Mrs. GREEN APPLE『POPS』評 Vol.2:天野史彬 自分を愛する道筋の困難さと美しさ、懸命に生きる“今この瞬間”の祝福
Mrs. GREEN APPLEによる話題のニューアルバム『POPS』を連続レビューしていく。第2弾は、ライター・天野史彬氏によるレビューをお届けする。(編集部)
バラバラな感情を繋ぎとめる“今”――『POPS』がまなざすもの
勝たなければ歌えなかった歌と、負けなければ歌えなかった歌。絢爛な希望の歌。焦燥のロック。傷口にかける呪(まじな)い。警笛。眠れない夜のため息。告白。太古から吹いてきた風のようなフォークミュージック。近未来から受信したメッセージのようなエレクトロニックポップ――Mrs. GREEN APPLEの『POPS』は、そのすべてが地続きで鳴っているアルバムである。
音楽性の面で見れば「こういうアルバムである」と説明しにくい、全16曲がそれぞれバラバラな方向性を持っているアルバムだが、『POPS』はそんなバラバラなすべてが“繋がっている”と感じさせる。それはまるで、私たちの日々そのもののようだ。そして、このアルバムの曲たちは“今”に向かって奏でられている。許し、怒り、混乱、悔恨、安らぎ、思い出、未来、喜び、哀しみ……そのすべてが、今この瞬間にある。そんな“今”という瞬間を慈しみ、祝福する。それがMrs. GREEN APPLEが『POPS』として定義づけた音楽の姿なのではないか。「今日の君に向かって奏でているよ」――このアルバムはまるでそんなふうに語りかけてくる。
たとえば、深夜の静かな孤独に寄り添うような典雅なメロディが美しい4曲目の「本と彗星」では〈未来の過去で/過去の未来で〉という言い方で“今”が捉えられる。他にも様々な曲で“今”が歌われる。最後の3曲もそうだ。チャーミングなデジタルロック「Carrying Happiness」では〈そして太陽の下で/手を取って踊りましょう/忘れたくない今日を/抱きしめていよう〉と華やかな高揚感の中で刹那を抱きしめ、切なく感傷的なバラード「夏の影」では〈過ごしていた/あの夏の思い出は/今でも瞼の裏で生きてる〉と、喪失を抱えながらも続いていくものとしての“今”を歌う。そして、壮麗にアルバムを締め括る「Variety」では、〈埋まらぬ愛も/追いつくことのない恋も/どれもが僕だ。/どれもが僕らだと今、唄おう。/今日とて唄おう。〉と、このアルバムがまなざすものとしての“今日”を高らかに宣言する。
僕は今ここにいる。君は今そこにいる。それを繋ぐ。これは過去からタイムスリップしてきたリバイバルの音楽ではないし、今日を忘れさせるための音楽でもない。懸命に日々を繋いでいく人間が、懸命に日々を繋いでいく人間に向けて奏でている音楽である。だから虚しさもあるし、祈りもある。その切実さが胸を打つ。
このアルバムは「Brand New」と「共犯」という“共に生きること”を歌う曲たちで始まり、「Variety」という“自分を愛すること”を歌う曲に辿り着く。しかし道筋は簡単なものではない。“他者も愛せば、自分を愛することができます”なんていう説教じみた言い草はしない。むしろ“そんな都合のいい言葉で、人間は簡単に変われない”ということを大前提にしながら、それでも少しずつマシな方へとにじり寄っていこうとする。
“自分を愛すること”――ここに辿り着くまでに様々なアップダウンがある。ハイパーポップ的な混沌と覚醒感も感じさせる「ア・ポステリオリ」では〈生きる程に/君は腐っていく〉と生きることの現実を突きつける。この曲の〈腐っていく〉というフレーズには肉体的な意味と観念的な意味、どちらも見出すことができる。晴れやかなリズムが楽しい「GOOD DAY」では、曲調の明るさやタイトルとは裏腹に〈不安定な情勢も/誰かと居れば園?〉という疑問符が差し込まれる。忍び寄る不安が、どうしようもなく影を差す。疾走感あふれるポップロックチューン「エピソード」では混乱を突破する光の力強さが猛々しく奏でられ、「lulu.」では記憶と歴史の風が今この瞬間を温かく抱きしめる。しかし、エフェクトがかけられたボーカルが存在の揺らぎを感じさせる「Really Really」では〈愉しくなんか無い〉と繰り返される。ストリングスとイリアンパイプスが美しく響く、静寂から嵐のようなサウンドへの変化が感情の決壊を感じさせる「瞞し」では、“諦め”と“手放すこと”によってもたらされる、絶望と希望が混ざり合う現在地が伝えられる。そして「禁じた遊び」では、あらゆることを頭で理解してもなお解決には程遠い“今”という瞬間が独白のように語られる。
「こう生きなさい」。そんな言葉はSNSにも本屋にも溢れている。しかし、それを頭にインプットしてもなお、治らない生活がある。『POPS』はそんな生活の今日の実態を描き出しながら、しかし、それによって“大ヒットバンドがリアルを描きました”というようなあからさまでシニカルなショック療法に陥ることもない。冷笑はロックバンドにとって大切な視点ではあるが、“冷笑的な自分を冷笑する”ことによって生まれる爆発力こそが大事だったりもする。たとえば「Carrying Happiness」はそういう曲と言えるのかもしれない。そして「Variety」に辿り着く。自分を愛するための歌に。アルバムの幕開けを飾る「Brand New」と「共犯」は結論のような曲だが、このアルバムは結論のような曲で始まり、“この世界にたったひとりの僕”と“2度とはない今日という瞬間”に辿り着く。最終回はまだ来ない。その構成もまた素晴らしい。