宇多田ヒカル×『ちびまる子ちゃん』の邂逅は必然だった? 「パッパパラダイス」徹底解剖、“かつての子供たち”を慈しむ眼差し
「パッパパラダイス」MVで描かれた“些細ながらも大切な瞬間”
MVも楽曲の理解を助けてくれるので、ぜひ一緒に楽しんでみてほしい。かつてタクシーを捕まえて飛び乗ったあの「traveling」と対比させるかのように、今度は宇多田自身がタクシーの運転手としてハンドルを握っている。ちなみに「traveling」はちょうど25年前(!)の曲で、この設定は、当時はまだ子供とも言える年頃だった宇多田が、今や大人になって自分の手で自身の人生を運んでいけるほどに成熟したことを表している、とも読めるかもしれない。
それにしても、タクシーという乗り物は、思うにとても奇妙な空間であり、時間である。見ず知らずのドライバーと共に、人生という“時間”の流れのとある一瞬を(どこかへ向かう途中かもしれないし、帰る途中かもしれないにせよ)、車という“空間”で刹那に切り取る――そんなふうに感じて、筆者は乗るたびにいつも不思議な気分になる。そうした夜のタクシーを運転し、柄本時生や田中泯をはじめとする、『ちびまる子ちゃん』の登場人物たちのように“ちょっぴりクセの強い人々”を乗せる宇多田。他にも、サラリーマンが不貞腐れながらなぜか納豆を食べ、年配の女性が花嫁のヴェールを被って幸せと切なさの間のような表情を見せ……いずれもそれぞれに事情を抱えた人生の中の、些細ながらも欠くことのできない瞬間なのだろう。
MVで最後に乗せる乗客は、家出をしたのか、強がりながらも涙を流す少女だ。ラストは場所が変わって(それまでは横浜と思しき風景だが、最後のロケ地は昨年の『第76回NHK紅白歌合戦』で米津玄師のパフォーマンスでも使われた、廃線となった銀座の高速道路・KK線だ)、衣装も白いドレスへ変化。“入れ子状”になった歌詞を念頭に置くと、このラストの宇多田はもしかしたら、最後に笑顔にしてあげたあの少女が大人になった姿なのかも……そして彼女もまたタクシードライバーになって……などと想像が膨らむ。そう思うと、この宇多田と少女の関係は、さくらももこと宇多田ヒカルの関係にも似ているのかもしれない。
話を少し戻そう。タクシードライバーの宇多田は、そうしたさまざまな人生を抱えた乗客たちに対して、押しつけがましくなく、でも突き放すこともなく、程よい距離感で時間と空間を共に過ごして最後には笑顔にする。その様子は、「明日からまた平日が始まるな」という日曜日の夕方のちょっぴり憂鬱な気分に、押しつけがましくなく、でも突き放すこともなく、35年以上にわたって多くの国民に寄り添い笑顔にしてきたTVアニメ『ちびまる子ちゃん』の存在そのものに重なって感じられはしないだろうか。
今週もただ放送されているだけで、ほっと安心できる。『ちびまる子ちゃん』が放送されているということは、明日からもきっといつもと変わらない1週間がやって来るだろう――世界情勢が不安定な今だからこそ、『ちびまる子ちゃん』にはそんな希望さえ抱けるかもしれない。それが“国民的”に愛されているということの真の意味だと思う。そしてまた、こちらも30年近く老若男女を問わず聴かれ続けてきた宇多田ヒカルの音楽にも、ある種そういうところがある。宇多田ヒカルと『ちびまる子ちゃん』は出会うべくして出会った――そんなコラボレーションだと言ってもいいはずだ。
※1:https://x.com/utadahikaru/status/2029925597804191936
◾️リリース情報
宇多田ヒカル「パッパパラダイス」
配信中:https://erj.lnk.to/7rrAv3
7インチアナログ盤:6月24日(水)リリース
完全生産限定盤ESKL-6:2,500円(税込)
※収録内容は追って発表
予約:https://erj.lnk.to/DC3xdR