二宮和也によるカバー、「3%」の広がり――さとう。が手にした気づきの正体 アルバム『窓越し、その目に触れて』を語る

「地元に帰らないことを訴えた曲」――“帰る場所”と向き合えた今

――このアルバムは過去や故郷との別れを描いたうえで、新たに人生のペダルを漕いでいくような一枚に感じました。

さとう。:そうですね。リード曲が「通過する故郷」という楽曲でして。私は地元を愛していて、これまでにも地元を思う曲を何曲か書いたことがあったんです。そんななか、手を振って、そのうえで地元に帰らないことを訴えた曲を書いたのは初めての経験でした。「ちゃんと前に進んでいかなきゃいけない」というメッセージが、このアルバムのなかに散りばめられているので、まさにおっしゃるとおりで、ペダルを漕いでいくアルバムになったなと思います。

――故郷に手を振る曲を書こうと思ったのは、何かきっかけがあったんですか?

さとう。:先ほどお話ししたツアーもそうですし、2025年は自分が思ってもみなかった場所でさとう。の音楽が聴かれていたことを知って。それを伝えてくれる方とたくさん出会えた一年だったので、「もらったぶんをちゃんと返すためには、自分から踏み出していかなきゃいけないな」って。そういう気持ちが意図せずともアルバムに反映されたのかな、と思います。

――今挙げていただいた「通過する故郷」は、どんなことから着想を得て書かれたのでしょう?

さとう。:去年のツアーは鹿児島や佐賀に行ったり、九州だけじゃなくて関西方面にも行けたりして、電車で地元の伊豆を通り過ぎることが多かったんです。地方から東京の家に帰ってきて、ひと休みしてまたツアーに出かける。タイトル通り、何度も故郷を通過していたんですよね。電車の車窓から地元を眺めながら「まだ私は伊豆に帰れないな」と思って書きました。帰る場所があるけど、今はまだ帰れない。そういう思いを抱いたことがある人は多いな、と思うんです。このアルバムが出るタイミングは春の時期だから、上京する人もいるだろうし、故郷に帰っていく友達を見送る人もいるはずで。帰りたくても帰れない故郷がある人にちょっとでも寄り添えたらいいなと思い、この曲を書きました。

さとう。- 通過する故郷【Music Video】

――壮大なアレンジによって、楽曲のドラマチックさが増幅していますね。

さとう。:当初はバンドアレンジのみだったんですけど、ホールワンマンではチェロの方にも参加していただいて、スペシャルな編成で「通過する故郷」を披露しました。それがさとう。のなかで色濃く残っていたので、アルバムに入れるにあたってもチェロの音を入れていただきました。それがちゃんとエモーショナルに感じてもらえて嬉しいです。

――さとう。さんは今25歳ですよね。僕が25歳の時、人生を振り返るには早すぎるけど、人生を引き返すにしてはもう遠いところまできてしまったから、「前に進むしかない」と思っていたんですよ。ただ漠然と前に進むのではなくて、自分はもう前に行くしかないんだ、と。そうした思いと同じようなものをこのアルバムからも感じました。

さとう。:それこそ、25歳になってからまわりにいた人たちのことを思い返して、「あの人は今何をしているんだろう?」とか「昔対バンしたあの人は、今でも音楽をやっているのかな?」と考えることが増えました。でも、そうやって振り返りはするけど、自分の道を引き返そうとはしない。そういう時間を過ごしていたし、「前向きに明日も生きていこう」って言えるほどポジティブになりきれない自分もいるので……今の言葉はすごく腑に落ちしました。うんうん、そうですね。リアルな気持ちというか、「進まなきゃいけない」という表現が近いのかも。

妄想を放出するツール=“ギター”を手にしてからの変化

――アルバムの曲順も起承転結があって素敵でした。1曲目「ネバーランドより」は子供だった自分から大人になることを決め、2曲目「地平線」では未来に向かって走り出していく。でも、何も考えずに走る出すのではなくて、7曲目「明日」とかでその先への不安を抱きながらも進んでいく姿も歌っているからこそ、リアルな人生観を感じました。

さとう。:わあ、すごく嬉しいです。気づかなかった自分の一面に気づかされた気がします(笑)。さとう。の曲って、誰かを引っ張っていったり、背中を押したりする力はまだないと思っているんです。「あなたは大丈夫だ!」と言いたいけど、「大丈夫じゃないことだってあるよね」という気持ちが、他者に対しても、自分に対してもある。でも、だからこそ背中をさすって一緒に歩いていけるような曲を書けている。その要素がたくさん詰まったアルバムだと思いますね。

――さとう。さんが書く歌詞は基本的にストーリー性が高いですけど、「ライア」に関しては説明的ではなくて、どこか散文詩的にも思えます。さとう。さんのドキュメントが色濃く出ているんだろうな、と。

さとう。:基本的に少ない言葉でもちゃんと伝わる楽曲を目指してはいるんですけど、「ライア」に関してはギターを持って思いついたコードを弾いて、気持ちのままに言葉を紡いでいったんですよ。「ライア」は“嘘つきの歌”で、激しくて強い言葉をたくさん散りばめてはいるんですけど、ある意味でこれはさとう。の本当の部分なのかもな、って感じる。それをこのタイミングで書けてよかったなって思います。

――「ライア」とは対照的なのがラブソングの「ダイアログ」。メロディや歌詞の構成もドラマチックで、ストーリーテラーとしての魅力を感じました。

さとう。:「ピアス」もそうなんですけど、私はフィクションの切ない恋愛ソングが好きで、それが“ザ・さとう。”みたいなイメージもあるのかなと思っていて。ただ、サビのフレーズ〈「ありがとう」より、「ごめんね」を/多く言わせてしまったのは僕だ〉の箇所は、さとう。自身のことでもあるんです。「ありがとう」を伝えるよりも、先に謝っちゃうところがあって。これを恋愛に置き換えると、大事な人と別れてしまった時に、「あの時に『ごめんね』じゃなくて『ありがとう』が言えていたら何か違ったのかな?」と後悔するんだろうな、って。そういう想像から生まれたのが「ダイアログ」でした。フィクションだから物語を紡ぐように歌ってはいるんですけど、自分自身のこともちょっと書いていたりもする。なので、歌っていて胸がぎゅっとなります。その切ない感じが皆さんにも伝わったらいいな、と思います。

――物語を考える時、発想のヒントにしていることはありますか?

さとう。:フィクションのなかにノンフィクションを混ぜ込むのが好きで。それこそ「3%」も、姉との電話のやり取りをもとに歌詞を書いていて。「ダイアログ」は、自分の性格的な部分をベースに「別れた後の男の人が同じことを思ったら、こういうふうになるのかな」ってイメージを膨らませました。自分の生活や日々のなかで思っていることが、フィクションに繋がることが多いです。

――歌詞を作るうえで、どんなことが琴線に触れますか?

さとう。:妄想が捗るのは「その先が見たい」と思うこと。その人がどこからきて、何を思って、どこへ行くのかを考えたくなるシーンに出くわすと、それを曲にしたくなります。たとえば、ゴミ箱に花束が捨てられていたとしたら、「これは買った人が捨てたのか、もらった人が捨てたのか、どっちなんだろう?」とつい考えたくなるんです。それをスマホにメモして、そのまま曲を作ることもあれば、数年後にそのメモを見返して曲を書くこともあります。なので、まわりの景色をキョロキョロ見ながら外を歩いてます。そこからヒントをもらうことが多いですね。

――日常の景色を見て妄想を働かせるのは、曲を作るようになってから?

さとう。:昔からいろんなことを考えながら歩いていたと思います。そこからギターという妄想を放出するツールを手に入れたことで、「自分のなかにあるイメージを歌でなら表現できるぞ」と気づいたんですよね。小さい頃から、漫画家とか小説家とか、物語を作る人になりたくて。そのなかでも音楽がいちばん好きなので、「将来はミュージシャンになるんだろうな」と思っていて。自分の思ったことや物語を伝えることが小さい頃からとにかく好きでしたね。

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