市川由紀乃、生の喜びと歌える幸せを噛み締めた珠玉の一夜 「歌は、その人の人生」 強く美しく響いた魂の歌声

市川由紀乃、歌える幸せを噛み締めた一夜

 市川由紀乃が、10月1日、東京国際フォーラム ホールCで『市川由紀乃 リサイタル2026 爛漫』を開催した。

 記録的な長雨が続いていた東京に、秋麗の青空が広がったこの日。真紅の薔薇がずらりと並ぶロビーを抜けると、会場内には真っ赤な法被姿で開演を待つ気合いの入ったファンの姿があった。熱気渦巻く場内が暗転すると、今度は真っ赤なペンライトが一斉に灯る。コンサートを盛り上げる準備は万端だ。

 荘厳なメロディが流れ始めると、立ちはだかる困難を想起させるような暗く濃い霧の景色がスクリーンに映し出され、市川自身によるナレーションで、歌とともに生きていくという覚悟の言葉がゆっくりと語られる。立ち込めていた霧が少しずつ晴れていき、ステージ中央に現れた市川。歌にかける思いをドラマチックに描いたオープニングを経て、コンサートは「朧」からスタートした。

市川由紀乃

 第1部では、まず卵巣がん闘病からの復帰作「朧」のほか、ファンの熱い“由紀乃コール”が響く「命咲かせて」、恩師・市川昭介が初めて市川に贈った「海峡氷雨」などオリジナル曲を5曲。歌詞の奥にある主人公の機微や情景を、眼差しや丁寧な所作の一つひとつに落とし込んで表現していく。演じる歌と書いて、演歌。まさにその言葉通りの歌で客席を魅了していった。次に、カバーを4曲。「涙の連絡船」は市川が尊敬する大先輩・都はるみの代表作として知られる名曲だが、発売から60年以上が経ち、私たちを取り巻く環境が一変したこの時代においても、楽曲で描かれている情景がまざまざと浮かんでくるような歌の表現力に圧倒された。

市川由紀乃

 バイオリンの音色が優しく寄り添った「いのちの理由」(さだまさし)、アコースティックギターと市川の声の重なりが心地よく響いた「時代」(中島みゆき)。そしてテレビ番組『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)のテーマ曲である「サンサーラ」では、市川の幼少期からのヒストリーが写真やビデオでスクリーンに映し出された。松原のぶえや八代亜紀といった憧れの歌手と記念撮影をする幼き市川は、緊張からだろうか、2枚とも同じような仏頂面で思わず笑みがこぼれる。デビュー当時のキリリとした笑顔、不安を隠しきれない入院初日の独白など、市川の人生の一片を目の当たりにしながら聴くファンの中には目頭を押さえる人もいた。辛かった抗がん剤治療の終了を笑顔で宣言したところで映像が終わると、同時にバンドの音もストップ。市川は深く息を吸い、サビをアカペラで歌い始めた。この日最初のMCでコンサートのタイトルにある“爛漫”には「これからの歌手人生、どんな逆境にも負けず美しく豊かに咲きたいという思いをこめた」と語っていたが、その力強い歌声には、歌うことへの情熱と覚悟が爆発したような爛漫たる力が宿っているように思えた。

 「昭和生まれの渡り鳥」からスタートした第2部は、オリジナル曲をディスコテイストにアレンジしたり、異国の風を感じさせるような楽器の音色で仕上げたりと、新たな挑戦も取り入れながらファンを楽しませていく。冬という季節のなかで大切な人との別れを歌った「サボテンの花」(チューリップ)や「木蘭の涙」(スターダスト☆レビュー)といったカバーはアコースティックなサウンドで届け、語りかけるように、また時には消え入りそうな声で悲しみを表現するなど、市川の歌声の七変化も堪能できる流れになっていた。

 その後はど迫力の映像とともにオリジナル曲を楽しむ「歌絵巻 〝演歌万華鏡〟」と名付けられたコーナーへ。「国定忠治」では舞台の一場面を見ているかのような役者っぷりを歌声で披露し、「千姫」では燃え盛る天守閣をバックに、戦国時代の荒波に翻弄された美しき姫の一途な愛を全身全霊で歌い上げる。市川自身が炎に包まれていくようなエンディングの演出もドラマチックだった。「ちりぬるを」は、遊郭に身を置き、身分の違いから許されぬ恋に苦しむ女性を描いた市川の最新曲。遊郭の豪奢な部屋の窓辺から見る大輪の花火には、“縋らず(すがらず)強請らず(ねだらず)媚びず(こびず)”に生きる主人公の凛とした美しさが重なるようで、市川の魂の歌声を美しく彩っていた。

 コンサートもいよいよ終盤となり、「雪恋華」を歌い終えて「幸せです!」と心からの思いを口にした市川。さりげなくではあったが、「小走りが出来るようになったの!」と自身の体調の変化を嬉しそうに報告しつつ、客席の隅々にまで感謝を伝えるべくステージを左右に移動していく。また、「歌は、その人の人生だなと思います。デビューして34年。色々な経験があったからこそ歌える歌があると信じています。自分の人生を、皆さまにより感じていただけるような歌声を届けられる歌い手になりたいと強く思っています」と、あらためて決意を語った。最後の曲は、「あなたがそばに」。あなたに出会い、愛されるために私は生まれてきた。私の歌には、あなたがいつもそばにいる。愛と感謝の気持ちを最大限に込めたこの曲を紹介した市川は、込み上げるものがあったのか一瞬だけ声を詰まらせ、イントロの直前にそっと目元を拭ったようにも見えた。

 日々生きていること、歌が歌えること、何もかもが当たり前ではないことを知っているからこそ、一挙手一投足に感謝の気持ちを込め、心からの愛を伝える。どうしたらお客様にもっと楽しんでいただけるかをとことん突き詰め、自分自身の挑戦もふんだんに取り入れる。市川由紀乃という歌い手の魅力と真髄が詰まったこの日のコンサートは、歌手生活34年の歩みが凝縮された一夜であり、“万年初心”の思いを胸にひたむきに前進する彼女にとって、最新にして最高の一歩になったのではないだろうか。来年はいよいよ35周年。アニバーサリーに向けた追い風を感じさせる、晴れやかなムードのなかでコンサートは幕を閉じた。

市川由紀乃

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