氷川きよしが刷新するジェンダーを超越したアーティスト像　KIINAとして貫く“セルフラブ”の意味

　氷川はこれまで「Never give up」を含む全8曲で作詞を手がけている。ファンのリクエストによって選曲され、昨年リリースされた『氷川きよしリクエストベスト』にも収録された、温かく見守り続けてくれるファンに対する愛情を歌った「WALK」。愛犬を亡くした喪失感を包み込むように歌った「きみとぼく」。2017年に初披露されて以降ライブでのみ披露されていた、ファンに向けて作詞した楽曲を、アルバム『You are you』で初音源化した「9月に逢いたい」。そしてそのアルバム表題曲である「You are you」は、自分の存在意義が見つけられず苦しみ、自分を傷つけてしまう人たちに向けて、〈あなたはかけがえのない　あなた〉と歌って、聴く人を肯定してくれた。これまで氷川きよしが手がけた歌詞の多くからは、“ありのままの自分を愛してほしい”という思いが感じられる。それは、ありのまま自分を愛そうと決めた氷川だからこそ伝えることのできる、とても説得力のあるメッセージだ。

　そうした“セルフラブ”というメッセージを伝える者の責任として、氷川自身も、自分の気持ちを抑えることなく、ミュージックビデオやビジュアル面などでどんどん自我を発揮していった。2022年リリースの「魔法にかけられた少女」では、中学時代に遭った自身のいじめ体験に踏み込むような歌詞を、がんじがらめに縛られたマネキンを自ら演じることで表現した。切り刻まれた髪が床に散らばっているというカットも衝撃的だった。そんな自分の思いを叫ぶようなパートでは、黒のドレスに身を包んだ美しい姿で、最終的に前向きに生きた少女の物語を歌い上げている。

　エレキギターがかき鳴らされるロック調の「Glamorous Butterfly」では、ロックバンドをバックに従え、肩がシースルーのドレス風パンツスタイルや、エナメルのロングブーツとホットパンツといった、文字通りグラマラスで艶やかなビジュアルを披露。〈裸のココロで〉とシャウトするパートは、数々のジャンルを歌って鍛え上げられたパワフルなボーカルが圧倒的だ。

　また、先述の「You are you」では、アンティーク調の家具が並ぶ洋室で、黒のジャケットを着た氷川が、椅子に座ったまま身振り手振りを交えながら歌う。ときにはリズムに乗って笑顔で、ときには髪を振り乱しながら。華美な装飾を排除したその身ひとつで、メッセージを伝えんとする氷川の心意気が十二分に感じられるMVだ。そして最新のリリース曲である「Party of Monsters」のMVは、マイケル・ジャクソンの「スリラー」さながらに、激しいダンスにチャレンジしていることも話題。毒々しくも艶やかな衣装で身を包んだ氷川は、モンスターハウスの主人といったところだろう。ミステリアスさと美しさが実に魅力的だ。サビのダンスはシンプルで、子どもでもすぐに覚えられそうなキャッチーさで、SNSでの「踊ってみた動画」の拡散が期待される。

　氷川にとって、これまでありのままの自分を表舞台で出すことは非常に困難なことで、きっと今でも抗い続けているのだろう（※1）。自身のジェンダーの問題だけでなく、演歌というジャンルの壁もそうだったろう。今、氷川にとって演歌は、大切な原点であると同時に、多くの音楽ジャンルの一つになったのかもしれない。実際に、昨年8月に行われた歌手活動再開の幕開けとなったコンサート『KIYOSHI HIKAWA＋KIINA. 25th Anniversary Concert Tour～KIIZNA～』では、演歌だけでなく、ロック、ポップスを縦横無尽に行き来する、圧巻のパフォーマンスでファンを魅了していた。ファンはそこに演歌歌手の氷川きよしを越えた、アーティストKIYOSHI HIKAWA+KIINAを見たことだろう。

　5月8日からは、『KIYOSHI HIKAWA＋KIINA. Concert Tour 2025 ～KIINA’S LAND～』が開催される。公式サイトでは、白の衣装を着てピンクのバラに囲まれた、まるでギリシャ神話の一場面のような姿が印象的だ。氷川が少しずつ積み重ねてきた“セルフラブ”というメッセージは、この“KIINAの国”ではどのように表現されるのか。圧倒的なパワーを持った歌声を、生で聴けば、彼のメッセージに心が揺さぶられることだろう。

※1 https://news.yahoo.co.jp/articles/85c6ad81a9bf6d07eb63463a9ad4f0e43a3d7a71