由薫、新曲「Crystals」で新たな境地へ スウェーデンでの旅を経て進化を遂げた今を語る
曖昧さをすごく大事にしたかった
――歌詞の大元はそのままで、言葉のニュアンスを書き直したんですか? それともガッツリと?
由薫:2番のAメロを丸々変えたのと、サビも日本語の箇所は変えましたね。でも、いちばん大変だったのは枠組みを作ること。ドラマのテーマを自分なりに考えた時に、「どういうことを言おう?」とか、歌詞の喋り口調についても英語と日本語をどこに入れるのか、入れないのかもそう。自分のなかでのイメージがふわふわしすぎていたので、そのイメージを掘り下げていく所から作業が始まった分、かなり時間もかかったんですけど、最終的には自分を一度リセットさせて一気に書いた歌詞がいちばんいいと思えたので、その歌詞を採用しました。
――先日「Crystals」の音源をいただいて、最初はドラマの内容を一切把握せずに聴いたんですよ。そしたら夢のなかにいるような、現実にいるような、なんかすごく不思議な感覚になって。言わば浮遊感というか。なんか「あれ? 夢と現実とどっちの世界の話だろう?」とわからなくなる感覚を覚えたし、でもどっちの世界の話でもあるような気もした。そのあとにドラマのあらすじを読んだら、「まさにそういうことじゃん!」としっくりきて。
由薫:その感想はとっても嬉しいです! ドラマは記憶喪失が描かれたお話で、記憶を失くしても体に染みついているものとか、無意識の自分がずっと持ち続けているものがやっぱりあるんだな、と脚本を読んで思いまして。そういう人間の見えないところや不確かな部分をうまく表現したかった。最初、歌詞がうまく書けなかったのも、そういうことを言いたかったからこそ難しかったのかなと思って。今「浮遊感」と言っていただけて嬉しかったのは、ミックスする作業段階でも粘りに粘って、どうしたらもっと透き通った感じとか、浮遊感を出せるのかな、とか。歌詞がわからなくても、一曲のなかでもストーリーが展開していけるように、逆再生の音を入れてもらったりして。そういうところもギリギリまで粘って、まさに感想通りの聴かれ方をしてもらいたいと思ったので、すごく嬉しいです。
――楽曲の主人公は、記憶喪失になる青木空にスポットを当てていると思うんですけど、それってどうしてなのかなって。
由薫:実は……女の子目線なんですよ。
――あ、そうなんですか!
由薫:この女の子が物語のなかで抱える葛藤って、自分が好きな人がすべてを忘れてしまうかもしれない危うさにある。だからこそ「瞬間瞬間を大切にしなければいけないのか」という葛藤もドラマで描かれていると思うんですけど、それこそ曖昧なものを信じたりとか、逆に不確かだからこその美しさとか、そういうものを描けたらいいなと思っていて。なんで「女の子の歌詞なんです」と言いたいかと言うと、〈私は透明色〉という歌詞を2番のサビに入れていて。記憶を喪失するのは男の子のほうだけど、「自分が何の役に立ってるのかわからない」「ここにいる意味がわからない」と自分自身を喪失しているのは、実は女の子のほうなんじゃないのかな? と思ったんです。なので、〈私は透明色〉の歌詞は、その女の子のためにというか、私自身がそこにすごく共感したので自分のためにも書いていて。私が想像する〈透明色〉は無色のクリスタルなんですけど、透明だとしても他の人が見たらキラキラしているかもしれない。自分で自分を見ても透明で、無個性だと思うかもしれないけど、他の人が見たらすごく輝くクリスタルかもしれない。そんな気持ちを織り交ぜられたらなと思って、歌詞を書いたんです。でも、男の子側として歌詞を読んでいただけるのも嬉しくて。そういう想像の余白を残したいと歌詞を書く時に常に思っているので、男の子の側としても読める歌詞というのは、「やったあ!」って感じです(笑)。
――今の説明を聞いてしっくりきました。出だしの〈同じ場面を巻き戻してしまう/Can you tell me? 今は/夢じゃないといいな〉とか〈夜が明けても/変わらないでね it’s beaming〉は、記憶を失くす男の子が自分の脳に対して言ってるのかなと思ったんですよ。でも、歌詞全体を見ると、この曲には終始不安定さが漂っていて「この記憶は夢にならないように」という願いを歌っている。よくよく考えれば、男の子は“解離性健忘症”だから、自分が記憶を失くしたことにすら気づいていないかもしれない。だとすれば、心が不安になるのは女の子のほうなんですよね。今お話を聞いて、なんか勝手にすごくしっくりきました。
由薫:めちゃくちゃ嬉しいです!
――あと、2番の〈私ばかりが/写るこのアルバムは/私よりもね/君を感じるよ〉は本当にそうですよね。誰のフィルターを通すかによって、見え方って大きく変わるというか。鏡で自分を見るのと、第三者の目線で自分を見るのでは、全然違いますよね。
由薫:そうなんですよ。この歌詞はレコーディング直前に書き換えたものなんですけど、すごくこの曲にとって大事な部分なんじゃないかなと思っています。
――変な言い方ですけど、よくこの歌詞を書けましたよね。決して「これはこういうことですよ」と白黒はっきりとはさせない、すごく絶妙なバランスじゃないですか。
由薫:以前も、ドラマ『星降る夜に』の主題歌で「星月夜」という曲をリリースさせてもらって。その時の曲作りと今回の曲作りは何が違うのかと考えた時に、やっぱりそこのような気がするんです。曖昧さをすごく大事にしたかったし、「星月夜」では〈あなた〉という言葉を使っていたけど、今回は〈君〉について書こうと思って。どちらかと言うと、私のなかでは対象を絞る意味合いがあったんですよね。ふたりのプライベートの話なんだけど、それがすごく曖昧でふわふわしていて。聴いている人が自分自身に当てはめてくれるのかもしれないし、皆さんのなかで想像するふたりがいるのかはわからないですけど、聴いている方に委ねたいなと思って。それが今回難しかったところだと思うけど、なんとか形になってよかったです。
――「曖昧さ」というキーワードを出さずに、ちゃんと曖昧さが表現されていますよね。それでいて、「相手の記憶のなかにいる自分が今の自分か、それとも過去の自分なのか?」「その子の記憶にいる自分はどこの自分なんだろう?」とか「果たしてその自分は何色に見えているんだろう?」と、女の子は記憶を失ってしまう相手に翻弄されるけど、ふたりが“今を生きてる”ということだけは、間違いない事実なんですよね。
由薫:“今”についても、歌詞を書くうえで、すごく大事に考えていて。クリスタルがキラキラ光るように、“今”という瞬間のきらめきってすごいなと思うんです。そういう……何て言うんですかね。ものすごく繊細で生身なものだと思うので、それを表現するためにも“曖昧さ”というものはキーワードかなと思います。
――覚えていたらなんですけど、デモの時から「Crystals」というタイトルにしていたのは、どうしてだったんですか?
由薫:実は、サビの1行目はデモの時から変えていなくて、サビ頭が「Crystals」だからタイトルもそうしているんです。ただ、もともとの歌詞は英語で、いろんな情景を羅列しているだけだったんです。意味は成さないけれど、でもなんとなく読み取れそうなギリギリを攻めた言葉遊びみたいな感じで書いていて。サビの〈Crystals are made out of miracles〉=「クリスタルはミラクルでできている」という部分は、無意識というか、自分のなかから自然に出てきた言葉で作ったんですけど、このサビを書いた時に「なんかいいじゃん!」と思って、今も残っているんです。
――最初は深く考えずに、パッと浮かんだサビだった。
由薫:そうです。意味のない情景を羅列しているというのは、瞬間瞬間を書き出していることと近い気がして。「この瞬間が光る」「今を信じる」といった要素はデモの段階からあった気がするので、それがこのドラマの主題歌に使っていただけるのは、めちゃくちゃ奇跡的な、私のなかでの伏線回収だなと思って。なんだか不思議な感覚ですね。
――曲が完成して、周りの反応はどうですか?
由薫:スタッフの方々は「すごくいい曲ができたね」と言ってくれました。今回は英語ver.も収録していまして、ドラマ側からも「英語の歌詞を書いてほしい」と言ってもらえて、現状の日本語詞を英語に訳したものなんです。それを先日レコーディングしたんですけど、スタッフの方々と話していたのは、英語ver.があることで日本語ver.の歌詞が変わったり、“ふたつでひとつ”みたいな雰囲気になったんです。そんな作品は、今までなかったんですよ。そういう意味でも不思議な曲というか。日本語を完璧に英訳することはできなくて、同じメロディでも英語は英語なりの個性が出るけど、その違いも合わせて「Crystals」というひとつの集合体になった。つくづく不思議な曲なんですよね。