程は別の拙記事で取り上げたが、村上直久(著)『国際情勢でたどるオリンピック史』に詳しいので気になる方はご参照いただきたい。

村上直久『国際情勢でたどるオリンピック史』

 ところで、多くのプロサッカーリーグは秋に開幕して春に終了する秋春制で、Jリーグも2026年から秋春制に移行することが決定している。世界最高のバスケットボールリーグであるNBAも秋春制である。サッカーとバスケは世界で最も競技人口が多い団体競技のツートップだが、他、バレーボールの最高峰セリアAは同じく秋春制、経済規模の大きいラグビー・ワールドカップも秋の開催である。ツール・ド・フランスやテニスのウィンブルドン選手権のように真夏に開催されるイベントもあるが、長丁場のシーズンを真夏の盛りにやる例は珍しい。

  われわれ日本人にとっては馴染みの深い野球はその珍しい例である。野球のレギュラーシーズンは、春に開幕し、秋にプレーオフが終了するが最大のプロリーグであるMLBはレギュラーシーズン162試合、第二のリーグであるNPBはレギュラーシーズン143試合、第三のリーグであるKBOは年間144試合ある。

  競技性質の似ているクリケットの最高峰、インディアン・プレミアリーグは同様の時期(3月下旬)に開幕するが、5月中旬には閉幕する。体を動かすことがきつくなる真夏の暑い盛りを含め、春から秋までぶっ通してシーズンを戦い、しかも100試合以上も毎年開催されるようなプロリーグは筆者の知る限り野球しかない。サッカーのイングリッシュ・プレミアリーグは1シーズンで計46試合、バスケのNBAは82試合である。

 こんなことが可能なのは、野球がアジリティ(瞬発力)特化型の競技で、一試合当たりの運動量が少ないからだろう。プロ野球選手には時々ふっくら体系の選手がいるが、プロ野球選手の一試合当たりの平均走行距離は1kmにも満たない。コートの狭いバスケはそれでも一試合平均4km以上、持久系の代表格であるサッカーは平均10kmを超える。野球のレギュラーシーズンがこれほどまで長く、試合数も多いのは競技の特殊性によるところが大きいと言えそうである。

  さて、今年だが、野球ファンにとってのシーズンはさらに長くなる。本稿執筆時点で、ワールドシリーズと日本シリーズの対戦カードが決定し、開幕前の段階なのだが、今年はさらにオフシーズンに国際大会が開催される。WBSCプレミア12である。世界野球ソフトボール連盟(WBSC)が主催で、WBSCが選出した12か国・地域参加により4年に1度開催される野球の代表戦による国際大会であり、数少ないプロ選手が主体の大会でもある。世界最高峰のプロリーグであるMLBが選手を派遣しないことを明言しており、MLB主催のWBCに比べるとどうしての格落ち感は出てしまうが、第二のリーグであるNPBは派遣に比較的積極的で、10/9に発表されたメンバーは若手を主体に悪くはない顔ぶれが揃っていた。第3回WBSCプレミア12はグループAが11月9日に開幕、日本が参加するグループBが11月13日に開幕の予定である。

  さて、野球は日本では人気競技であり、当然ながら数多くの野球漫画が発表されている。縛りなしでメンバーを選ぶと選択肢が無限大とも言えるほど広がってしまうのだが、では、主人公だけで野球チームを組むことは可能なのだろうか?  今回は野球漫画の「主人公だけ」で仮想日本代表を組んでみる。

■先発投手

  投手は日本野球における花型ポジションである。

  そのため日本では育成段階で才能のある選手は投手になる場合が多く、当然の結果として野球漫画の主人公も先発タイプの投手が多い。野球の盛んな北中米や、ドミニカ共和国、ベネズエラなどの南米の強豪国で花形のポジションはショートである。日本で打撃能力も含めた総合力型のショートは希少で、選手としての盛りは過ぎた印象があるが現役では坂本勇人ぐらいしか例が無い。NPBのファンが思い浮かべる典型的な遊撃手と言えば、源田壮亮のような専守防衛タイプだろう。MLBにおいてショートはアスリート能力の高い選手が任されるポジションである。

  現役だとフランシスコ・リンドーアはゴールドグラブを二度受賞した守備の名手で、二年連続でシーズン30HR以上、OPS.800以上を記録している強打者でもある。2023年シーズンは30HR、30盗塁も達成しておりパワーとスピードを兼ね備えている。他、コリー・シーガー、ザンダー・ボガーツ、トレイ・ターナーなどチームで主軸を打つ「打てる遊撃手」はMLBではさして珍しくない。今は外野手にコンバートされたが、フェルナンド・タティス・Jrは本塁打王を獲得した2021年シーズン、主にショートを守っていた。

  アメリカでは打てないが肩は強い他のポジションの選手を投手に転向させる例が度々ある。歴代2位の601セーブを記録して野球殿堂入りしたトレバー・ホフマン氏は内野手としてプロ入りしたものの、打撃で結果を残せずに投手に転向して成功している。現役選手では、現役最多の447セーブを記録しているケンリー・ジャンセンはプロ入り当初は捕手で、のちに投手に転向して成功している。

  日本ではむしろ逆の例の方が多く、2022年に引退した糸井嘉男氏など近年でも特に顕著な成功例である。糸井氏は、投手としてプロ入りしたものの、二軍でも結果が残せず外野手に転向して成功した。引退するまでに首位打者を一回獲得し、ゴールデングラブ賞の常連で、盗塁王も一度獲得している。打撃技術、パワー、スピード、強肩、守備力を兼ね備えたアスリートタイプの5ツールプレーヤーで、アメリカだったら育成段階の時点で糸井氏に投手はやらせないだろう。あっても他のポジションとの兼務だろう。

  だが、投手優先の野球文化は結果として大谷翔平という異能を生んだ。今シーズンの大谷は打者専念でMLB史上初の50本塁打、50盗塁を達成したが、もともと投手としては桁違いの俊足であり、2023年シーズンも投手として10勝しながら、20盗塁も決めている。この身体能力を見たら、アメリカの指導者はエース投手ではなく、かつてのアレックス・ロドリゲス氏のようなパワーとスピードを兼ね備えた万能遊撃手や、カルロス・ベルトラン氏のような5ツール揃った外野手として育成しようと考えるだろう。

  さて、前置きが長くなった。そういった日本特有の野球文化のため、野球漫画の主人公にはエース投手でありながら打撃も良く、投手以外のポジションでも活躍する二刀流選手が存在する。投手は先発と救援の二部門で紹介するが、特に花型の先発投手の主人公は絶対数が多いので、他のポジションもできる投手の主人公は別項の「ユーティリティー」部門で紹介する。なお、くりかえすが野球漫画の「主人公」のみが選考対象である。

番場蛮『侍ジャイアンツ』

 『巨人の星』で知られる梶原一騎氏原作の古典的な野球漫画の主人公。「ハイジャンプ魔球」「大回転魔球」「分身魔球」など常識外の魔球を操る。本編では試合中に分身魔球の投げすぎで試合中に憤死しており、試合中に事故にならないかが心配だ。本当にこんな投手が出てきたら初見の打者にとっては悪夢だろう。

宇野球一『アストロ球団』

  こちらも古典的作品『アストロ球団』の主人公である。球速0.25秒(約190km/h)を投げる人間離れした膂力を持ち、こんな投手が投げてきたらバットに当てることすら困難だろう。「『アストロ球団』は野球漫画じゃなくてバトル漫画だろ」とツッコミが入りそうだが、ツッコミは甘んじて受け入れる。

中西球道『球道くん』

藤村甲子園『男どアホウ甲子園』

新田小次郎『光の小次郎』

 3作ともに数々の野球漫画を残した水島新司氏の作品である。球道は最速160km/h後半の速球を投げる右投げの剛腕投手。バッティングにも優れ、高校時代はエースで4番、『ドカベン ドリームトーナメント編』登場時も先発登板しながら4番を打っている。

  甲子園は左の速球投手。左腕から160km/hを超える速球を投げる。『男どアホウ甲子園』では165/kmの速球を投げたことで致命的な怪我をして引退しているが、『ドカベン ドリームトーナメント編』再登場時は元気に先発して160km/h代を連発している。『男どアホウ甲子園』では速球しか投げていなかったが、その間に変化球も覚えたようで時折変化球も交えている。

  新田小次郎もおなじく左の速球投手で、左腕から160km/hを超える速球を投げる。小次郎も『ドカベン ドリームトーナメント編』で再登場しているが、肩の故障により球速は140km/hそこそこまで低下している。再登場時は、左のワンポイントリリーバーとして起用されている。

上杉達也『タッチ』

国見比呂『H2』

 共にあだち充氏の古典的名作である。達也も比呂も共に右投げの速球投手だが、達也は荒れ球タイプで比呂は器用で完成度が高い。
国際大会では細かい継投が当たり前なので、達也のような荒っぽいタイプも目線を変えるにはいいかもしれない。

渡久地東亜『ONE OUTS』

  野球とギャンブルをあわせた野球版「カイジ」のような作品『ONE OUTS』の主人公。本格派揃いの漫画主人公たちの中にあって、渡久地の最速は130km/hにも満たず、緩急とコントロールを最大限に生かした投球術で打ち取る異色のプレースタイルの持ち主だ。2023年のWBCで、日本戦に先発したチェコ代表のオンドジェイ・サトリアは120/km台の遅い球で日本打線を翻弄したが、その際、渡久地の名前がトレンドにあがっていた。

石浜文吾『BUNGO -ブンゴ-』

沢村栄純『ダイヤのA』

北大路輝太郎『最強!都立あおい坂高校野球部』

  この3人は3人とも左投手だがスタイルが三者三様である。文吾はオーソドックスな左の本格派タイプ、栄純はナチュラルに変化するムービングファストボールが武器の変則タイプ、輝太郎は現実世界でほとんど例のない左アンダースローの変則投法である。投手というポジション一つでこれだけ個性が出せるのだから面白い。野球漫画の主人公に投手が多いのは、個性を出しやすいという創作上の利点があるのも大きいかもしれない。

城戸拓馬『WILD PITCH!!!』

  作者の中原裕氏は、特に試合中の駆け引きを書くのが非常に巧みな作家である。『WILD PITCH!!!』の主人公、拓馬は特別すごいボールを投げるわけではないのだが、投球術や駆け引きに長けており、ピンチで動じない強心臓の持ち主として描かれている。リリーバーの経験もあるので、ランナーを背負った場面など、特に強みを発揮しそうである。

  先発投手が主人公の作品は非常に多い。挙げていくとキリがないためこの辺りで。次回はセットアッパーやクローザーを選抜したいと思う。

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