TENSONGは何のために歌うのか 逆境の中で見出した不屈の精神と音楽を届ける意味「2人でも売れてやる」
たか坊と拓まんによるユニット TENSONGが、5月13日に新曲「今年最高の日を」をリリースした。誰しもが経験する青春の日々をモチーフにした同曲は、明日への活力となるような言葉が散りばめられた“令和の新・応援歌”に仕上がっている。
2025年にプロデューサーが離れ、二人による新体制で楽曲制作や活動が行われるようになったというTENSONG。そんな逆境をものともせず、2026年には「これからの話をしよう」「無名恋」「今年最高の日を」とハイペースにリリースを続けてきた。紆余曲折があるなかでTENSONGがブレずに活動を続けてこれたのはなぜなのか。二人でやることの意味、音楽への情熱について話を聞いた。(編集部)
プロデューサーの離脱がより強めた音楽への想い
ーー今年は2月に「これからの話をしよう」、4月に「無名恋」、そして5月に「今年最高の日を」をリリースと、かなりハイペースの楽曲をリリースしていますよね。TENSONGとしては今、どのようなモードなのでしょうか?
たか坊:作り終えたら早く出したいと思っているというのはありますけど、自分たちの中ではむしろ、以前よりも曲作りに時間をかけているイメージがあって。
拓まん:リリースのペースとしては、もちろん早いとは思っていますよ。それは事務所の社長も同級生で、近い距離でいられているから「ここにリリースしちゃおう」とかそういう話がしやすいというのも影響していると思います。でも、去年DJだったメンバーが抜けて2人になってから、めちゃくちゃ2人で話す時間が増えて。より音楽について話し合うようになったり、制作に時間をかけたりしているように感じているのかなと思います。
ーー確かに2人だといつでも話ができますもんね。では意図的にたくさん曲をリリースしているということではなく、思いが募ったら曲を書いて、曲ができたらスムーズにリリースができているという状態なんですね。
たか坊:そうですね。まぁ赤裸々に言っちゃえば、早く売れたいというだけなんですけど。そのために、「曲ができた! これはいけるぞ!」ってどんどん出しているというのが正直なところです。
ーーそれでいうと、4月1日に結成6周年を迎えましたが、TENSONGとしての現在地はどのように捉えていますか?
たか坊:僕たちとしては音楽をずっと続けるということが大切で、最初に始めたこのチームで音楽を続けていきたいという気持ちは変わらない。そう考えると、「早く売れたい」とは言ったものの、それが第一優先事項ではなくて。思いは変わらずに、これからもずっと続けていられたらいいなと思っています。
拓まん:正直、深く考えたことがなかったんですが、改めて考えてみると……6年でこれだけの人がライブに来てくれたり曲を聴いてくれたりしているのはすごいなと思います。だけど自分たちが目指しているのは日本武道館や、Zeppツアー。そこに向かって走っているところなので……現在地をどう評価すればいいのか、うーん、難しいな。
たか坊:でも10年で考えると、6周年ってちょうど折り返し地点。そう考えると、これからも今のまま続けられたらいいのかなと思います。
拓まん:そうね。
ーーTENSONGは、前メンバーのアルフィさん(DJ)も含めた3人が出会ったことで始まったユニットですが、結成時、5年後や6年後がこうなることは想像していましたか?
拓まん:全く想像してなかったです。
たか坊:うん、目の前のことしか考えてなかった。
ーー音楽を本格的にやろうと思ったのはいつ頃だったのでしょうか?
たか坊:音楽活動を本格的に始動しようと思ったのは結成のタイミングでしたけど、アーティストとして自分たちの曲で売れたいと思うようになったのは、音楽を始めて半年後くらいですかね。1stシングルである「恋季」という曲が、僕たちが始めて作った曲なんですが、その曲を作ったときに、音楽を作ることに目覚めた感覚がありました。
拓まん:僕は割と去年あたりからかもしれないです。「有名になりたい」という理由で活動を始めて、フォロワーが増えていって、プロデューサーさんが付くようになっていったんですが、去年、そのプロデューサーさんと一旦離れることになり、そこから制作周りを僕たち2人中心でやることになったんです。そこで一気に自分の中でスイッチが入った感じがします。
ーーそこで心が折れることなく、逆に「やるぞ」と思えたのはどうしてなのでしょうか?
拓まん:プロデューサーさんの支えがなくなった瞬間、自分たちの力のなさを実感して。そこで「やべえな」って思ったんですよね。だからもうやるしかないなって。
たか坊:歌い続けるという覚悟は持っていたので、「やるだけだな」って。
拓まん:スイッチが入ったのが去年と言いましたが、結成したときから「たか坊の横でギターを弾き続ける」ということは決めていたこと。その気持ちはずっとなくさずに活動していました。そのうえで、「2人でも売れてやる」と思ったのが去年という感じです。
ーー「たか坊の横でギターを弾き続ける」と、結成当初に思ったのはどうしてだったのでしょうか?
拓まん:理由はないかもしれない。シンプルにそう思ったから。
ーー例えば、たか坊さんの歌に魅力を感じたとかそういう明確な何かがあるわけではなく?
拓まん:そうですね。何でそう思ったのかはわからないです。出会ったときに「一生こいつと生きていくんだろうな」って思ったんです。たぶん、たか坊もそう思っていると思います。僕らは18歳のとき、大学のご飯会みたいなところで出会ったんですが、出会った初日に僕がたか坊の家に泊まりに行ったんですよ。その時点で、「俺はたぶんこの人と一生生きていくんだろうな」って思った。だから、その数年後にたか坊から音楽活動に誘われたときも「わかった」ってすぐに言いました。
たか坊:僕も、それが音楽になるかどうかはわからなかったけど、出会ったときから、友人として一生付き合っていくことになるだろうなとは思いました。それでいうと、事務所の社長も同じときに出会っているんですよ。
ーーすごくドラマチックな関係性ですね。
拓まん:恋愛だったらねぇ(笑)。
ーー仕事のパートナーでも、なかなかそこまでの出会いはないと思いますよ。
拓まん:確かに。
たか坊:音楽活動を始めることにしたのも、「拓まんがギターを持っていたから」というだけで。もともと僕は心のどこかに歌いたいという気持ちがあって、一人で歌ってみたんですがしっくりこなかったので、拓まんに「ギター弾いてくれない?」って言ったのが最初でしたから。そのときは、まさか仕事になるとは思っていなかったですけど。
ーー最初は遊びのつもりだった?
たか坊:はい。就職も考えていましたし。だけどコロナ禍になって、SNSでの歌の投稿に対する数字も増えてきて、だんだん本気でやりたいという思いが強くなっていって。結成して半年くらいのときには、もう僕の中では気持ちは固まっていました。それがさっき話した、結成半年後くらいで本気になったというタイミングです。
拓まん:今、すごくきれいに話しましたけど、卒業が危ないのもあり「音楽やるか」みたいな感じだったんですよ(笑)。
たか坊:そんなことない(笑)! 僕はちゃんと就職先も考えてた! それが大学2年の頃なんですけど、2年生のときの成績は唯一良かったし(笑)。
拓まん:大学2年の冬、僕は成績が悪すぎて、とりあえず留学するかと思ってアメリカに短期留学に行っていたんですよ。だけどちょうどアメリカにいるタイミングでコロナがひどくなり始めて。帰ろうかなと思ったタイミングで、たか坊から「本気で音楽やらん?」と連絡が来て。で、「オッケー!」って言いました。
ーー大学2年生のタイミングで「本気で音楽を」と決断するって、人生がかかっていると思うんですが、それでも「オッケー!」って即答できちゃったんですね。
拓まん:はい。まぁそのときは本当に卒業が危うかったから、就職できる気もせえへんかったし音楽で食べていけたらいいなと思ってました(笑)。
ーーそこから共に活動を続けてきたお二人ですが、出会ってからこれまでのお互いの変化や成長はどのように感じていますか?
拓まん:(食い気味に)見た目?(笑)
たか坊:それもそうだけど(笑)、拓まんはギターが成長しました。
拓まん:出会ったときは、ギターを持っているけど、音楽の授業で触ったことあるくらいっていう感じだったんですよ。コードしか弾けなかったし。だからプロデューサーに最初、「たか坊が100のうち80くらいできているとするなら、ギターとDJは20くらいだ」って言われて。そこでマジでやろうと決めて、本当にずっと弾いていたんです。年齢的にもとにかく練習するほかないと思って。
たか坊:その成長のスピードがすごく速くて。それだけ練習していたんだろうなって思いました。そのぶん、今はもっとプロに追いついてほしいという気持ちにもなりますけど。
拓まん:たか坊は、何も変わってない。(笑)まあそれがいいんじゃないかなと思います。
たか坊:そうですね。昔からたくまんに「こうして」とか「ああして」って言われたら「そうするわ」ってずっと言っていて。僕たち出会ってから1回も喧嘩したことがないんですよ。
ーー1回も!?
たか坊:はい。どちらかというと僕が感情的で、拓まんは論理的なんで、衝突することがないんですよね。お互いに曲げたくない部分はあるから、そこはうまく譲り合って話をまとめていっています。