Yahoo!はなぜ日本で成功したのか? 孫正義にも「No」と言えた実力者・井上雅博の知られざる半生

「新聞やテレビを追い越す」ために必要な公共志向と、そのための人材とは

 「インターネットは新聞、テレビ、出版の3大メディアに追いつき、追い越す」と言うだけでなく、「日本の広告市場は6兆円もある。新聞、雑誌、テレビ、ラジオだけで4兆円。だからインターネットもせめて兆を売り上げられるようにしよう」とも語っていた。既存の産業がネット発のものにリプレイスしていくために何が必要かを見越していた。それはレガシーをただ破壊しようとか、スキマを縫って稼ごうとか、そういう志ではなかったことが『ならずもの』を読むとわかる。

 たとえばインターネット広告。これまでネットは、何度も詐欺広告、ステマ、エロ、反社会的な広告等々で問題になってきた。「儲かるから」という理由でこうした広告の獲得・掲載にアクセルを踏む新興事業者が少なくなかったなか、新聞、テレビを追い越すことを見据えていた井上は、初代Yahoo!編集長となった影山とともに、書記からサイトの社会性を重んじて「サイトの品を落とす」広告は切っていったという。われわれが抱くYahoo!に対する安心感、メジャー感はおそらくこういうところに起因する。

 ヤフトピの初代責任者は読売新聞出身の奥村倫弘であり、彼は「広告案件だから載せてほしい」といった社内からの要望もすべて排除。公共性を強く意識した運営がなされていたことは『2050年のメディア』に詳しい。

 しかしそういうある種の公共性を帯びたメディアであるためには、徹底して誰もが使いやすいものでなければならない。井上はそれに必要な技術に関する投資を惜しまなかった。これは自身も学生時代にパソコンに目覚め、ギークとしてどっぷりな日々を送り、そこからポジションを得ていったという成功体験も背景にあったのかもしれない。

 同様にモバイルインターネットなどに関して、井上には理解できないようなことを熱弁する人間などは採用したそうだ。これはほかの人間が気付いていないことに気付いている可能性があるからだろう。目端が利く井上ですら知らない、よくわからない技術動向や事業アイデアに取り憑かれている熱量を持った人材なら、何かやり遂げるはずだ、ということだろう。

 尖った人材を採りながら、新聞・テレビ以上の公器を目指す――これがわれわれがYahoo!に抱く企業イメージにつながっている。その礎を作ったのは井上だった。

この本のほかの読みどころと、Yahoo! JAPANをより知るには

 『ならずもの』にはYahoo! JAPANの経営をめぐる記述以外にも、読みどころがたくさんある。

 マンモス団地に育ち、ペリー・ローダンシリーズを愛読したSF少年としての井上の顔。ソフトバンク入社以前にはアムウェイにハマり、ソフトバンク時代からYahoo! JAPANの最初期には正社員ですらなかったという驚きの雇用形態。Yahoo!BBやボーダフォン買収をめぐる孫正義と井上の駆け引き。2012年に突如の引退を発表したあとの、カネに糸目を付けない趣味人としての知られざる私生活。そして2016年に起こった、井上に死をもたらしたクラシックカーレース出場中の不慮の事故への道筋……。これらのいずれも読ませる。

 また、Yahoo!についてより知りたいという人は、たとえば何度か言及した『2050年のメディア』や、日本のIT起業家たちを追った杉本貴司『ネット興亡期』(日経新聞連載。8月26日単行本発売)などと合わせて読めば、より立体的に見えてくるだろう――たった四半世紀前には影も形もなかったのに、いまやわれわれは日々当たり前のもの、あたかも空気のように接しているYahoo! JAPANは、いったいどんな立ち回りをして今に至ったのか、ということが。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

■書籍情報
『ならずもの 井上雅博伝 ――ヤフーを作った男』
森功 著
価格:¥1,870
出版社:講談社

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