歌声分析 Vol.14:Official髭男dism 藤原聡 “変幻自在”な歌声、一音に魂を宿すボーカルアプローチ
歌声分析
アーティストの魅力を語るうえで、楽曲だけでなく“歌声”そのものに宿る個性にフォーカスする連載「歌声分析」。声をひとつの“楽器”として捉え、音楽表現にどのような輪郭を与えているのかを掘り下げていく本連載では、技術的な視点からさまざまなアーティストの歌声を紐解いていく。
第14回目となる今回は、Official髭男dismの藤原聡を取り上げたい。
複雑なサウンドをポップスへと昇華、熱量を絶やさない無欠の呼吸
Official髭男dismの楽曲は、一聴すると大衆性の高いポップスだ。しかし実際には、転調、コードチェンジ、細かく変化するリズム、スウィング感など、非常に多くの情報が同時進行している。その複雑なサウンドを、難しく聴かせずにポップスとして成立させているのが、藤原聡の歌声である。
藤原のボーカルの特異性は、複雑なリズムやコード感を残したまま、“大衆的なメロディ”へ接続できる点にある。
まず特徴的なのは、ブレス(息継ぎ)の処理だ。藤原は、短いブレスを細かく挟みながら、常に少し余力を残した状態で歌っている。そのため、どの瞬間でも熱量が途切れず、聴感上は最初から最後まで“100%で走り続けている”ように聴こえるのだ。高音域でも声が細くならず、密度と推進力を維持したまま進んでいく。また、ブレス音そのものが音源ではほとんど目立たない。呼吸を感情表現の手段としてではなく、バンドアンサンブルの一部として扱っているのだと推察する。
次にリズム感。元ドラマーでもある藤原は、拍のどこに言葉を置くかを瞬時に調整しているのだろう。彼らの楽曲は、細かく重心が変化するが、藤原はその変化を違和感として聴き手に残さない。難易度の高い譜割りでも自然に声が流れていくのは、このコントロールによるものだと考える。一音目から言葉が明瞭に届き、同時にメロディの入口を強く提示することで、聴き手を楽曲へ没入させている。
発音と声質も大きな武器だ。発音は、子音のエッジを立たせながら、その直後に柔らかく包み込むような丸みを作る。ハイトーンでは突き抜ける爽快感を持ちながら、中低音域では少しザラついた質感を残す。全音域で声帯を開いたまま歌えるため、ストレートな歌唱でも感情の機微がとても豊かだ。
ここからは、楽曲をピックアップしながら、複雑な構造をポップスへと昇華させる歌唱技術の核心を紐解いていきたい。
「Pretender」(2019年)は、映画『コンフィデンスマンJP ロマンス編』主題歌として広く浸透した1曲だ。この曲で象徴的なのは、サビの〈グッバイ〉直前の処理。藤原は、言葉に入る寸前で呼吸もテンションも残したまま、一瞬だけ真空のような空白を作る。この“止め”によって、感情が言葉になる直前の切なさを強烈なフックへと変換している。
TVアニメ『東京リベンジャーズ』オープニング主題歌の「Cry Baby」(2021年)では、藤原の“溜め”のリズム感が際立つ。ロックアレンジの中で、歌い出しから明確な“溜め”を作り、ソウルミュージック的なグルーヴを発生させている。〈何度も〉以降の複雑なメロディ展開でも、ブレスの存在を感じさせないまま、一音だけ質感を変化させるコントロールが見事だ。たとえば〈流して 流して/不安定な〉では、〈流して〉の「が」にわずかな引っかかりを残し、〈不安定〉の「あ」で一気に抜ける。さらに、最後の〈誓ったリベンジ〉では、長いトーンで圧巻の音圧を放つ。リズム処理と高音の出し方、その両方の精度が、この曲特有の切迫感を生んでいるのだ。