日食なつこ、15周年イヤー『宇宙友泳』に向けて 過去も未来も見せる大胆な企画の狙い
日食なつこが、2024年に活動15周年を迎える。先ごろ始まったドラマ『こんなところで裏切り飯』(中京テレビほか)の主題歌として「appetite」を書き下ろすなど、幸先の良いスタートを切った彼女は、このまま2024年をすごい勢いで飛ばしていきそうである。
『日食なつこ 15th Anniversary -宇宙友泳-』。アニバーサリーイヤーを楽しむための5つの企画の内、現在発表されているのが「エリア未来」と題された全曲未発表曲でのバンドセットツアーと、「エリア過去」と銘打ち行われる初の展覧会である。本当に一筋縄ではいかないというか、周年記念のライブツアーを、未発表曲のみで構成するという大胆さがこのシンガーソングライターの魅力だろう。『宇宙友泳』は歴史を見ると同時に、新しい日食なつこの音楽に出会う企画になるのである。
今回は、活動15周年イヤーのキックオフインタビューとして今年の展望を伺いつつ、最後に昨年注目を浴びた3曲についても話を聞いた。その強烈な意地と矜持に触れてほしい。(黒田隆太朗)
研ぎ澄まされていく音楽的な運動神経
──昨年の動きを振り返りつつ、アニバーサリーイヤーの企画について伺いたいと思います。2023年の活動で、印象に残っているものはありますか。
日食:去年は年明けから打楽器集団・LA SEÑASとの東名阪ツアー(『The Orchard Japan presents「混線大陸」』)が始まって、休む間もなく『蒐集大行脚』ツアーに突入して、そこでいろんな刺激を受けて、6thミニアルバム『はなよど』のリリースから『花鳥域』というボタニカルがコンセプトのツアーをやって……割と、前半にいろいろな活動が詰まっていた1年でしたね。
──怒涛の上半期ですね。
日食:なので後半は余裕を持って過ごしてました。実は秋冬で私生活の環境をガラッと変えたこともあり、下半期は自分に向き合う時間だったのかなと。
──山奥から出たということですか?
日食:山奥を出て、別の山奥に移ったんです。
──(笑)。何が変わったんですか?
日食:何にも変わってないんですけど。まあ、強いて言えば大家とそりが合わなかったから、出ようかなと(笑)。
──なるほど(笑)。直近では新曲の書き下ろしや映像作品のリリースもありましたよね。まず、ドラマ『こんなところで裏切り飯』の主題歌「appetite」についてです。
日食:出張に行った各地で隠れた名店を開拓し、ただただ美味しいものを食べていくという最高のグルメドラマです。私は元々グルメものがすごく好きで、結構食と音楽を結びつけることが多いんですよね。メロディが甘いから伴奏は塩を効かせようとか、ちょっと辛いからオブラートで柔らかく包んで食べさせたほうが消化がいいとか、作曲でもそういう比喩をしがちだったんです。なのでグルメドラマの話が来たら得意だろうな、とは思っていました。
──フレーズで意識したことはありますか。
日食:やっぱりイントロですかね。高い音で軽快に細かく刻むところは、ご飯を食べている時に鳴ってる音をイメージしました。スプーンとフォークがぶつかったり、お皿に箸がぶつかった時のような、ちゃかちゃかした音がそのまま出るといいなと思ってましたね。その辺から作り始めたら、流れるようにAメロ、Bメロ、サビが出てきたので、あまり苦労はしなかったです。
──そして年末にはライブDVD、『蒐集大行脚 -extra-』も出されていますが、あのツアーは当時から手応えを感じていましたよね。
日食:思った以上にメンバー(沼能友樹/Gt、仲俣和宏/Ba、komaki/Dr)とのアンサンブルが上手くいったツアーでした。正直、あそこまでうまくいくとは思っていなかったんですよ。でも、アレンジやグルーヴがステージを重ねるごとにどんどん良くなって、遊びが増えていくようなツアーだったので。やっている時からこの延長線上に何かが見えるだろうな、と思っていました。この4人でしばらくやっていくんだろうという予告も込めて、リリースした感じです(「エリア未来」のバンドセットツアーも、このメンバーで行うことを発表)。
──なぜプレイヤーとしてそれほど噛み合ったんだと思いますか?
日食:たぶん5年前に同じメンツでやっても、こうはならなかっただろうと思います。ここ3年ほどの私の技術の向上と言いますか、コロナ禍で暇だったというのもあるんですけど、この技術力だとこの先歳を重ねていく上で持たないと思いめちゃくちゃ練習したんですよね。で、聴く音楽もガラッと変えて、とにかくリズムもの、グルーヴものを聴くようになりました。 今まではひとりで完結させる音楽をやってましたけど、今は誰かと一緒に音楽をやって楽しい! と思える快感を得たいと思っていて、そのタイミングでそういう演奏を得意とする人たちと出会えたというのが大きいですね。
──沢山聴いたリズムものというのは、例えば?
日食:Vulfpeckをすごく聴いてました。あと、Vulfpeckのメンバー数人が、別の名義でやっているThe Fearless Flyersですかね。Vulfpeckはみんなでワイワイ楽しくグルーヴしようという感じなんですけど、The Fearless Flyersのほうはとにかくリズムがピタピタなんですよ。楽しさすら見せない。
──無機質な感じってことですね。
日食:そう、めちゃくちゃ無機質。MVもすごく特殊なことをやっていて、ギターとベースを持ってるんですけど、ポールを立ててギターとベースをがっしり固定してるんです。なので絵的にも動かない。とにかく固定して技術を見せる。その気持ちよさを聴かせるという変態性にちょっと魅せられてしまいました。
──Vulfpeckを聴いて踊ったりするんですか?
日食:実は踊ってます(笑)。大音量で音楽を聴いても周りの迷惑にならない山奥に住んでいるので、夜中に延々と聴いているんですけど。それを3、4年続けたというのが自分にとっては大きく、身体に入っているのかなと思いますね。
──音楽的な運動神経が研ぎ澄まされて、アスリート的な日食なつこさんになっていくかもしれない。
日食:だといいな、と(笑)。
ファンのみなさん(=友)に感謝を伝える15周年に
──ここからは活動15周年を迎えた2024年の動きについて聞きたいと思います。『宇宙友泳』と題したプロジェクトで、5つの企画が用意されていることが発表されています。まずは第一弾の「エリア未来」ですが、未発表曲しか演奏しないライブツアーをやるんですよね?
日食:そうです。これまでリリースしてきた曲はもちろん、ドラマの新曲もやらないですし、各地のライブハウスで初となるものだけを揃えていくツアーです。
──リリースされてはいないけどライブの人気曲、というのもよくあるじゃないですか?
日食:それもないですね。
──なかなかアバンギャルドな企画ですね。
日食:(笑)。
──自分への自信と、リスナーへの信頼。両方がないとできないことだと思います。
日食:それは本当にその通りです。新曲には絶対の自信があるし、みなさんがそれを面白がってくれるだろうという信頼関係もこの15年がなしたものだと思います。「エリア未来」にはこの15年で発表した曲はないけれど、15年の我々の歴史をすごく表す企画なんじゃないかなと思います。
──いつからその発想を抱いていたんですか?
日食:具体的に考えたのは、本当にここ1年くらいですかね。前から2024年は15周年になるから、なにかやったほうがよくない? みたいなことはずっと言われてたんですけど。周年って振り返る行為になるから、私はずっと前を向いていたいし、新曲はどんどん増えていくので噛み合わせが悪いなと思っていたんですよね。だったら周年でもあえて振り向かずに、15周年の先もありますよって証明するような企画をやったら面白いんじゃないかと思いまして。まあ、いたずら心と言ったところですかね。
──そういう周年企画をやらないまま終えていく人もいますよね。
日食:どっちかと言うと、私もやらない派でした。まだ何も成し遂げていないという気持ちもありますし。でも、今までファンのみなさんにちゃんと感謝を伝える場というのを作ってこなかった気もしたんですよね。ただただ「ついてこい!」だったから、一旦くるっと後ろを向いて、「ここまでありがとな。お疲れ、じゃあこっからも頑張ろうか」という声がけをするのがこの15周年なんじゃないかという直感が働きまして、それをテーマに周年の企画を立てようと思いました。そこであえてファンのみなさんのことを「友」と呼び、宇宙遊泳の「遊」を友達の「友」に変えるというキーワードが浮かびました。
──「宇宙」のほうはどこから浮かんだんですか?
日食:「日食なつこ」というよくわからない名前について、ちゃんと考えるべきだなと思ったんです。もう15年もやってきたからみんな普通のことのように「日食」と言うけど、改めてよくわからない名前だなと思うんですよね。じゃあなぜそういう名前をつけたかというと、昔は天文学用語や天体に関することに興味があって、そこから「日食」というワードをつけたんです。その意識を改めて持とうという意味で、何か宇宙関連のワードがいいなと思い、宇宙遊泳という言葉を引っ張ってきました。
──なぜ天体に興味あったんですか?
日食:当時は高校生ぐらいでまだ何も考えてない頃でしたけど、宇宙に限らず深海とか、人知を超えたものに興味があって。深海をモチーフにした曲もその頃に書いていたり、とにかく日常から離れた遠いところにあるものに憧れがあった時期だったんですよね。
──それにしても、新曲がどんどんできていくというのは調子がいいんですね。
日食:ですね。活動10年目ぐらいまでは半年曲を書けないこともざらにあったんですけど 、そこは謎の門をくぐって越えた感じがあります。4、5年前から曲はコンスタントに書けるモードに突入しまして、ほっといても書けるというか......やっぱりアスリートモードですかね(笑)? 聴く音楽の種類が増えて、モードが変わったところは大きいと思います。