歌声分析 Vol.24:上白石萌音 “役に入るように曲へ入る”ーー言葉の明瞭さと声色の変化、楽曲の世界へ溶け込む力
話す言葉から旋律へ、歌の中に物語を立ち上げる力
上白石萌音×内澤崇仁(androp)名義の「ハッピーエンド」(2019年)で注目したいのは、平メロでの“さ行”のニュアンス。冒頭の〈せっかくのケーキも失敗作/夢のサプライズも上手くいかない/あなたの声が好きです/言えないけど〉というブロックでは、上白石は“さ行”に息を多く含ませて美しく発音しており、その柔らかな発音自体がフレーズを彩るフックになっている。また、サビにおける音と音のつなぎ方にも注目したい。サビでは声の密度が一段と高まるが、一音一音が分断されることはない。短く置く音、少し長く保つ音、そしてロングトーン。異なる音価が連続しているにもかかわらず、前の音が持っていた息や響きを次の音へ手渡すようにつなぎ、サビ全体を1本の曲線のように描いている。
YUKIが作詞、n-buna(ヨルシカ)が作曲を手掛けた「永遠はきらい」(2019年)は、軽快なアップチューンである。冒頭は、歌うというよりも台詞に音程が付いたようなアプローチ。話し声の延長線上に旋律が生まれていくような印象さえ受ける。ここにも、ミュージカルの舞台を重ねてきた彼女の経験の片鱗が見える。話す言葉と歌う言葉の間に大きな段差を作らず、台詞の延長からそのまま旋律へ入っていくような感覚だ。メロディが動き始めると、上白石の歌唱も変化する。軽快さを持つサウンドに呼応し、まるでスキップするように歌が進んでいく中で、〈―青春は 痛い―〉というキラーフレーズを台詞っぽく聴かせ、曲に物語性を宿している。
最後に、10周年記念アルバム『bouquet』に収録された「Trophy」(2026年)をピックアップする。GLIM SPANKYが手掛けたこの曲は、スケール感のあるミディアムなロックバラード。マーチングを思わせるリズムや、ケルティックミュージックを彷彿とさせるサウンドも印象的だ。これまでの楽曲と比較すると、発音の力強さが際立っているが、子音のアタックをただ強くしているわけではない。素早く言葉を立ち上がらせ、声をしっかりと前へ押し出している。驚くのは〈君が握ったチケットで/今しかできないことをしよう〉の部分。高低差のあるフレーズの中で、安定したファルセットを随所に使い、2番サビの最後のロングトーンでは途中で音程を上昇させ、さらなる高揚感を生み出している。前へ、そして上へと向かっていくような運動性のあるメロディを、上白石は発音の強度やフレージング、そしてロングトーン内部の音程の動きによって、自分自身の景色を立ち上げているのだ。
こうして楽曲を聴き込んでいくと、上白石萌音は、作り手の言葉や意図を読み、アレンジに耳を澄ませ、自らその音楽へ歩み寄っていく歌手なのだとわかる。役に入るように曲に入っていく。しかし、そこで別の誰かを演じることはしない。異なる表情を持つ楽曲と出会い、それぞれの世界へ入り、自分の声で表現する。
その積み重ねによって、上白石萌音という歌手が成立している。楽曲の個性を受け取りながら、自分の声をその音楽の中にどう存在させるのか。その自問自答を重ねてきた10年間が、彼女を歌手として形作っているのだ。
※1:https://realsound.jp/2026/02/post-2316483.html


























