GANG PARADE THE LAST ROAD Vol.10:ユメノユア「代わりとなるものを探す旅をしなきゃいけない」 愛と悔しさ、静かな眼差し

GANG PARADE 連載:ユメノユア

とにかく「この3人でどうにかしなきゃいけない」と焦っていました

――POPとしての活動は、お客さんの前で歌って踊る最初の経験でしたか?

ユア:はい。最初は不安でいっぱいでした。とにかくがむしゃらに振りを覚えて、「振り付けを覚えて正しく踊ること」と「(カミヤ)サキちゃんに早く追いつけるようになること」をずっと考えていました。

――サキさんも必死だったでしょうね。ふたりだったプラニメがひとりになって、新しいメンバーとPOPを作っていったわけですから。

ユア:そうだったと思います。フォーメーションやパフォーマンスの構成を全曲で担ってくれていたので。

――たくさんのことを担っていたサキさんが無期限活休になった時期もありました。当時は、どんなことを思いましたか。

ユア:「悲しい」というよりは、「こうなってしまったのは何でだろう?」とか、後悔の念がすごくあった気がします。でも、「サキちゃんが作ったPOPだから、サキちゃんが帰ってくるまで守らなきゃ」という気持ちが大きかったです。

――POPの始動が2015年6月で、サキさんが活休になったのが8月。12月の富士急からの100kmマラソンでゴールである下北沢SHELTERでのライブに間に合わなければ脱退ということでしたが、無事に復帰しました。

ユア:途中まではいいペースだったけど、たしか最後のあたりでペースダウンしちゃったんです。「ギリギリかも」ってなって、ライブ当日の朝に下北のマックにほかの4人で集合したのを覚えいてます。心配はしたけど、サキちゃんだから間に合うだろうなと思っていました。

――サキさんが復帰して再び5人になったPOPでしたが、翌年、2016年6月に「GANG PARADE」に改名しました。この変化は、どのように思っていました?

ユア:「いいんじゃない?」と思っていました。POPはエゴサをしにくいグループ名だったんですよね。それに、改名は話題にもなりますし。

――ユアさんは、作詞をすることも増えていきましたよね。最初はPOPの「Happy Lucky Kirakira Lucky」?

ユア:そうです。私の書いた歌詞を選んでもらえたのは嬉しかったですね。

――「作詞をしてみたい」という気持ちは、もともと強かったんですか?

ユア:「自分にはできないだろうな」と思っちゃっていたタイプだったので、歌詞を採用してもらえたことで「自分にもできるのかも」「いろいろ挑戦してみたいな」と思うきっかけになりました。

POP「Happy Lucky Kirakira Lucky」PV

――ギャンパレとして動き始めた直後も、変化が続きましたよね。同期だったメンバーが脱退したりして。

ユア:(シグサワ)アオの脱退は、寂しかったです。いろんな事情があって、やめざるを得なかったんですけど、もしあの時のギャンパレが売れていたら、彼女の選択も変わっていたかもしれない。当時もそう思って、「もっと一緒にできたらなあ」と。(イヌカイ)マアヤは、アオがやめてからすぐだったのであんまり悲しむ間もなく、とにかく「この3人でどうにかしなきゃいけない」と焦っていました。新メンバー募集のオーディションをすることは、アオが脱退した時には決まっていて。

――そのオーディションで加入が決まったのが、キャン・GP・マイカさんでした。

ユア:オーディションの審査にはメンバーも参加したんですけど、マイカとは事務所で会いました。その時のオーディションは、アイドル経験のない人の応募も多かったんですけど、マイカは経験者だったので、歌とダンスに長けていて、最初から目を引く子でした。

――マイカさんのお披露目は、東名阪をまわった『Barely Last TOUR』の初日、2016年10月2日の新栄DAYTRIVE公演でした。

ユア:ライブで初お披露目だったので、マイカを隠すのに必死でしたね。移動もマイカとは別でした。

――お披露目前にお客さんに顔を見られないように?

ユア:あの4人でのライブは、3人の時よりも心強かったのを覚えています。

遊び人を含めたチームギャンパレがいちばん合宿に対して向き合えていたと思う

――マイカさんの加入が決まったあと、元SiSの3人も加入することになりました。第2期BiSのオーディションで不合格になった3人の加入は、どのように思いました?

ユア:イヤでしたね、とても(笑)。これは本人たちにもすでに言ってしまっていますけど、マイカはギャンパレのオーディションに挑戦して受かったけれど、彼女たちは同時期にBiSのオーディションを受けたわけで。私は、「別にギャンパレになりたいわけじゃないじゃん」って思っちゃっていました。だから、「なんでこの子たちがギャンパレのメンバーになるんだろう?」というふうに思って。

――彼女たちが入ってきてからも、その感覚はしばらく続きました?

ユア:気持ちはすぐに変わりました。3人はすごく一生懸命ギャンパレに対して向き合ってくれていたんですよね。それは練習スタジオでもそうでしたし、少しずつ私も心を開いていった気がします。

――7人体制での初作品が、シングル『Plastic 2 Mercy』。今着ているのは、その時の衣裳ですね。

ユア:初めてそってぃさん(外林健太)に作っていただいた衣装です。そってぃさんにずっと作っていただきたかったんですよ。「やっとWACKに入ったんだ!」と当時思いました。

GANG PARADE「Plastic 2 Mercy」MUSIC VIDEO

――7人体制の時は、「いいグループになれている」という手応えはありました?

ユア:ありました。7人での最初のライブだったBLAZEのときもそうでしたね。「ステージが広いと、これだけメンバーがいたほうが心強いな」とすごく感じたし、「ここから面白いことができるんじゃないかな」というわくわく感もありました。

――そして7人になった翌年、2017年3月、ユアさんはWACKのオーディション合宿に参加しました。

ユア:とにかく一生懸命ギャンパレのためにできることをやったし、それができたんじゃないかなと、今振り返っても思います。

――当時、同じく合宿にメンバーが参加したBiSやBiSHと比べると、正直に言ってしまえばGANG PARADEの知名度は少し低かったですよね。

ユア:それは合宿の時にも感じていました。ニコ生(ニコニコ生放送)で配信されていましたけど、「ギャンパレって誰?」みたいなコメントがめっちゃあったんですよ。当時、WACKにはBiS、BiSH、GANG PARADEしかいなかったんけど、ギャンパレは全然知られていなくて。もともとのプラニメはWACKの最初のグループなのに、それでも知られていない現状に愕然として、ツラい気持ちになりましたね。

――その状況を覆してやろうと?

ユア:その気持ちが大きかったです。当時の合宿は候補生の合否を決めるというのと同時に、3つのグループでそれぞれの曲を奪い合うバトルもあったりしたので、「ギャンパレのためには絶対に負けられない!」と思って挑んでいました。

――メンバーの応援はもちろん、遊び人(ファンの呼称)も「ギャンパレを盛り上げよう!」という気持ちであふれているのを、配信を観ながら感じていました。

ユア:とてもありがたかったです。メンバーの一体感もそうですけど、あの時は、遊び人を含めたチームギャンパレがいちばん合宿に対して向き合えていたと思います。

――その合宿の翌月にリリースされた新曲が「FOUL」。「この7人のギャンパレ、すごくいい!」と当時思ったのを覚えています。

ユア:いい曲をいただけたし、「ここからまた頑張っていこう!」と思いました。でも、そう思っていたらまたトレードがあって(笑)。

GANG PARADE「FOUL」MUSIC VIDEO

――サキさんとBiSのアヤ・エイトプリンスさんの期間限定トレードが発表されたのは、合宿最終日の『WACK EXHiBiTiON』でした。

ユア:POPの時もサキちゃんがいない時期があったけど、GANG PARADEになってからもサキちゃんに頼りすぎていた部分があったんです。だから、トレードの時期もメンバー各々が成長するためのいい機会だったと思います。でも、当時はBiSにプー・ルイさんとサキちゃんが揃うことに対しての焦りはありました。

――でも、アヤさんがメンバーだった時期のギャンパレも、すごくいい雰囲気でしたよ。「負けないぞ!」というギラギラした気持ちがあって、明るかったし。

ユア:最初はBiSと比べていろいろ考えちゃっていたけど、7人全員がギャンパレに対して向き合えていたので、いい時期だったんじゃないかなと私も思います。アヤとの最後のライブだった赤坂BLITZも寂しかったですもん。

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