プリンス、ポップ全体の背骨たる理由 リマスターから再考する『ダイアモンズ・アンド・パールズ』の功績

 1991年の金相場は、24金で1グラム1690円。2023年現在、とうとう1万円を超えた。約650%の価格まで値上がり。個体差が大きいダイヤモンドと真珠の価値変動をきっちり見積もるのは難しいが、約30年を経て、やはり輝きが美しいものは手が届きづらくなっている。古今東西、冠婚葬祭に深く関わり、もっとも崇高な宝石ふたつをタイトルに関したプリンスの13作目『ダイアモンズ・アンド・パールズ』(1991年)もまた、評価を大きく変えてきたアルバムである。10月27日にそのリマスター盤を含めたスーパー・デラックス・エディション(7CD+Blu−ray)、デラックス・エディション(2CD)がリリースされたことに伴い、いま一度『ダイアモンズ・アンド・パールズ』というアルバムについて考えてみたい。

Diamonds And Pearls | Remastered Super Deluxe Edition (Out Now)

 怒涛の傑作群で80年代を制し、しかし映像作品の手応えはいまひとつ。音楽はもとより、キャラクターも唯一無二との認識が確立していたのが、90年代に入ったタイミングのプリンスだった。アルバムとしては、酷評された映画のサウンドトラック『グラフィティ・ブリッジ』(1990年)の次作であり、80年代の終わりから始動していた新しいバンド The New Power Generation(以下、NPG)との初めてのタッグ。ここから2013年まではメインのバックバンドとなり、3rdeyegirlに一旦バトンを渡したものの、また戻り、プリンスが逝去するまで帯同した。NPG名義のアルバムも4枚リリースされているが、メンバーチェンジが激しかったこともあり、プリンスが出したい音を形にするプロジェクトの総称とも言える。

The Story of Diamonds And Pearls Ep. 1 – Welcome 2 The New Power Generation (Trailer)

 「ヒップホップに大きく寄ったため、批評家とコアなファンの反発を買いながらもダブル・プラチナムを記録したアルバム」ーーネットを検索すると、『ダイアモンズ・アンド・パールズ』に対する当時の一般的な評価だったと出てくる。22年を経て、違和感のほうが大きい評価だ。筆者は当時、大ヒット曲「クリーム」が収録された、全体的に洗練されたアルバムだと受け取った記憶がある。たしかに、NPGのトニー・Mのラップパートは多い。「ゲット・オフ」ではプリンスが認めていた数少ないヒップホップグループ Public Enemyのサウンドからの影響も聴き取れる。ちなみに、PEは同年同日の10月1日に4作目『黙示録 91(Apocalypse 91... The Enemy Strikes Black )』をリリースし、こちらは高く評価された。

 だが、『ダイアモンズ・アンド・パールズ』のベースはプリンス本人とNPGの生演奏を大々的にフィーチャーしたファンク色の強いポップだ。考察するに、「ロック脳(耳)」が多かったメディアを含め、「ヒップホップに寄った」と取った人は、逆に当時、最先端のヒップホップを聴いていなかったのではないだろうか。東海岸ではA Tribe Called Questの『ロウ・エンド・セオリー』、DJプレミアが頭角を表したGang Starrの『ステップ・イン・ジ・アリーナ』が、西海岸ではN.W.A.が『ニガズ・フォー・ライフ』をリリースした年でもある。新しいディケイドに入って、ヒップホップ自体はまったく違う青写真を見せ始めていた。

Prince & The New Power Generation - Cream (Official Music Video)

 さらに書けば、90〜91年のプリンスおよびレコード会社のワーナーミュージックが気にかけていたのは、Billboardチャートでマライア・キャリー、ホイットニー・ヒューストン、そしてヴァージン・レコードと契約したジャネット・ジャクソンが拮抗、ポップなR&Bがラジオを席巻していたことだろう。80年代、ブラックミュージックの枠に閉じ込められまいと抗っていたプリンスは、いち時代を象徴したが故に「過去の人」となる可能性もあった。安易に流行に乗るたまではないが、同胞たちがあちこちで起こしたトレンドには目配りをして、あくまでエッセンスとして取り入れたのが、13作目だと思う。不思議なのは、80年代の終わりから大きな盛り上がりを見せていたニュージャック・スウィングのほうがこのアルバムのサウンドと共通点があるのに、ほとんど指摘されてこなかったこと。「ジャグヘッド」はボビー・ブラウンの代表曲とつないでもしっくりくるし、今回、プリンスの歌声が入ったバージョンが初めて収録された「ドント・セイ・ユー・ラヴ・ミー」はもろにニュージャック・スウィングだ。後者はもともと、同年に俳優/シンガーのマルティカに提供した楽曲である。

 おっと。サウンドの特徴から話を始めてしまった。尋常なボリュームではないスーパー・デラックス・エディションの意義について記そう。1987年の2枚組アルバム『サイン・オブ・ザ・タイムズ』の2020年版リマスターを含むスーパー・デラックス・エディションに続くプロジェクトだ。こちらは、全92曲、そのうち63曲が未発表トラックだった。今回は全75曲、うち47曲が未発表。ボックスセットのスーパー・デラックス・エディションに並び、CDのみのデラックス・エディションが用意された点も同じ。10月27日に各ストリーミングサービスでも解禁されているから、フィジカルリリースはあまり……という人はぜひそちらで聴いてほしい。ドルビーアトモスで処理されているため、高音質のサービスとヘッドフォンの組み合わせで聴くと、音質の違い、広がりに驚く。1曲目の「サンダー」が鳴った途端、「こういうアルバムだったのか!」と、その迫力にまず飛ばされた。

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