ポケモン、攻殻機動隊……Ninajirachiが影響を受けた日本のカルチャー オーストラリアの音楽シーンの現在についても聞く
オーストラリアのエレクトロニックミュージックシーン発のDJ・プロデューサーとして世界的な評価を高めるNinajirachiが、2026年2月に1年ぶりの来日を果たした。『Japan Tour』としてCIRCUS OSAKA・CIRCUS TOKYOでパーティーを行ったほか、『攻殻機動隊展 Ghost and the Shell』内のイベント「FIRN」でもDJプレイを披露し、大きな話題を呼んだ。
今回リアルサウンドでは、2025年のデビューアルバム『I Love My Computer』リリース後、初来日となった彼女にインタビュー。EDMとの出会いや自身の音楽観、さらにはオーストラリアの音楽シーンの現在、『ポケットモンスター』のキャラクター・ジラーチの名前をステージネームに冠していることからも伝わる、日本のカルチャーから受けた影響までさまざま話を聞いた。(編集部)
「刺激的で身体に刺さる感覚」EDMとの出会いが変えた運命
ーー10代の頃からプロデューサーとして活動されていますが、エレクトロニックミュージックに惹かれた理由と、ご自身でも楽曲を作り始めようと思った最初のきっかけを教えてください。
Ninajirachi:8歳くらいの頃の話ですが、いわゆる普通の音楽ならギターの音を聴いた時に「あ、これはギターだ」って子供ながらにわかっていたんです。でもエレクトロニックミュージックを聴いた時は、コンピューターがどうやってこの音を出しているのか全く理解できなかった。それが純粋に面白くて、「知りたい」と思ったのが最初のきっかけですね。そこからそれを理解するには自分でやってみるしかないと思ったんです。それでまずGarageBandという音楽制作ソフトでループを組み合わせたり、ピアノを弾いて録音したりするところから始めて、だんだんもっと高度な音楽制作ソフトを使うようになっていきました。
ーー特にどういったジャンルに刺激を受けましたか?
Ninajirachi:EDMですね。なかでもコンプレクストロやダブステップにはすごく刺激を受けました。とにかく音が大量に鳴っていて、子供の頃は1曲を10回聴いてやっと全部の音が聴き取れるくらい複雑で。とにかく刺激的で身体に刺さる感覚があって、これはすごいなと思ったんです。それで自分でもどうやって作るのか知りたい、学びたいと思いました。
ーー『4x4』や『girl EDM』EPをリリースした頃から、2000年代エレクトロやEDM色の強いサウンドへと変化し、グローバルな注目を一気に集めた印象があります。この音楽性の変化にはどのような経緯があったのでしょうか?
Ninajirachi:実は現在のサウンドの原点は2020年にリリースした『Blumiere』というEPなんです。2019年から制作を始めて2020年にリリースしたんですけど、振り返ってみると、あのEPは今の『I Love My Computer』や『Girl EDM』のいわば「ベータ版」なんです。自分が思い描くダンスミュージックの形をそこで表現しようとしたんですけど、当時はまだスキルが追いついていなかった。でも今のサウンドの原点は、そこに全部詰まっているので最近の私の楽曲が好きな人にはぜひ聴いてほしいEPですね。
ーーそこからどういった流れで今のサウンドに?
Ninajirachi:『Blumiere』をリリースした直後にコロナ禍が始まり、家にこもらないといけない状況になりました。そうなると、キラキラ系のダンスミュージックを作るインスピレーションがどんどん離れていってしまって。それで2022年の『Second Nature』の頃はもっと削ぎ落とした、踊りにくいエレクトロニックミュージックを作っていました。
でも、コロナ禍が明けた2023年にまた海外ツアーを始めたら、やっぱりダイナミックな音のダンスミュージックを作りたいという気持ちが一気に再燃したんです。それで2023年に「Wayside」「Hand on My Heart」「girl EDM」、それから『I Love My Computer』に入っている「All I Am」なんかも作りました。だから一直線に進化してきたわけじゃなくて、こっちに行ったり、あっちに行ったりしながら、今ここにいるという感じですね。
ーーご自身が掲げている“girl EDM”というコンセプトについて教えてもらえますか?
Ninajirachi:これはよく聞かれるんですけど、実は最初はジョークから始まったことなんです。2024年の初めにLAでライブをやった時に一緒に音楽を作ってきた友達のMGNA CrrrtaとDJ_Dave、Izzy Caminaがサポートアクトをやってくれたんですけど、楽屋に行ったらほぼ全員女の子だったんですよ。
ーーEDMのイベントではなかなか珍しい光景ですよね。
Ninajirachi:そうなんです。その時に誰かが「これ完全に女の子のEDMイベントじゃん」って言い出したんですけど、すごくウケましたね。それでそのことをInstagramのストーリーに上げてみたところ、ファンからもものすごく反響があったんです。「その言葉、クールだね」って。
ちょうどその時、新しいEPをリリースする予定があったんですけど、もともと付けていたタイトルは、正直すごくつまらなくて。でも“girl EDM”は、まさにそのサウンドにぴったりだし、その時の光景そのものだなと思ったので、急遽タイトルを変えてプロモーションもやり直しました。結果的にすごく多くの人に響きましたね。
常に変化し続けているオーストラリアの音楽シーン 人気のジャンルは?
ーー2000年代のオーストラリアは、Cut CopyやThe Presets、Bag Raidersなどを輩出したことで、エレクトロの世界的聖地の一つとして知られており、日本でも"オージー・エレクトロ"はすごく人気がありました。以前、Ninaさんと同世代のオーストラリア人アーティストにインタビューした際、その方が「コロナ禍で青春時代の自由を奪われた世代は、2000年代のエレクトロシーンにあった自由な雰囲気を体験したいと思っている」と語っていたのが印象的でした。Ninaさん自身は、そういったサウンドへのアプローチがオーストラリア特有の音楽的レガシーや、同世代のムードとリンクしていると思いますか?
Ninajirachi:そのアーティストの方の気持ちはすごく共感できます。ちょうどコロナ禍が始まった時、私は20歳でした。しかももともと小さな町に住んでいて、やっと都会に引っ越して音楽活動を始めようとしていた矢先にコロナ禍になってしまって。全部が止まってしまいました。仕方ないことだとは思っているんですけど、やっぱり2000年代の音楽が持っていた、あの多幸感を感じたいという気持ちはすごくありましたね。
ーーそれがアルバム制作にもつながっていったということですか?
Ninajirachi:そうですね。意識的にアルバムを作り始める前から「Ninajirachiのアルバムってどういうものだろう?」と考えていた時期があって。その時に、自分はオーストラリアのアーティストなんだから、先人たちがどんな音楽を作ってきたのかちゃんと勉強しなきゃなと思ったんです。オーストラリアには海外でも大きな影響力を持つエレクトロニックミュージックの素晴らしいレガシーがあるので。上の世代のDJの方々に話を聞くと、「あの頃のシドニーはやばかったんだよ、一晩で何箇所もDJして、こんな人が遊びに来て」みたいなことをよく言われるんですよ。今とは全然違うシーンがあったんだなと思いましたし、すごくインスピレーションを受けました。
ーー具体的にはどういったアーティストを聴いていましたか?
Ninajirachi:アルバム制作の時に一番聴いていたのはPNAUとEmpire of the Sunですね。ああいう楽観的でキラキラした感じと、シンガロングできるところが本当にいいなと思いますし、自分も取り入れたいと思っていました。あと、自分の経験でしか語れないんですけど、オーストラリアって結局島国なんですよね。一番近い国に行くのもすごく遠い。だから外部からの影響の多くはインターネット経由で入ってくるんです。そういう意味では、身の回りにあるオーストラリアのダンスミュージックやエレクトロニックミュージックからインスピレーションを受けてきたのは間違いないですね。
ーーオーストラリアのエレクトロニックミュージックシーンは、FlumeやAlison Wonderland、Pendulum、Mall Grabなど、世界的なアーティストを多数輩出していますが、現地では、今どんなジャンルやアーティストが特に注目を集めていますか?
Ninajirachi:今のオーストラリアは、クラブシーンもライブシーンも両方盛り上がっています。例えば、Club Angelや先日の東京公演で私とB2BをやってくれたSkin On Skinのようなアーティストがすごく活躍しています。ジャンルで言うと、UKガラージがすごく人気ですね。あとはハードグルーヴ・テクノ/ハウスやトランスもフェスですごく人気です。つまり、今のオーストラリアのシーンにはいろんなポケットがあって、探せば何でも見つかるという感じなんです。
ーーその中でも特にメインストリームと言えるほど人気があるのはどのジャンルですか?
Ninajirachi:大きな流れとしては、やっぱりUKガラージとハードグルーヴ・テクノ/ハウスですね。Fred again..的なバイブスというか。あとDom Dollaはスタジアムアクト級の人気だし、彼が得意とするテックハウスもすごく盛り上がっています。ただ、そのメインストリームの下にも、たくさんの小さなシーンが広がっています。
ーーNinaさんのイベントに来るお客さんはどんな感じですか?
Ninajirachi:私のイベントに来てくれるお客さんはいろんな人が混ざっているんですけど、その中にはいわゆるハイパーポップ的な音楽が好きな“インターネットキッズ”も多いですね。例えば、Jane Removerの曲がかかるとめちゃくちゃ盛り上がったりとか。10代の頃、私はPC Musicやその周辺のインターネットミュージックがすごく好きだったんですけど、当時は地元で同じ趣味の人を見つけるのがすごく難しかった。
でも、コロナ禍以降、みんながオンラインで情報を得るようになって、そういうイベントに遊びにいく人がすごく増えました。最近開催されたあるオーストラリアのフェスのラインナップにBladeeやYung Lean、PinkPantheressがいたんですけど、若い頃の自分だったら「こんな人たちがオーストラリアの大きなフェスに出るの?」ってびっくりしたと思います(笑)。なので、オーストラリアのシーンも常に変化し続けているし、現時点では小さいシーンでも5年後、10年後にはもっと大きくなっている可能性があります。
ーー先日の東京公演に来た日本のお客さんの多くも、きっと同じことを感じていたと思います。
Ninajirachi:そうだと嬉しいですね。日本に来るのは今回で2回目なんですけど、CIRCUS Tokyoでプレイするのは初めてでした。でも、いろいろな人からCIRCUSは伝説的な会場だし、日本に進出する海外のアーティストにとっては「通過儀礼」みたいなものだと聞いていたので、このツアーでプレイできて本当にありがたかったです。