Mrs. GREEN APPLE『POPS』評 Vol.1:石角友香 フェーズ1から見据えてきた“野望”、アルバムに内包された複雑性の正体

 Mrs. GREEN APPLEによる話題のニューアルバム『POPS』を連続レビューしていく。第1弾は、ライター・石角友香氏によるレビューをお届けする。(編集部)

ミセスの特異性と“背負ってきたもの”すべてが『POPS』の入り口に

 これまでのオリジナルフルアルバムとは違うスケールで記憶されそうなMrs. GREEN APPLEのニューアルバム『POPS』。すでにアルバムインタビューや全曲に言及したテキストは数多く公開されているので、ここではフェーズ3を象徴する『POPS』というアルバムに到達するに至った、このバンドの特異性から始めてみようと思う。フェーズ3の本格的な幕開けである6thアルバムのタイトルが『POPS』であることを知った時、「それMrs. GREEN APPLEじゃん」と腑に落ちたと同時に“ついに!”とも思った。POPS=大衆音楽、その大衆の中に大森元貴(Vo/Gt)自身も含まれるし、そう思わせる理由は彼が音楽を作るモチベーションの根っこに、慢心したら自らを戒め、落ち込んだら自らを救うためにそれを作るメカニズムを内蔵しているからだ。

 さらにこれはミセスの成り立ちの特異性だが、憧れのアーティストを語ったり、特定のシーンを塗り替えようとしていなかった。デビュー当時、大森は、“メンバーの中で一番ミュージシャンについて話ができない”、“承認欲求から曲を書き始めた”と話し、しかもインディーズデビュー時、すでに“まだ成されていないことを成すバンドになりたい”とも話していたのだ(※1、2)。どちらかといえば、美しくも醜く、儚くも強い人間存在の謎を通じて、聴き手と繋がってきた表現者だ。これはフェーズ1から追いかけてきたファンにとっては自明だろう。何しろ、〈いつか いつか いつの日にか/知らぬ間に誰かを傷つけて/人は誰かの為に光となる/この丸い地球に群がって/人はなにかの為に闇にもなる〉(「パブリック」/1stアルバム『TWELVE』収録)なんてことをギターロックのフォーマットの上で歌ったバンドだ。内省的なドキュメントが多数含まれる今回の『POPS』がフェーズ1から追いかけてきたファンに特に歓待を受け、深く共鳴しているのも納得だ。だが、ティーンエイジャーの正論と若さゆえの逡巡への共感だけでは到底『POPS』の複雑性には辿り着けなかっただろう。

Mrs. GREEN APPLE – 6th Full Album「POPS」全曲ポスタートレーラー

 フェーズ2でのエンタメ性に振り切った活動と音楽性は、ミセスをトップバンドに押し上げた。もうここからは“鶏卵”になってくるが、より深いメッセージを敷衍するため? ロックバンドのエンタメ性の極点を示すため? そもそもバンドの資質が「成されていないことを成す」志向のため? そのどれもが間違いじゃない。タレンティな活動は時にアンチも生む。だが、そうなると自分の音楽趣向とは違っても彼らの楽曲は耳に入ってくるし、一度はなぜこんなに人気があるのかを考察する。ポピュラリティを獲得するプロセスで彼らを取り巻くノイズは、そのまま『POPS』リリースに先駆けてのCMのモチーフになった。「みんなが聴いてるから好き?」「みんなが聴いてるからダサい?」「暗い曲は流行らない?」……そして「確かめよう。」の一言の後にバンド名とニューアルバムのタイトルが映し出される、かなり尖ったあの広告である。ミセスは背負ってきたものを次の窓口のパスポートにすらした。

 ギターロックバンドを出自にアレンジで進化を遂げたフェーズ1も、オーケストレーションをバンド表現の内部に取り込み、エンターテインメントとして結実させたフェーズ2も、大森の書く曲には破綻のない論理的な流れと、彼の生理的で内発的なメロディが変わらず存在した。ではフェーズ3を具体的に表す『POPS』の曲群はどうだろうか。タイアップで書き下ろしたシングル曲以外のアルバム曲を中心に検証してみよう。

 タイトルからして、ファンとバンドの関係を一方通行なものにしない意思が見える「共犯」。ベースのロートーンに今のスケール感の大きさこそ窺えど、基本的にミセス節全開のサビ前からサビへの飛翔が、新たなアンセムたらしめている。Aメロの押韻の硬さは少しコミカルですらあるが、それがSNS社会を暗喩する後半の歌詞のシリアスさに効いてくる。珍しく若い女性の一人称で歌われる「シンデレラ」は、「小箱のライブハウスとフルオーケストラが並置する」イメージだそうだが、憧れと現実の相剋を描く上でめちゃくちゃロジカルなイメージだと思う。「本と彗星」では、柔らかく丸い鍵盤の音がミセスのシグネチャーを想起させながら、かつてないパーソナルな恋愛観を想像させる。〈ただ恋を愛してる/ただ愛に恋しているんだな〉と独りごつ主人公の孤独は、それでも甘やかな後悔に包まれている印象だ。素直さと孤独という表裏一体の大森らしい表現が、アトモスフェリックなサウンドで新生した。

Mrs. GREEN APPLE「共犯」Official Music Video

 ソリッドでシックなMVも公開された「ア・ポステリオリ」は哲学における“経験による後天的(なもの)”を指し、「ア・プリオリ」(シングル『青と夏』のカップリングに収録)の対称に位置する曲。基本的に5拍子ながら転拍子もある難度の高いリズム構成を持つが、その意図は〈生きる程に/人は腐っていく〉ことへの拒否感と諦観のせめぎ合いの表現なのではないだろうか。しかも、変則的に行きつ戻りつするリズムの波の中、〈輝きの中で/人混みの中で/腐っていく中で/僕は育っていく〉というラストの一行は先の「共犯」とパラレルで響き合うような後味だ。また、一見ネガティブな感情の吐露に受け取れる「Really Really」は初期を想起させるギターロック。実際、初期のライブハウスツアーを行なっていた頃からある曲だそうだ。だが、〈僕は君が思う様な僕じゃない〉という独白は今だからこそ、その意味の強度が増す。サウンドとメッセージの直截さにおいて、「ア・ポステリオリ」と「Really Really」が、ミセスが定義する“POPS”の深度を端的に表している。

Mrs. GREEN APPLE「ア・ポステリオリ」Official Music Video

 深度と幅で言えば、メンバーだけで構築したエレクトロ/インスタレーション的な「プロジェクト4」は、アルバム中で最も異色な存在だ。が、英語詞もこのサウンドもエフェクトボイスも、仕事における倫理を説くような歌詞をメタ的に届ける仕掛けなのだろう。テクスチャーは新しいが、それこそ「パブリック」にも通じる倫理観じゃないだろうか。ここから本作きっての切実さが涙のように溢れ出す「瞞し」は、パーソナルな思いとオーケストレーション、ビッグなバンドアンサンブルが大げさに聴こえない。例えば、苦難の中で生きていく光を見出す「Soranji」とは真逆ほどのメッセージだが、オーケストラアレンジが前向きな鼓舞には終始しないほど、バンドとビジョンを共有していることに深い感銘を受けた。

 こう書き連ねていくと、暗い、内省的、ソリッドといったワードがイメージされるが、曲のテーマに沿ったアレンジ、緩急と解像度の上がったメンバーの演奏力で、1曲ごとのキャラクターに親愛を込めて接することができる。それが見たくない自分を映す鏡のようでも、だ。称賛も誤解も背負って、これを“POPS”と呼ぶことにしたMrs. GREEN APPLEは始まりの野望にどんどん近づいている。

※1:https://skream.jp/interview/2015/02/mrs_green_apple.php
※2:https://skream.jp/interview/2015/07/mrs_green_apple.php

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