Adoが人々を惹きつける理由、新たな“始まりの歌”としての絶唱――「ビバリウム」の核心に宿るものの正体

 激情と寂寥。

 Adoという存在を語る時、私はいつもこのふたつの言葉を思い浮かべる。

 私がAdoという名前を最初に原稿に書いたのは、彼女がまだメジャーデビューする前、インターネット上に存在する名もなき“歌い手”として活動していた頃だった。jon-YAKITORY 「シカバネーゼ (feat. Ado)」が2020年3月に発表されると、その異様なほど熱量を帯びた声と表現に注目が集まり、7カ月後に発表されたメジャーデビュー曲「うっせぇわ」での一撃の衝撃で社会現象化。Adoは瞬く間に時代の中心へ躍り出る。

 しかし、私にとって彼女は、クローゼットのなかでひとり、マイクに向かって歌っていた少女の延長線上にいる存在でもある。そして、節目のたびに思うのは、彼女の声の奥にある孤独の質が変わらないということだった。

 2022年に行われた初のさいたまスーパーアリーナ公演、そして2024年に行われ約14万人を動員した伝説の国立競技場公演など、私はその歴史的なライブの数々を現場で見届けた。海外公演も行ける範囲ではあったが、香港や台北での公演に足を運ぶようにしていた。国内外を問わず巨大な会場を満たす歓声と熱狂を目の当たりにして、Adoが巻き起こしているムーブメントは紛れもなく本物だと確信していく。彼女の壮絶とも言える歌声と、アンコールで披露されるMCで切々と丁寧に想いを語るその言葉。世界中の観客が言語や文化の壁を越えて、身体を震わせ熱狂し、感動の涙を流す。その光景を何度も目の当たりにしながら、現代の日本人アーティストが個人として成し得た、ポップミュージック史に残るひとつの到達点を迎えているとも感じる。それは2度のワールドツアーを成功させ、Spotifyの「2025年 海外で最も再生された国内アーティスト」1位という記録にも表れていた。

 なぜ、ここまで人々はAdoに惹きつけられるのか。理由は明白だ。Adoの歌は世界中の誰もが未体験だった、通常の歌唱表現を超越した、いわば“絶唱”そのものだからである。世界を見渡しても、ここまで激烈な感情の振幅を歌声として叩きつけられるアーティストは極めて稀だ。海外のライブ会場で特に顕著だが、彼女の絶唱が鳴り響いた瞬間、それが曲の途中であっても大歓声が巻き起こる。ボーカロイド文化、歌い手文化という日本のインターネットカルチャーが育んできた表現が、ついに最大級のポップアイコンを生み出した。その象徴がAdoなのだ。

 そんな彼女が自ら作詞作曲を手がけた「ビバリウム」は、Adoという表現者の現在地を示す重要な作品である。自伝的小説『ビバリウム Adoと私』にも通ずるタイトルの「ビバリウム」とは、本来動物や昆虫を飼育する透明な箱を指す。外から観察される生き物の小さな世界。そのイメージは、巨大な視線のなかで生きるAdo自身の姿とも重なる。歌詞には、他者の期待や評価に晒されながらも、自分の感情の核を見失わないために必死にもがく心情が滲んでいる。

 MVにおいてAdoが実写で映し出されたことが話題になったが、私が本質的に重要だと思うのはそこではない。彼女があらゆる経験を呑み込み、吐き出すために自ら言葉を書き、自らメロディを紡いだという事実こそが、この曲の核心である。クローゼットのなかで“歌ってみた”を録音していた少女が、そのままの感情で、そのままの姿で自分の言葉を世界に投げつけている。その構図は、デビュー以前から変わっていない。むしろ変わったのは、世間の側だろう。

【Ado】ビバリウム (Vivarium)

 Adoは今、日本のポップミュージックを象徴する巨大なアイコンとして扱われることも多い。無数の期待と意味を背負わされる存在になった。しかし、「ビバリウム」を聴くと、彼女の感情は決して勝利の歓喜のなかにはいない。サウンドは轟音のように激情を鳴らしているが、そこに流れる感情の核はむしろ寂寥だ。それは、孤独な表現者だけが知る感覚なのかもしれない。

 世間の評価や称賛は巨大になっても、心の奥底ではずっと同じ場所に立っている。クローゼットのなかで、ただ声を震わせていたあの夜と同じ場所に。それでも彼女は前へ進む。なぜなら、その孤独の闇のなかにたしかな光があるからだ。

 それは彼女の真実の姿を見届ける覚悟を持ったファンたちであり、彼女の繊細な表現を理解し支え続けてきたスタッフであり、それこそがAdoの活動の意義を本当の意味で理解している仲間たちとの間にだけ流れる光明である。世間のノイズや評判を超えて、そこにある小さな真実だけを信じて、Adoはまだ誰も轍をつけたことのない荒野を走り続ける。

 「ビバリウム」は、その姿を記録した歌だった。すべての現実を吐き出した新たな絶唱だった。

 そして、激情の音像のなかで、静かに響く寂寥。そのふたつの感情が同時に存在する場所に、常にAdoというアーティストの本質がある。この「ビバリウム」は、Adoにとって新しい“始まりの歌”と言えそうだ。

 巨大な評価や期待に囲まれた透明な箱のなかから、それでもなお自分の声を探し続ける表現者。Adoの歌は今、未来へ向かって叫ばれている。

 そしてその声は、これからも誰かの孤独を震わせ、新しい時代の共鳴を生み続けていくだろう。

■リリース情報
Digital Single『ビバリウム』
配信中

配信URL:https://ado.lnk.to/vivarium_songWE

■書籍情報
『ビバリウム Adoと私』
発売中

原作: Ado
著者: 小松成美
出版:KADOKAWA
価格:1,870円(税込)

販売URL:https://ado.lnk.to/vivarium_novelID

■公演情報
『Ado STADIUM LIVE 2026』(タイトルは後日発表)
2026年7月4日(土)・5日(日)OPEN 16:00/START 18:00
神奈川・日産スタジアム

Ado アーティストページ:https://www.universal-music.co.jp/ado/
Adoのドキドキ秘密基地:https://ado-dokidokihimitsukichi-daigakuimo.com/
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