ラノベ『涼宮ハルヒの憂鬱』『灼眼のシャナ』の人気イラストレーターいとうのいぢ、創作の原点と故郷・加古川への思い

個性的な絵柄が生まれた背景とは

――いとう先生は、1999年に美少女ゲームのオムニバス作品『Be-reave』に収録された一作、『そら』で原画家としてデビューしました。なぜ美少女ゲーム業界に進まれたのでしょうか。

いとう:美少女ゲームを選んで入ったというよりも、学生時代からゲーム業界全般に憧れがあり、拾っていただいたのがそういう業界だったんです。はじめはグラフィッカー(編集部注:ゲームの背景や効果、キャラクターの色塗りなどを担当する仕事)をしていましたが、やはり絵を描きたいと思い、社長に直談判しました。

――直談判は凄いですね! とはいえ、原画はキャラクターの絵を手掛けるわけですから、作品のイメージを決める大変な仕事ですよね。

いとう:採用が決まってから、本格的に絵を研究しました。大変だったけれども凄く楽しい時間でしたね。周りにも絵が上手い方がたくさんいたので教えを乞うたり、技法を参考にさせていただきました。描いているうちに自分の個性ができあがってきたのは、先輩方のおかげです。『Be-reave』は何人かの原画さんと共作した作品ですが、その後、すべて一人で原画を描いた『忘レナ草~Forget-me-Not~』で、現在の絵柄の土台ができたと思います。

――確かに、一目でいとう先生とわかる絵柄が確立されたのは、その頃だと思います。ちなみに、当時の美少女ゲーム業界で意識されていた原画家さんはいらっしゃいますでしょうか。

いとう:CARNELIANさんの華やかな絵柄は、ずいぶん参考にさせていただきました。表情は少女漫画のようでかわいらしいのですが、身体は少年漫画の様にしっかりしたデッサンをとられた絵でした。自分ができないことができるクリエイターに憧れを抱くことは、今でも多いですね。

展示会の会場でパネルにサインするいとうのいぢ。
『涼宮ハルヒ』シリーズも時期によって絵柄が異なり、変化しているのがわかる。いとうのいぢが理想の絵を求めて試行錯誤していた形跡が伺える。

ゲームとラノベのイラストはどう違う?

――いとう先生は2002年に『灼眼のシャナ』の表紙と挿絵を担当し、ライトノベルのイラストレーターとしての活躍が始まります。一口にイラストと言っても、ゲームとラノベでは描き方は異なるのでしょうか。

いとう:一番わかりやすいところでは、ライトノベルは縦、ゲームは横に描くことが普通なので、構図や画面の構成が異なってきます。『灼眼のシャナ』の表紙のように、キャラの全身を縦の画面に納めるのは得意でしたが、ゲームの時は横の画面でいかに効果的に見せようかと勉強しましたね。

――これまでのイラストの仕事で特に印象深い仕事はなんでしょうか。

いとう:やっぱり、最初のラノベの仕事になった『灼眼のシャナ』ですかね。自分が描いた絵が本屋さんに並ぶ光景は、新鮮で感動しましたよ。実は、今でも自分が関わった本の発売日には本屋さんに行くんです。初心を忘れないようにしたいという思いもありますが、自分の仕事が全国の小さな本屋さんにも並んでいると想像すると、純粋に嬉しいんですよね。

『灼眼のシャナ』はアニメ化もされた大ヒット作。アニメでシャナの声を担当したのは伝説の声優、釘宮理恵である。この表紙絵を見ただけで、釘宮によるツンデレボイスが再生される人も多いはず。
『涼宮ハルヒの憂鬱』は累計2,000万部を超える『涼宮ハルヒ』シリーズの原点。ライトノベルブームを起こした重要な作品であり、のちに京都アニメーションからアニメ化され、2000年代のアニメ文化を作り上げた歴史的な意義も大きい。ちなみに、ハルヒの舞台となった聖地は兵庫県西宮市にある。

――私は発売当時に『灼眼のシャナ』の表紙を地元の書店で見て、なんて迫力があってかっこいい女の子なんだろうと感動した思い出があります。個人的には先生のイラストの魅力として動きのある構図とキャラの目力を挙げたいですが、先生ご自身は絵柄の持ち味をどのように考えていますか。

いとう:わかりやすく、かわいく、きれいな色を使うことを突き詰めていきたいと思いながら描いています。ゲームの絵を描いていた頃から、技術的な上手さよりも第一印象で気に入ってもらえる感じを意識していると思います。

――「きれいな色」というお話がありましたが、いとう先生が好んで使う色はありますか。

いとう:自画像にも使っているサーモンピンクです。キャラクターの肌の色もサーモンピンクを基調に作っているほど。全体が暗い色調のイラストでも、ちょっとしたアクセントで入れ込むと心が落ち着きますね(笑)。

自画像にも使用しているサーモンピンク。画像提供=いとうのいぢ
『ななついろ★ドロップス』の秋姫すももは、いとうが好むサーモンピンクをふんだんに使用したキャラクター。小物のデザインなどにも、いとう好みのかわいらしいエッセンスが散見される。

今後の活動と新たな挑戦

――地元で集大成となる展示会を行われたいとう先生ですが、これから先、描いていきたいイラストや手掛けたい仕事について教えていただけますか。

いとう:基本的には女の子、女性を描くのが大好きなので、これからも変わらずこだわっていきたいと思っています。あとは画材や表現手法を変えたりして、新しいことに挑戦してきたいなと考えていますね。

――おおっ! いとう先生がどんな新しい画材に挑戦するのか、気になります。

いとう:素人考えなのですが……私が日本画的な絵とか、美人画的な絵を描いたらどうなるだろうと思っているんですよ。小さい頃から日本画は知っていましたが、未知の世界でした。学校では油彩や水彩は教えてもらいましたが、日本画で用いる砂の入った岩絵具は未体験で、どんなものだろうと興味が湧いてきまして。

――『灼眼のシャナ』で浮世絵風の絵を描かれたこともありますし、日本画に合う絵柄なのではないかと思います。

いとう:自分の絵柄にマッチするか、そもそも扱えるかどうかはわかりませんが、挑戦したい気持ちがあります。あの淡い色合いの絵具で描くと、どんな感じに仕上がるのか見てみたいですね。

――会場に展示された絵を見ても、いとう先生が常に挑戦し続けてきたのがわかります。

いとう:いえ、挑戦する意欲はそこまでないほうなんですよ(笑)。仕事でも、新しいガジェットを入れるくらいなら、使い慣れたものでいいかなという考えで生きてきましたから。ただ、最近になって、今までと違うことをやってみたいと思うようになりました。マンネリを感じてきているわけではないのですが、別のことをしてみたいといいますか。

――いとう先生は原画家デビューから、もうすぐ25年になります。そういった節目を迎えて、心情に変化が出てきたのかもしれませんね。いとう先生の絵を描くことへの情熱を感じました。

いとう:仕事は締切に追われるので……苦手なのですが(笑)、絵を描くのは大好きなので、これからもやめることはないと思います。

展示会会場となる加古川総合文化センター。

進化を続けるいとうのいぢの魅力を堪能

 記者はいとうのいぢのデビュー作からのファンなので、今回の展示会は感涙ものであった。活動の幅は多岐に渡っているため、記者も初めて見る作品が多く、改めていとうの多彩な画風を知ることができた。この展示会を見た加古川の子どもたちの中から、いとうに続くイラストレーターが誕生したら、なんと素敵なことであろうか。『シャナ』や『ハルヒ』のファンには垂涎の作品ばかりだし、イラストや漫画に興味のある方も積極的に足を運んで欲しい展示会だ。

■展示会情報
いとうのいぢ展 ぜんぶ!
期間:2023年07月15日~2023年09月03日
※7月24日、8月14日、28日は休館
時間:10時~17時(最終入場は16時30分)
場所:加古川総合文化センター(兵庫県加古川市平岡町新在家1224-7)
料金:一般(高校生以上)1,000円、小中学生500円
電話:079-425-5300
URL:https://www.kakogawa-soubun.jp/

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