【漫画】主人公がおばあちゃんの作品はなぜ人気?「素敵」なおばあちゃん百合――『はなものがたり』の魅力
『海が走るエンドロール』(たらちねジョン著 秋田書店)や『メタモルフォーゼの縁側』(鶴谷香央理著 KADOKAWA)などでおばあちゃんが主人公のマンガが増えてきている。おばあちゃんが主人公というマンガのなかでいま一番筆者が注目しているのがschwinn(シュウイン)の『はなものがたり』(KADOKAWA)だ。
百合マンガの新境地・おばあちゃん百合
百合マンガといえば、若い少女同士の一時の感情を想像される方も多いだろう。しかしschwinnの描く主人公はおばあちゃんだ。
西田はな代はつい最近長く連れ添った夫の四十九日を迎えた。それからは一人住まいで、自分がボケないでしっかりと生きていけるように、「生きがい」を見つけなければと焦る。そこで商店街で化粧品専門店「ミヨシ」を営む堂島芳子と出会う。背筋がきちんと伸び、お化粧をし、良い香りがする芳子に普段は化粧をしないはな代は惹かれ……。
はな代はたくさんのお粧品を買った帰り際に、芳子から文庫本2冊を渡される。
それから これ…
吉屋信子の『花物語』という 短編集でこの中の「スイトピー」て お話 私好きで
さっきなんでか 思い出したん これやったんです
新品やのうて えろう失礼 ですけど
よろしければ どうぞ
はな代も普通ただのお客にここまでしないことはわかる。しかしはな代は化粧してもらったときに使ったもの一式にスキンケアおすすめ全部にパフやブラシまで買ったのだから。
スイトピーの花が印刷された芳子の名刺を見て、はな代は思いを巡らす。まさしく芳子から化粧を再び教えてもらうことによって、趣味やコミュニケーションを存分に楽しんだのだ。それは「生きがい」や「恋」と呼ぶにじゅうぶん値するものではないだろうか。
だって「お顔」は「物語」
しわは かくさない
原稿用紙 80枚で 人生一冊ぶんなら
例えば うちなら あと14枚ぶんかくれてた 血色を つやめきを
ひきだして あげるだけなにを 臆する ことがある
いったい 何章めに なるんでしょうか
うちの物語に 新しい登場人物が くわわりました
はな代はそう思いながら、スイトピー色の口紅を今日も塗るのだ
歳を重ねても生きることが楽しい
schwinnの描くおばあちゃんが魅力的なのは、はな代や芳子だけではない。各回に登場するおばあちゃんたちも生き生きとしていて、魅力的だ。
例えば2話に登場する横山さん。来月、同窓会を控えていて芳子さんの元に化粧品を買いに来た。卒業70周年記念の同窓会で、素敵なドレスに似合う新しい口紅を探しに来たのだ。このシーンでは芳子さんが長く化粧品を探す女性たちに親しまれ、頼られていることも描写されている。
『はなものがたり』に登場する女性は誰もが生きることが楽しいと思っている。朝ごはんは定番の目玉焼きとパン。一定の仕事や家事をこなすこと。そして決まった友だちとの長電話。生きることはそれだけで、何事もルーチンワーク化しやすい。
退屈とは無縁な『はなものがたり』のおばあちゃんたちは忙しい。カトリーヌ・ドヌーヴを再発見するはな代、友情は永遠と言う上記の横山さん、互いに趣味に仕事に大忙しだ。その「若々しさ」は筆者も見習わなければと思うくらい精力的だ。「もうオバサンだから」という言い訳を封印しよと決断したくらいだ。
自分らしくありたいと思うことに年齢は関係ない。そしてそれを実行することに早いも遅いもないのだ。
『はなものがたり』の大正、昭和時代の作家・吉屋信子へのリスペクト
そして『はなものがたり』で欠かせない人がいる。それは大正、昭和時代に活躍した吉屋信子だ。吉屋信子は芳子がはな代に渡した『花物語』の作者である。
『はなものがたり』をより一層楽しむために、吉屋信子の略歴を記しておこう。
吉屋信子は1986年(明治29年)生まれ、10代から雑誌への投稿を始め、1916年(大正5年)から雑誌「少女画報社」で少女小説『花物語』の連載を始める。代表作は少女小説の他に家庭小説『良人(おっと)の貞操』、『鬼火』など多数。
吉屋信子の『花物語』はschwinnの『はなものがたり』に多くの影響を与えている。題名ももちろん吉屋信子へのリスペクトがこめられているし、「スイトピー」という『花物語』の短編がマンガの中に落とし込まれている。
そのなかでも吉屋信子通を唸らせる描写がある。それは芳子の回想でハードカバーの『花物語』を読んでいるところだ。今では『花物語』は河出文庫で読めるが、2009年5月以前は洛陽堂から出版されたハードカバー本しかなかった。『はなものがたり』は時代考証を考えている証左だ。
そしたら 物語に なるんだろうか
はかなくて うつくしいん だろうか…
ねえ よっちゃんも あたしも
おばあちゃんに なったら どこに消えていっちゃうん だろうね?
上は芳子の回想の中、芳子と暮らしていた清子のセリフだ。
作家・吉屋信子は老いを積極的に書こうとはしなかった。しかしschwinnは吉屋信子への敬愛とともに吉屋信子を超えようとしている。それは積極的に年を重ねた女性たちを物語に配置することによって成功している。
先人の物語を愛し、そこから学び、どんな物語が今現在求められているか。schwinnは理解し、描いている。年を取ることは簡単だが「素敵」に年を重ねることは難しい。schwinnは素敵なおばあちゃん百合を描くという難問にひとつの答えを『はなものがたり』で差し出している。
『はなものがたり』1巻は2022年8月からKADOKAWAで発売されている。