歌声分析 Vol.24:上白石萌音 “役に入るように曲へ入る”ーー言葉の明瞭さと声色の変化、楽曲の世界へ溶け込む力
歌声分析
アーティストの魅力を語るうえで、楽曲だけでなく“歌声”そのものに宿る個性にフォーカスする連載「歌声分析」。声をひとつの“楽器”として捉え、音楽表現にどのような輪郭を与えているのかを掘り下げていく本連載では、技術的な視点からさまざまなアーティストの歌声を紐解いていく。
第24回目は、今年歌手デビュー10周年を迎えた上白石萌音を取り上げたい。
クリアなだけではない、曲ごとに変わる声の表情
『第7回東宝「シンデレラ」オーディション』で審査員特別賞を受賞し、芸能活動をスタート。2014年にはミュージカル映画『舞妓はレディ』で主演を務め、2016年には映画『君の名は。』で声優として宮水三葉役を演じたほか、2021年には連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(NHK総合)でヒロインのひとりである橘安子役を演じるなど、着実にキャリアを重ねてきた。一方、舞台『千と千尋の神隠し』、ミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ』など、映像作品だけでなくステージでも多くの経験を積んできた。
もうひとつ、上白石の活動の大きな軸となっているのが音楽だ。2016年に歌手デビューし、今年で10周年。9月には10周年記念オリジナルアルバム『bouquet』をリリース、10月3日、4日には、神奈川・横浜赤レンガパーク 野外特設ステージで自身初の主催野外フェス『Mone Kamishiraishi 10th Live《bouquet》for ALL』を開催する。出演者には、androp、MONGOL800、AI、藤原さくら、森山直太朗、adieu(上白石萌歌)、GLIM SPANKY、大橋トリオらが名を連ねる。これまでの上白石の音楽活動に深い縁を持つ面々だ。
このフェスの顔ぶれからは、現在の上白石の音楽シーンにおける立ち位置も見えてくる。上白石は、さまざまな作家から楽曲を受け取り、それぞれに異なる音楽世界へ入って歌ってきた。筆者が今年行ったインタビューでも、上白石は提供曲を歌う際、歌詞を一度すべて手書きし、音と切り離してから練習を始め、そこから楽器やアレンジに耳を傾け、その曲に関わった人々が何を考えて音を鳴らしたのかまで想像すると話していた(※1)。
だからだろう。上白石の歌声を聴いてまず感じるのは、言葉の明瞭さだ。子音を強く立てて言葉を際立たせるのではなく、母音へ滑らかにつなぎながら、一語一語の輪郭を崩さない。高音域でも低音域でも、メロディの流れの中に歌詞が自然に存在し、言葉としてしっかりと耳へ届く。このクリアな発声は、彼女の歌唱における大きなストロングポイントである。
ここからは、いくつかの楽曲をピックアップし、上白石萌音という歌い手について考察していきたい。
まずは「なんでもないや (movie ver.)」(2016年)。上白石はデビューミニアルバム『chouchou』で同曲を歌っている。言葉そのものと、その余韻を一つひとつ丁寧に届けながら、感情を織り上げていくような歌唱は、聴いているだけで浄化されるような感覚さえ宿している。そして歌手デビュー10周年を迎えた2026年、「texte ver.」と題して改めてレコーディングした。
再録に際して上白石は、レコーディングブースを暗くし、視覚から入る情報を減らした状態で楽曲へ向き合ったと明かしている(※1)。10年前の歌唱を再現するのではなく、現在の自分で再び楽曲の中へ入るための方法だったのだろう。10年を経て変わったことがあるとすれば、上白石の中で声をどう扱うかという選択肢が増えたことだ。積み重ねた経験とともに、もう一度同じ曲に歩み寄る。この曲で上白石は、変わらぬ言葉の明瞭さと、10年で広がった声の選択肢の両方が映し出されている。
次に取り上げるのは、沢田研二「勝手にしやがれ」のカバーだ。同曲は2021年のカバーアルバム『あの歌-1-』に収録された。彼女の声質は、透明感がありながらも朝露のような湿度を宿しているのが特徴だと思うが、この曲では、歌い出しの〈壁ぎわに寝がえりうって〉で、湿度をかなり抑えた声を出している。
続く〈やっぱりお前は出て行くんだな〉では、中低音域から低音域を、喉の奥に響きを感じさせるような丸みと深さのある声色で鳴らす。また終盤の〈アア アアア アアア アア〉というフレーズでは、冒頭よりさらに水分を少し抜いた乾いた質感の声を聴かせている。1曲の中でも、その場面に必要な声の成分を調整していることがわかるのだ。上白石は、原曲のイメージを単に踏襲するのではなく、自分の声の中にある質感を選びながら、その曲の世界へ入っていく。























