分島花音が語る“誰かの手を握らなくても救える”音楽の力 『WIXOSS』10周年に捧げる「INNER CHILD」

 TVアニメ『selector infected WIXOSS』(TOKYO MXほか/以下、『WIXOSS』)に提供した「killy killy JOKER」は、分島花音が初めて手掛けたオープニング主題歌であり、その思い入れある楽曲のメロディを盛り込んだのが今作の「INNER CHILD」である。『WIXOSS』は2014年にリリースされたトレーディングカードゲームで、その10周年を記念した新作トレーラーの主題歌を分島が制作、歌唱を担当した。

 分島と『WIXOSS』といえば、「killy killy JOKER」以外でも、続編となる『selector spread WIXOSS』(TOKYO MXほか)でもオープニング主題歌(「world's end, girl's rondo」)を務め、トレーディングカードゲームのTVCM曲(「continue」)、劇場版アニメ『selector destructed WIXOSS』のメインテーマ(「Love your enemies」)を担当するなど関わりは深い。現在公開されているトレーラーは、その『selector』シリーズの10年後を描いた記念碑的映像ということで、「INNER CHILD」は分島と『WIXOSS』の集大成的な側面を持ってもいる。

 また、分島は2019年秋から約1年以上の間、イギリスに拠点を移し、帰国後も得た知見や経験を生かしながら音楽活動を続けていたが、「INNER CHILD」は帰国後初のタイアップ付きメジャーシングルとなる。この大いなる一曲を語る分島花音を通じて、音楽家として新たなスタイルを手に入れた彼女の今を知ろう。(清水耕司)

バランスを強いられながら生きている大人にとって共感できる『WIXOSS』

――『WIXOSS』10周年に即してどのような形でオファーがきたのでしょうか?

分島花音(以下、分島):思い返すと制作は去年の夏前後なので、お話をいただいたのはさらにその前ということになりますね。『WIXOSS』の10周年記念としてキャラクターたちのトレーラーを制作するので、それに合わせた1分半の楽曲を作ってください、というのが最初でした。ただ、せっかく作ってもらうのでフル尺の楽曲で、というお話になって。設定資料をいただいた時は、高校生だった主人公たちの立ち絵がすっかり大人になっていて、時の流れの速さをすごく感じましたね。ただ、すっかり平和になったのかと思いきやそうではなく、まだ苦しみや葛藤が続くのか、とも思いました。

――主人公たちは自分の分身としてカードの「ルリグ」(『WIXOSS』におけるプレイヤーキャラクターの総称)を使ってバトルしていました。ところが今回は主人公たちがそのルリグとなるということで、「まだ続くの?」的感覚はありました。

分島:そう、「やだー」と思いました(笑)。いい加減、幸せになってほしいですよね。でも、ライブでは『WIXOSS』の楽曲を必ずと言っていいくらいに歌っているので、10周年という節目にご縁をいただき、曲を書かせてもらえたのはすごく嬉しかったです。

――アプリゲーム『AZNANA』への楽曲・音楽提供はありましたが、アニメ作品の主題歌を担当するのは久しぶりですね。

分島:ちょうどコロナ禍の時期にイギリスに拠点を移し、楽曲制作やライブ公演もいくつかしてはいましたけど、日本に戻っても以前と同じように活動できるということは考えていなかったです。アニメソングの枠は狭く、若い人もどんどん入ってくるし、精通している方々が多いので。だから、声をかけられただけでびっくりでした。海外に一度行ったことで寄り道はしたけれど、幅広い表現や最初に自分が音楽を志したような楽曲を作ることができたのは、違う空気や分野を吸収したおかげだとは思えました。

――オファーを受けて、どのような楽曲にしたいというイメージは浮かびましたか?

分島:『WIXOSS』らしいバトルの疾走感がありつつ、懐かしい気持ちも感じてほしかった。そこに切ない部分を少し入れたいとも思ったので、「killy killy JOKER」を彷彿させるメロディにしてみました。「killy killy JOKER」、それから「world's end, girl's rondo」もそうですけど、サビは開けた感じにしたいんですよね。最終的な終わり方で開けていくような感じというか。あとは、「Love your enemies」はサビに不穏な雰囲気があるけどアウトロになるにつれて救いのある曲、というイメージで制作していました。なので、あの曲も思い出してもらえるように、終盤につれて正解に向かって行く流れを「INNER CHILD」では意識していました。

INNER CHILD ~「selector loth WIXOSS」主題歌~

――制作のとっかかりになった資料などはありましたか?

分島:いただいた資料の中に「あの頃の私が泣いているから」というフレーズはすでに入っていて、そこから着想を得たところはありました。「INNER CHILD」というのは、心の中にある子どもの部分のことなんですけど。

――幼少期のつらい体験によって、抑圧されたまま共に成長した子どもの頃の自分のことですね。

分島:なので、過去の報われなかった自分や、心にこびりついて払拭できない部分を浄化させるような楽曲、というところに重きを置いて歌詞は制作しました。いただいた資料を見ながら自分との共通点を探したんですけど、大人になっても持ち続ける子どもの部分がある、という点はきっと『WIXOSS』を愛してきた人たちも同じだろうと考えました。大人になって社会に揉まれ、理不尽な目に遭ったり、「あの頃はいっぱいゲームとかしてたのにな」という気持ちが持ったりする中で、100%青春を謳歌できなかった人が今の自分を肯定するという“気持ちのすり合わせ”が必要だなと思ったんです。自分も「あの時は頑張ったね」と思いたい部分もあるし、泣いていた自分を思い出しながら大人をやっているようなところもあるので。諦めの気持ちと、絶対手放したくないものと、そんなバランスを強いられながら生きている大人にとって『WIXOSS』は共感できる部分があると思ったので、『WIXOSS』を愛した人たちにも刺さるものがあればいいと思いながら作りました。

――大人になっても持ち続ける子どもの部分、というのは普段から考えていたテーマだったんですか?

分島:そうですね。「少女帰還」という楽曲がありまして。

――昨年に配信リリースされた。

分島:はい。でも書いたのは5年くらい前なんですよ。ずっとライブで歌い続けていたんですけど、大人になったときに諦めて手離すものがある一方、子どもの頃から持ち続けている強い想いは蘇ってくる、ということを描いた曲なんです。自分が大人になってようやく、お父さんもお母さんも先生も全然子どものままだったんだな、というのがわかった時、それってきっと全人類に共感できる部分だ、と思って。その気持ちを共感してもらいたくて作った「少女帰還」と同じく、「INNER CHILD」も自分の内にあるテーマと通じるところがありますね。

少女帰還

――歌詞に「運命」というワードが現れるのは「killy killy JOKER」と共通していますが、「INNER CHILD」ではより受け入れる形に近づいています。そこが、等身大の分島さんを感じさせる気もしました。

分島:「Love your enemies」という曲は、文字通り「汝の敵を愛せよ」という内容で、赦すとか受け入れるといったテーマだったんですけど、それは『WIXOSS』のキャラクターたちの敵も味方も助けようとする姿勢をきっかけに考えたテーマでもありました。私自身、「なぜ?」と思うことがあっても嫌いな人をできるだけ作らないようにしていて、敵味方という概念も持たないようにしています。それが自分の生き方の理想の一つなんですね。今回はその「Love your enemies」を経た、次の『WIXOSS』楽曲だったので、分かり合えない部分があるからといってそこを突っかかっていたら、解決できたはずだったのにまた行き違いに、ということもあると思いました。なので今回も「救い」に繋がる楽曲にしたいと考えていました。

分島花音_Love your enemies_Music Video

――アレンジは、何度もタッグを組んだ千葉”naotyu-”直樹さんにお願いされていますが、どのようなやり取りがありましたか?

分島:私は骨組みの段階でnaotyu-さんにお渡ししていて、私のデモでは、細かい感じで音は作っていないんです(笑)。チェロのソロ部分に「killy killy JOKER」のメロをモチーフとして入れる、という提案をしてくださったのはnaotyuさんなんです。それがすごく素敵だと思いました。そういうところで懐かしさを入れてもらいましたし、当初のラスサビ部分にはなかった要素として、コードをもっと開けた感じにも変えてくださいました。それによって、メロは一緒なのにダイナミックさが増して、より壮大なオケになりました。

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