リアルサウンド連載「From Editors」第48回:『架空OL日記』のリアルさとありえなさ

 「From Editors」はリアルサウンド音楽の編集部員が、“最近心を動かされたもの”を取り上げる企画。音楽に限らず、幅広いカルチャーをピックアップしていく。

『架空OL日記』の“リアル”と“ありえない”の温度感

 バカリズムは人間たちの会話、もっと範囲を狭めて言うのであれば、女子たちの会話を描くのがすごく上手いと思う。『ブラッシュアップライフ』を年末に観て、年始に『侵入者たちの晩餐』を観て、そしてTVerでこの2月から配信開始となった『架空OL日記』が再びじわじわと話題になっているので、それに乗っかってHuluでドラマと映画、両方リピートして観た今、そう思います。

架空OL日記予告「更衣室編」

 バカリズムがOLになりきって、架空の日常を記していたブログを原作にしたものが『架空OL日記』として書籍化され、2017年にドラマ化、2020年に映画化、そして今、ドラマがTVerで配信されています。実在しないOLの架空の話、しかもOLを経験したことのないバカリズムが想像の上に描いたパラレルワールドの話なのに、そこで繰り広げられる会話がなんだか信憑性が高い。嘘の物語なので信憑性が高いというのはおかしな話ですが、しかし“限りなくリアルっぽいけれど現実的ではない会話の様子”なのです。

 たとえば、女子たち(『架空OL日記』は舞台の軸は職場ではあるけれど、描かれるのは友情関係における女性対女性なので、なんだか個人的に“女子”という固有名詞のほうが似合う気がしてしまう)の建設的とはまったく言えない会話のテンポ感とゴールのなさ。これはすごくリアル。副支店長がメガネからコンタクトに替えたことを話していたらいつの間にか悪口の大祭典状態になったり、ムカつく上司に陰であだ名をつけたり、ジムの体重計に乗って数字として太ったのは明らかなのに「ちょっと動いたからだよ!」と相手を励ましたり。すごくわかる。相手の話に共感しているうちに少しずつ話の焦点を無意識にズラしてしまうのとか、振り返ったらよくやってしまっている。それに、そういう会話には何か実になるようなものはなくて、聞いてほしくて話す、という中身のない話ばかりな気がする。

 ただ、会社という組織のなかだけでは、きっとこういう友情が生まれるのはとても稀なんだろうなあと思う。そこがリアルではない、と思ってしまう。自分に重ねて考えてみると、たしかに数人はそういう友情があるような同僚/先輩はたしかにいるし、私自身、会社に勤めているOLではあるけれど、でも『架空OL日記』の登場人物のような日常ではない。では何が彼女たちと違うのだろうと考えてみると、ないのは“更衣室”だと思った。

 私は社会人になって勤めた会社は現職も含めて、TPOに合わせるという前提はあっても、基本的に服装は自由だった。つまりは、制服がないということだ。振り返ってみると、自分が制服のある仕事をしていたのは、高校生で始めて数年勤めた某テーマパークのアルバイトのみ。他にもいろいろとバイトはしていたけれど、制服のある仕事はそれだけだったと思う。

 制服がある、ということはもちろん更衣室が完備されている。基本的に着替える時はひとりだけれど、勤務場所や職務は違えど時間によってはよく顔を合わせる“ロッカーが同じ列の人”を次第に認識し始め、挨拶を交わすようになって、たまたま休憩がかぶって食堂で会った時に同じテーブルで食べる……ということはあった。ここまでは『架空OL日記』の温度感もあってリアル。しかし、そこでの会話といっても「今日そっちは忙しい?」「春休みなのにふたりも欠勤出ちゃって、残業頼まれました」「春休みのこの時期は、ただでさえ誰かが残業しないとだもんね〜」「ですね〜」みたいな普通に仕事の話しかしなかったと思うし、ましてや仕事帰りにジムに行ったり、誘い合って頻繁に食事に行ったり、そういう関係性になることはなかった。まあ、その濃さがいい/悪いということではないけれど、更衣室という環境が生む何かはたしかにあって――と、真剣に考え始めたところでハッとするのでした。これ、そもそも“架空”なんだった!と。

 配信でドラマも映画も再度観終え、最近は時間がある時にブログ『架空升野日記』(※1)を掘り返して読んでいます。更衣室が生む関係性を少し思い出しながら、一日の終わりに架空OL・升野が綴った文章を読むのも、映像とはまた違って面白い。しかし、朝に着替えて、化粧をして、電車で会社に向かい、また着替えて……というサイクル、もう私にはできない気がするのでした。女の朝は忙しいので!

映画『架空OL日記』予告編(第二弾)

※1:https://ameblo.jp/bakarhythm/

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