広末涼子が築いた新たなアイドル像 「MajiでKoiする5秒前」で歌われていた“選択”の瞬間
『みんなが聴いた平成ヒット曲』第14回 広末涼子「MajiでKoiする5秒前」
1995年にクレアラシルのCMでデビューした広末涼子は、とにかく「新鮮」だった。
同年は雑誌『egg』(ミリオン出版)が創刊され、安室奈美恵の「TRY ME~私を信じて~」(安室奈美恵 with SUPER MONKEY'S名義)、「太陽のSEASON」「Body Feels EXIT」「Chase the Chance」などが立て続けにヒット。時代は「ギャル」を中心に動き始めていた。また男性も、シャ乱Qのつんく(現・つんく♂)を筆頭に「ピチT」などタイトな服装でもみあげも長く伸ばすフェミニンなファッションだったり、ビジュアル系バンドの大ヒットもあって眉毛を描いたり、逆に木村拓哉人気の影響もあって色黒でワイルドな雰囲気などが流行しはじめた。そして1990年代は以降、ガングロ、コギャル、ギャル男などがブームとなった。
いろんな意味で「ケバさ」がカッコイイ、カワイイとされた時代にあって、広末は、すっぴんで堂々勝負できる透き通った肌や、高知から上京してきた初々しさなどすべてが真逆だった。走り高跳びの選手だったという健康的なところも、魅力を後押しした。「アンチコギャル」の象徴的存在と見られ、1996年にはNTTドコモポケベルのCMで人気が爆発。
こと芸能界に絞ってみても、当時のアイドルとは誰かの手によって作り上げられるものだった。恋愛はしたことがない、トイレにはいかない。そんな「偶像」を受け入れて活動する者もいれば、悩まされる者もいた。そんななか広末は「天然少女」っぽくあり、新たなアイドル像を打ち出すことに成功した。
大人と子どもの感覚がいりまじる、広末の歌手デビューにふさわしい曲
広末の歌手デビュー曲は、1997年の「MajiでKoiする5秒前」だ。竹内まりやが作詞・作曲・プロデュース、編曲はYMO、サザンオールスターズ、布袋寅泰らの制作にも携わった藤井丈司が参加するなど錚々たる布陣。フレッシュな広末にはピッタリの恋愛ソングで、なにものにも染まっていなさそうな彼女が〈しかめ顔のママの背中 すり抜けてやって来た/渋谷はちょっと苦手 初めての待ち合わせ〉と歌うことで、いつまでも子どものままではないという心情と、でもやっぱりまだ幼さがある感じが絶妙にまじりあっていた。
さらに同曲を聴いたとき、とにかく序盤のメロディに興奮したことを記憶している。「ゴッドファーザー・オブ・パンク」ことイギー・ポップの「Lust For Life」(1977年)を想起させるようなものだったのだ。「Lust For Life」は1996年に日本公開された映画『トレインスポッティング』に使用され、冒頭、仲間たちと万引きをして逃げる主人公・レントン(ユアン・マクレガー)にあわせて流れる。その場面では、レントンのナレーションで「人生を選べ。仕事を選べ、キャリアを選べ、家族を選べ、くそったれな大型テレビを選べ。洗濯機を、車を、健康を、友人を選べ。未来を選べ。それが豊かな人生だ。だが俺はご免だ。豊かな人生なんか興味ない。理由なんてない。ヘロインだけがある」と語られる。
スコットランド・エディンバラの若者たちの破滅的な毎日を描いた『トレスポ』は世界各国で熱狂的に支持され、日本でも当時の若者たちのトレンド基地だったタワーレコードが、サウンドトラック面からこの映画を猛プッシュ。ミニシアターでの上映作品として驚異的なロングランヒットを記録した。
これはあくまで筆者の勝手な解釈だが、「MajiでKoiする5秒前」というタイトルがまさに「人生を選べ」という問いかけに近い意味を持っているように感じていた。その人のことを好きになる直前ではあるが、しかしほんの少しの猶予もある。後戻りするか、それともそのまま恋愛に突き進んでいくのか。その「選択」が迫られている時間について歌っているようであり、メロディだけではなくストーリー的にも類似性が感じられた。ただ曲のラストで、門限5秒前に彼からMajiのkissをプレゼントされてしまう曲の主人公は、そのまま恋へと身を委ねていく。彼を好きになることを選択したのだ。