「僕の人生を変えてくれた」天神英貴に聞く『機動警察パトレイバー35th 公式設定集』の尽きない魅力
玄光社より発売中の、『機動警察パトレイバー35th 公式設定集』、そして『機動警察パトレイバー35th 公式美術設定集』が話題だ。誕生から35周年を超えて今なお人気を保ち続ける『機動警察パトレイバー』シリーズの、OVA・劇場版・TV版といったアニメ作品に関する設定資料を大量に収録した、決定版的設定集である。
このうち、『機動警察パトレイバー35th 公式設定集』に付属する三方背函のイラストを担当したのが、メカの魅力を十二分に引き出した精緻なイラストで知られる天神英貴氏である。イラストレーター・メカデザイナーの他、声優やナレーターなど多彩な活躍で知られる天神氏だが、パトレイバーシリーズに関しては筋金入りの大ファンとしても知られ、同作を題材にしたプラモデルの箱絵など、関連するイラストも多数手掛けている。
そこで、ここでは作品の大ファンである天神氏に、改めて『機動警察パトレイバー』という作品の魅力、そして「これまで刊行された設定集は大体全部持っている」ファンから見た今回の『公式設定集』の見どころや、三方背函用イラストに込めた工夫や思いについて伺った。パトレイバーによって人生を決定づけられた天神氏が語るこの作品の魅力とは、いったいどのようなものなのだろうか。
■人生を左右した、パトレイバーという作品からの影響
──天神さんが初めてパトレイバーシリーズに触れたのは、いつ頃だったんでしょうか?
高校生くらいでしたね。最初は知らなかったんですが、友人から「すごい作品がある」と劇場版第一作のサントラCDを貸してもらったんです。そのジャケットの絵がすばらしくて、「なんだこれは!?」となりました。その時期って、ちょっとロボットものの谷間のタイミングだったんですよね。
──リアルロボットアニメのブームが終わって、4〜5年は経過してる時期ですもんね。
そうですね。僕が小学生くらいの頃にロボットアニメの大ブームがピークを迎えて、その後ロボットもので目新しい作品が出てこなくなった。それに中高生になるとロボットよりも他のことで忙しくなるから、ロボットもののアニメを腰を据えて見る機会がなくなっていたんです。そんなタイミングでいきなり出てきた作品、という印象でした。あと、パトレイバーにすんなり入り込めたのは『究極超人あ〜る』の影響もあるんですよ。
──と、いいますと?
高校生の頃、放送部に所属していたんです。今もいただいているナレーションなどのお仕事の原点はこの時の経験にあるんですが、この放送部の先輩が『究極超人あ〜る』に影響されて、あの漫画の光画部みたいなことをやり始めまして……(笑)。ラジオドラマ作ってコンテストに応募したりとか、毎日色々やってました。それで『あ〜る』には馴染んでいたんで、作者のゆうきまさみ先生が漫画版を描いているのを知って、「あ、これ『あ〜る』の人のやつじゃん」と。
──一番最初に触れたのは、初期OVAや映画ではなく漫画版だったんでしょうか?
入り口は漫画版と当時出ていた他の作品とで同時、みたいな感じでした。最初に見たのが劇場版のサントラのジャケットだったことからわかるように、最初期から見てたわけじゃないんですよ。コミックスもあるっていうから見てみたらゆうきまさみ先生だし、「え、もうアニメもあるの?」「映画もあるの?」っていう感じです。
──どういった点が刺さって、その後ハマっていったんでしょうか?
デザインも洗練されていて、僕にとっては本当にすごく新しく見えました。あと、一番衝撃を受けたのは世界観ですね。80〜90年代の東京を舞台にしているというところが。当時埼玉に住んでいたので、東京に対して憧れがあったんです。そこに「実際の東京で運用するためにはどういう条件を備えていなければいけないか」という視点で設定されたロボットが活躍する作品があれば刺さりますよね。
──確かに……!
一番グッときたのは、レイバーの「道路上で作業するので、肩幅も重量もトラックに乗せられる数値になっている」という部分なんです。運用を前提にして設定が作られているロボットものというのは、僕はそれまで知らなかった。ロボットの運用を描いた作品はありましたが、パトレイバーはロボットの運用自体を前提にして世界観が作られている。
──それは間違いなくそうですね。
この間も伊藤(和典)先生と高田(明美)先生と話しているときに「イングラムって重さは何tだっけ」と言われて、即答で「6.02tですね」って答えたんですが(笑)。あれが6tって軽すぎますよね。どこから生まれた数字なんですかと聞いたら、トラックの荷台に乗るかどうかで決めたという話だったんです。やっぱり車で運搬するからにはこの重量じゃないと、という。重量ひとつとっても、運用に関して不自然にならないような数字が選ばれている。そんな作品だから、見ているうちに本当に「これはリアルに実現できるんじゃないか」と思いましたし、その結果、大学ではロボット工学の道に進むことになりました。
──パトレイバーからは、人生を左右するレベルの影響があったんですね……。
「ロボットのOS」の重要性にいち早く気づいていた、パトレイバーの魅力とは
──そんな天神さんが、シリーズの中で作品として一番好きというか、影響を受けたものはどれなんでしょうか?
どれも好きなんですが……。ただ、劇パト1(機動警察パトレイバー the Movie)は衝撃を受けましたね。また最近になって、あの作品は震えがくるほどリアルだったんだな、と改めて思ってるんです。というのも、最近僕は実際に人が乗れるロボットのデザインのお仕事などもしているんですが、そこで吉崎航さんというロボットのOSを設計している方とご一緒していまして。この方は横浜ガンダムのシステムディレクターを担当されたり、水道橋重工のクラタスも作ったり、日本の大型ロボットで検索して写真が出てくるものは大体この人が関わってる……みたいな人なんです。
──リアル帆場暎一ですね……!
そうなんですよ。で、その吉崎さんのお話なんかを聞いていると、やっぱりロボットのOSってすごく大事なんです。たとえば横浜のガンダムでも、指と指がぶつかるだけでマニュピレーター全体が壊れてしまう。そこをコントロールしてぶつからないように制御しているのがOSです。それがなかったら、巨大ロボットというのは簡単に自壊しちゃう。我々には理解できないですが、ロボットのOSというのは凄まじいことをやっているんですね。80年代末という時代にそこに気づいて、一本の映画にまとめたのが『機動警察パトレイバー the Movie』であることに、実際のロボット開発に関わるようになって改めて気付かされたんです。
──確かに、着眼点が先を行きすぎてますね。
OSについて言えば、パトレイバーのすごいところのひとつが、当初から整備班が二系統に分かれているところだと思うんです。榊さんの班はメカ的な部分の整備を担当していて、それに対してシゲさんの班がOSとか電装系を担当している。機械屋のトップとOSやプログラムが理解できるトップがいて、一緒に整備や事件解決にあたるというところにポイントがある。それまでのロボットものでは「ロボットはメカだ」と思われてきたけれど、「メカだけだと動かない」というところに気付いてるんです。
ロボットの根幹はOSにあり、OSはみんなで一緒にいじることができなくて、能力の高い少数の人間が構築することになる。それを犯罪のテーマとして選んでいるのが、他の作品とは一線を画しているところだと思います。そういう作品って今でもあんまりないんですよね。これは当時ヘッドギアの皆さんがパソコンとかMacにハマっていたという点が重要だったと思うんですが、とにかく普通は暗くてつまらなくなりそうなOSの話を、コメディ要素も交えながらあそこまでエンターテイメント性の高いストーリーに落とし込んだというのはすごいことですよね。
──「震えがくるほどリアル」とおっしゃる意味がよくわかりました。もうひとつ、イラストレーターという立場から見た、パトレイバーの絵的なおもしろさについてご意見を伺いたいです。
端的に言えば、レイバーのサイズですね。先ほど「どのように運用したいか」が設定に影響を与えていると言いましたけど、大体のレイバーの頭の高さって電線よりちょっと低いくらいの高さに設定されているんです。現実的な機械として、どのくらいの大きさだったら街中で運用できるかという視点で設定されている。二階建ての建物から頭が出るくらいの高さですね。この大きさはちょっと他のロボットアニメでは見ない。そして、この大きさは街並みとの対比が大変面白いんです。
──ちょうど日常的に目にする建物と同じくらいの高さですもんね。
これ以上大きいと見上げるだけになっちゃって、普通の建物の二階や三階から見下ろせるという視点にはならないんです。その大きさや周囲の人間や建造物との対比をちゃんと描くというのが、パトレイバーの絵を描く上でイラストレーターとして外せない、面白いポイントですね。
──レイバーというメカならではのポイントですね。
もう、レイバーの大きさの把握に関しては誰にも負けません(笑)。方眼紙を使って全レイバーのサイズを書いて対比させてサイズ把握してましたから。もう、普段街中を歩いていても「ここをあの機体が歩いていればこう見えるな」というのがすぐシミュレーションできる。ほんと、レイバーって意外に小さいんですよ。こないだ3Dプリンター買ったんで、1/1のイングラムの頭を出力しようかなと思ってるくらい。
──あ〜、確かに、ちょっと細かく分割すれば、家庭用のFDMプリンターとかでも出力できそうではありますね。
そうそう。やろうと思えばやれてしまうサイズ感なんです。実写版以外で1/1のイングラムってそんなに見たことないし、置いておきたいですよね、家に(笑)。