「バッド・バニーによる“ゲームチェンジ”を目撃した」鈴木竜馬氏がグローバル市場から学んだ、日本の音楽ビジネスに必要なこと
ヒットソングをどうドライブさせていくかーー「ヤングカタログ」の活性化が鍵に
ーー国内市場においては、ヤングカタログ(※リリースから数年経過した近年の旧譜)が非常に重要になっているというお話があります。ここについてより深く聞いていきたいと思います。
鈴木:その前に少しお話しさせてください。今のThe Orchardについて面白い動きがありまして、実はOasisのグローバル展開や、BLACKPINKもこのタイミングからグローバルのThe Orchardでお預かりすることになりました。また、新譜が素晴らしかったGorillazもそうです。BlurとOasisが同じディストリビューターにいるというのはすごいことですよね。
他にもこの春からブルーノ・マーズとライブを行うイギリスのRAYEや、ベテランで言えばエリック・クラプトンのカタログなどもオーチャードでお預かりしています。そうしたスーパースターの作品をしっかり押さえていることも重要ですが、ストリーミング時代における音楽マーケットの全体像を見た時、新譜のチャートというものは氷山の一角に過ぎません。今は過去の音源に簡単にアクセスできる環境が整っているため、リリースから1年、あるいは2〜3年経った音楽を「カタログ」として扱い、いかにそのカタログ、特にヒットソングたちをドライブさせるかが最大の鍵になっています。たとえばシーズンやイベントごとに合わせたプレイリスト展開など、デジタルマーケティングで過去の作品をどう掘り起こすかが問われているのです。
ーー過去カタログの価値をどう活性化していくかということですね。
鈴木:これまでは各レーベルが「ストラテジック」や「レガシー」といったカタログの運用部門で、たとえばアーティストの10周年などのタイミングでリマスター盤をフィジカルでリリースしていました。しかし今はデジタルのマーケットでどうマーケティングしていくかが重要です。誕生日や周年など、アーティストのイベントに寄り添って眠っている音源をデジタルでどう活かすか。たとえばORANGE RANGE「イケナイ太陽」のように令和バージョンのミュージックビデオを公開し、過去の楽曲を掘り起こす動きもあります。各社がそこに向き合っていますが、レーベルマンが「新譜こそ一丁目一番地だ」と思い込んでいると、デジタルやストリーミングの時代に取り残されてしまいます。一丁目一番地以外のところが主戦場になりうる可能性が十分にある時代ですからね。
ーープレイリスト展開以外の施策だとどのようなものがあるのでしょうか。
鈴木:最近は、各社がカタログマーケティングのツール開発に力を入れているのを感じます。日本のシティポップが海外で受けているという時、それがどのマーケットで、どういう層にバズが起きているのかをデータで分析し、広告を打つといった新譜同様のマーケティングを行います。日常的に聴かれている楽曲、たとえば松原みきさんや杏里さんなどがアジアでどのように再生されているかを可視化しているんです。The Orchardでも、プロのカタログマーケターを採用し、大御所アーティストの新譜が出るタイミングで旧譜のマーケティングを連動させています。ピットブルの新譜の際には、旧譜のマーケティングでブーストをかけたり、リミックスを展開したりしました。話題の火種をいかに隣に飛び火させていくのかが、これからの勝負どころです。
ーー国内マーケットにおけるアーティストの育成と、オーチャードのネットワークを通じた海外展開についてはどうお考えですか?
鈴木:そうですね。国内マーケティングについては、先ほどお話ししたようなメジャー的思考から解き放たれた、ストリーミングマーケットならではの戦い方が必要です。本当に小さなバズでもいいから、それをどう広げていくか。国内を狙う場合でも、今はアジア圏くらいまでを一緒に見た方がいい時代になっています。日本のポップスに対するアジアでのポテンシャルは非常に高いです。TikTokなどで何かが起きた時、国内だけでなく見られているアジアの周辺地域を一緒にマーケティングしていく。我々がそれを推進することで、海外でバズったものが国内に還元されるケースも増えています。いきなりヨーロッパやアメリカで大ヒットを狙うというだけでなく、国内マーケティングを行う上でもアジア圏くらいまで視野を広げてやっていく方がいい時代になっていますし、我々のツールを使えばそれが比較的やりやすいので、レーベルのみなさんと共有しながら進めています。
時としてそうした取り組みが大きな成功に繋がるケースもあります。たとえば、Leinaがソニー・ミュージックレーベルズに移籍した事例のように、日本だけでなく韓国でもバズが起きてしているなら「韓国でもマーケティングしてみようよ」という提案から行った施策が、結果的に日本でのヒットに還ってくることになります。ですから、国内狙いであっても少し広い目で見ていくことが重要です。
さらに、海外も含めた狙いについてThe Orchard Japanのネットワークという観点でお話しすると、キーワードの一つに「アニメやゲームの音楽」が確実にあります。VTuberしかり、ボカロしかり、2.5次元しかり、そうしたジャパンオリエンテッドのカルチャーからの広がりです。もちろんタイトルトラック(主題歌)が海外で跳ねる可能性も往々にしてありますが、我々としてはBtoBでお預かりしているバンダイナムコさんやサンライズさんの音源が非常に強いです。目の前のヒットで言えば『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』関連楽曲がドカンと聴かれていますが、それだけでなく過去の『ガンダム』シリーズの劇伴や、バンダイナムコさん系のさまざまな劇伴のマーケットも非常に重要です。これは僕らも実際にやってみないと分かりませんでしたが、日本ではサウンドトラックとしてそこまで大きなマーケットがないような作品でも、ゲームやアニメの劇伴が海外ではこんなにも評価されているのだと驚きました。だとしたら、そこをどうプッシュしていくか。昨今は周年に合わせた動きなども多いので、そういうタイミングでレーベルさんと組んで、さまざまなアプローチができるのが一つの強みです。
アニソンって意外と風化しないというか、過去のスーパーヒットを持っている人たちが今でも第一線で活躍できるジャンルですよね。脈々と聴き継がれていて、いまだに『NARUTO -ナルト-』や『鋼の錬金術師』などの楽曲が海外で跳ねたりもします。長く聴かれるという意味では先ほどのカタログマーケティングの話にも繋がりますが、ビジネスとして非常にやりやすく、満足度も高いです。実はうちが取り扱っているこういった音源は、再生数のシェアは海外の方が圧倒的に大きいんです。
ーー海外の方のほうがアニメソングを総合的に楽しんでいるのですね。
鈴木:『ガンダム』音源は国内だけでなく、アメリカやヨーロッパなど欧米でもよく聴かれています。フランスのDeezerのようなサービスでも各国のプレイリストに入りますし、中東でも聴かれています。海外シェアを20数パーセントも持っているディストリビューターは、おそらくうちだけだと思いますね。これはすごいことですよ。中国市場も意外とシェアがあり、インディーの音源はグローバルで見た時のアドバンテージがあるんでしょうね。もちろんアニメに限った話ではなく、ローカルへのリスペクトを持ちながら、各国で何か起きた時にはお互いに助け合うという可能性は常にあります。これは狙ってできるものではない部分もありますが、そうしたバズが起きた時にグローバルなサポートができる体制を作っているというのが、我々の大きな良さですね。
ーーアーティストサービスのアーティストは、今後増やしていくのでしょうか?
鈴木:アーティストサービスは、ある意味でブランディングに近いところがあります。グローバルで見ると、新人でヒットを出しているアーティストがアーティストサービスを利用しているケースが結構あるんです。それは「我々はディストリビューターだけれど、これだけしっかりとしたサポートができる」というオーチャードのブランド力を示す、ブランディングの一つでもあると思っています。
The Orchard Japanとしても、今年いくつか隠し玉として面白いアーティストの参加が控えています。新たにドメスティックメジャーからいくつかのアーティストがジョインしてくれる予定です。他にもグローバルでの大きなプロジェクトが来たりと、ブランディングを兼ねてマーケットをしっかり取りに行く動きは継続して行っています。一方で、3年前は「今後はDIYのディストリビューション領域も広げていこう」と言っていたのですが、この3年間でAIを取り巻く環境が圧倒的に変わってしまいました。個人的には、音楽業界は現段階で2つの課題に直面していると感じています。一つは、AI生成楽曲における法的リスクをどう判断しコントロールするか、まだしっかりとハンドルできていないこと。もう一つは、そこにリソースを割くのが難しいという壁にぶつかってしまったことです。そのため、DIYの領域についてはTuneCoreさんのように先を走っているサービスにお任せして、我々The Orchard Japanとしては引き続きBtoBの領域に注力し、カタログを含めてどうグローバルに応用していくかということを大きな指針にしています。ですので、今はDIY領域に対してはそこまで腕まくりをしていないという状況ですね。
ーーDIYディストリビューションは理念としては素晴らしくて必要だと思いますが、今はどんな楽曲がアップロードされるか分からないという難しさもありますね。
鈴木:そうなんです。エイベックス系のBIG UP!の方の話を聞いていても痛感しますが、やはり今はAIによる法的リスクを含んだ楽曲への対応にとても神経を使われているようです。それくらい、今の業界全体がAI生成楽曲の動向に対してピリピリと慎重にならざるを得ないビジネス状況だということですね。
360度ビジネスの深化とIP価値の最大化 スポーツ×最新技術などエンタメ総力戦へ
ーー鈴木さんは、この春よりソニー・ミュージックソリューションズ(SMS)の執行役員専務に就任されました。今後はどのようなビジネスに携わっていく予定なのでしょうか。
鈴木:今日のお話はある意味「音楽業界最前線」の置き手紙的な内容かなと思っています。私自身、これまでの約25年間は音楽に特化したビジネスのフロントをやってきましたが、新しい役割として、これからは「360度ビジネス」のような周辺領域に関わっていくことになります。「一丁目一番地」がどこにあるか分からない時代において、ソニーミュージックグループもご承知の通り、アニプレックスの代表を務めてきた岩上敦宏が、村松俊亮とともに全体の代表に就任しました。かつてアニプレックスもソニーミュージックの周辺領域から始まりましたが、ご存じの通り今やアニメ周辺のビジネスがエンターテインメントとしてどんどん伸びています。
私がこれから関わっていくSMSは、ソリューションを担うソニーミュージックグループの中でも幅広い組織体制を基盤とする会社です。こうしたIPの価値を広げるビジネスが次の大きなオポチュニティだと会社としても捉えており、そこに長年音楽ビジネスのフロントにいた私がアサインされたのは「ここで次にやれることがあるんじゃないか」ということなのだと思っています。これからはフロントでのヒットづくりとは別の意味で、ソリューションビジネスでの成果を出していきたいと考えています。
ーーSMSでは、ファンクラブやファンダムのビジネスなども幅広く手掛けていますよね。
鈴木:はい。アーティストのファンクラブや、Zeppのようなベニューの運営からライブ制作・主催事業、そしてパッケージの製造やプレスを行う工場までを持っています。これは音楽業界の構造変化ともリンクしています。他社でも、もともとジャケットのクリエイティブ制作などをお手伝いしていた会社の流れがどんどん巨大化し、自社だけでなく他社案件についても幅広く担っています。
ーー音楽業界の枠を超えて広がっているということですね。
鈴木:ええ。具体的にはスポーツビジネスなどもそうです。たとえばSMSでは東京ドームにおいて、読売ジャイアンツのブランディングに関わる球場内主要映像や開幕セレモニーなど、クリエイティブ演出を総合プロデュースしています。サッカーのVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)などの審判判定支援や、複数台のカメラで人や物体の動きをトラッキングする光学トラッキングシステムなどを手掛けるソニーのグループ会社「Hawk-Eye Innovations(ホークアイ)」の技術を活用して、スポーツをよりエンタメ化していく可能性も探っています。他にも先端技術を活用してソニーグループ横断で開発したライブ自動撮影システムを一部のZeppの会場に導入し、低コストで高品質な撮影を可能にするパッケージなども展開しています。周辺ビジネスではありますが、非常に面白い領域です。
ーー面白いですね。音楽業界のあり方がここ10年で本当に変わりましたね。
鈴木:昔は新譜を出してそれをプロモーションするというのが業界の形でしたが、今はもう違います。目の前の新譜のヒットに一喜一憂するのではなく、トータルでビジネスを捉えていく。そして、先人たちが築き上げてきたものにリスペクトを持ちながら展開していく。そういう時代になったということですね。