ロクデナシの歌に灯るあたたかさ 素顔なき歌声が描く情景、3rdワンマンライブで辿り着いた『六花』の真髄

 客電が落ち、地を這うSEの轟きと連動して照明が閃き、緊張感が走り出すフロア。そして、ステージ前面に張られた透過LEDに、MVに登場する少女のビジュアルが投影され、ロクデナシのボーカル・にんじんのシルエットが重なった瞬間、ステージから目を離せなくなったーー。

透過LEDに閉ざされた、“物語の深淵”への誘い

 国内外でのワンマンライブや『COUNTDOWN JAPAN』といった大型フェスにも出演しているロクデナシにとって、幻想的な映像演出はステージの核心だ。4月17日に東京・Kanadevia Hallで行われた『ロクデナシ 3rd Oneman Live「六花」』は、映像に映る主人公とにんじんがどのような塩梅で交わり、ロクデナシという世界観を形成しているのか。そのひとつの答えが、実を結ぶライブだった。

 ステージは透過LEDで閉ざされ、その中心には2ndアルバム『六花』のタイトルを思わせる六角形の光の輪が浮かび上がる。その中からにんじんが1曲目の「カロン」を届けるというステージセットは、これまでのロクデナシの映像演出からさらに物語をドライブさせる新たな試みだと思えた。だからだろうか、閉ざされた景色を内側から破ろうとする勢いが強調され、「ユリイカ」もいっそうの説得力をもって響いてきた。

 にんじんは活動上、その素顔を明かしていない。けれど、豊かなアンサンブルに笑みを浮かべた歌声が空へと解き放たれる「Happiness Umbrella」の最中、映し出された少女のビジュアルの向こう側に、たしかな呼吸に肩を揺らし、両手をリズムに委ねて歌唱するにんじんの生々しい姿が重なって見えた瞬間があった。そこでひとつの確信に辿り着いた。ロクデナシのライブでMCが句読点を添える程度になっているのは、にんじんがその声を開ききる場所が、物語を紡ぐ歌の中にあるからなのではないかと。とりわけ、一音一音へと感情を滲ませていく繊細さと表現の深度が白眉だった。バラードナンバー「草々不一」から、繊細な息遣いまでもラッピングした「脈拍」への流れも、絶美というほかない。歌世界に没入するにんじんの佇まいは、閉ざされた空間演出ともピタリと呼応していた。

 エレクトロダンスナンバー「Slowly」からは身体が揺れ出すパートへ。バラードナンバーを中心に据えたロクデナシにとって、骨太なベースラインがグルーヴする「煩悩」やEDM調の「エンドロール」は新しい顔になっている。共通するのは、どこか不穏なサウンドが脈を打っていること。にんじんの安定感のある歌声に、あえて不安定で掴みどころのないサウンドを重ねた時、どのようなシナジーが生まれるのか。そういう実験的な視点から、この類の曲が生まれた側面もありそうだ。

 夏を連れてきた「夏を書き留める」や、和楽器で情景を描く「言の刃」。夢と現実の境界を彷徨うピアノバラード「あやふや」や、ファルセットが儚く揺れた「花泡沫」。ボカロPを中心としたコンポーザー陣の手によって紡がれてきたロクデナシの音楽は、MIMIが作詞・作曲を手がけ、アジア各国でバイラルヒットを記録した「ただ声一つ」を起点として、常に“情景”と手を繋いでいる。

 その中で、にんじんの歌声から物語が拡張されていく感覚を得たのが、彼女の姿がMVに隠された「生活の」だった。真っ白なMVからピアノの旋律とにんじんの声だけが流れてくる。その歌声は、繰り返される日常の中に差し込む、ほんのわずかな光に似ていた。ロクデナシの楽曲が孤独に寄り添うのは、こうして物語の陰に身を潜めたにんじんの歌声の中に、言語の壁すら越えてしまうほどの“星屑”が散りばめられているからなのかもしれない。同じ色を持つ同士が運命的な出会いを果たす「雨景色」を聴きながら、そんなことを考えていた。

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