ピノキオピー「皮肉を言ってマウントを取ってやろう!という気持ちはない」 「神っぽいな」から『META』に通じる楽曲の本質
「腐れ外道とチョコレゐト」の続編、自分のルーツに向き合うこと
――ここからはアルバムの楽曲について収録順にお伺いしていきます。1曲目の「神っぽいな」に続いて、2曲目に収録されるのが、先ほど話題に上がった「魔法少女とチョコレゐト」。ピノキオピーさんの代表曲のひとつ「腐れ外道とチョコレゐト」(2011年1月リリース)の続編的な内容の楽曲になります。
ピノキオピー:当時、自分の中でまだやったことのないことに挑戦したい気持ちが高まっていて、“昔の楽曲の続編として新曲を作る”ことに初めて取り組んだ楽曲です。「腐れ外道とチョコレゐト」は僕がぼからん(ニコニコ動画内のVOCALOIDランキング)で初めて1位を獲れた楽曲でもありますし、その頃、「神っぽいな」がたくさん聴かれるようになった影響で、いろんなところから“腐れ外道の人”という反応をいただくようになったんです。なので「腐れ外道とチョコレゐト」の続編を作ろうと思ったのですが、そのままだと面白くないので、別のアイデアとして温めていた“魔法少女の視点で曲を書く”を合わせてみたら、字面的にも親和性が高かったので、まずタイトルを決めてから作っていきました。
――「腐れ外道とチョコレゐト」はゴシップニュースに踊らされる世相をテーマにした楽曲でしたが、続編の「魔法少女とチョコレゐト」でもそのテーマが踏襲されていますね。
ピノキオピー:「腐れ外道とチョコレゐト」の頃は、ゴシップといえば週刊誌やテレビの印象が強かったので、メディアによるゴシップをテーマにしていたのですが、あれから10年でゴシップの在り方も変化して、今はSNSを媒介にしたゴシップがメインに感じるので、それを“魔法少女”の視点で書いていきました。「魔法少女もの」は基本的に子供向けの作品で、世間的には清廉潔白なヒーローとして戦う印象が強いと思うので、ゴシップを組み合わせると対象としてもわかりやすいのかなと思いまして。楽曲としても、「腐れ外道とチョコレゐト」はもっとガチャガチャしたアレンジだったんですけど、「魔法少女とチョコレゐト」は4つ打ちのスッキリしたアレンジにしつつ、ストリングスを入れることで“魔法少女もの”っぽくしました。
――歌詞では、“魔法少女”のピュアな気持ちが、匿名の風評やゴシップによって踏みにじられていく心情が描かれています。
ピノキオピー:それによって必要以上に傷ついてしまう子もいれば、まったく傷つかない子もいるし、人のせいにする子もいれば、自分のせいだと思う子もいて。この曲ではその全部を描けたらと思いました。それと「腐れ外道とチョコレゐト」の歌詞を踏襲して〈らりぱっぱら〉というフレーズを入れているのですが、これは2020年くらいからボカロ曲でノリのいい擬音を入れるブームがあったので、そういえば自分も昔やっていたなあと思って。2011年の自分の楽曲からのサンプリングなんだけど、今っぽさもあるという面白みも狙って作りましたね。
――そういえば、たしかに最近は意味を持たないオノマトペ的な擬音を用いる楽曲が多いですね。
ピノキオピー:そうですね。でも、自分はなるべく意味があるように心がけて作っています。今回の「魔法少女とチョコレゐト」に関しては、昔の楽曲からの引用という意味がありますし、「神っぽいな」の〈とぅ とぅる〉も英語の「True」とかけたりしています。
――3曲目の「転生林檎」は2022年6月に発表された楽曲で、いわゆる“転生もの”が題材になっています。
ピノキオピー:自分ではない何かに転生して無双する作品が流行っていたので、自分もそれをテーマにできないかなと。でも、実際に転生したとしても、意識はその人のままだとしたら、また失敗してダメになることもあるだろうし、それよりも「自分がどうあるべきか」ということを書きたいなと思いまして。なので“転生したけどダメだったパターンの転生もの”になりますね。
――「転生もの」は今回のアルバムのテーマ“メタ思考”との親和性も高いですし、この楽曲では平凡な人生が嫌で、何度も転生を繰り返す人の視点で歌詞が描かれていて。ただ最終的には「誰かの人生に憧れるのではなく、自分の人生を直視しようよ」といったメッセージが感じられます。
ピノキオピー:まあそうですね。「それはやめてくれ!」という人もいるんでしょうけど(笑)。もちろん逃避も場合によってはいいことだと思うんですけどね。この楽曲でも“林檎”は逃避の象徴なのですが、結局、逃避して転生しても自分は自分であることに変わりはないので、実際には上手くいくことのほうが少ないと思いますし、かといって、全部が絶望という話でもなくて。なので基本的には「自分が特別だと思い過ぎてはいけない」というのがこの曲には入っていると思います。僕は真心ブラザーズさんの楽曲「素晴らしきこの世界」にある〈ユメをみる前に現実をみよう〉という歌詞がすごく好きなのですが、夢を見るのも大事ですけど、現実を見たうえで夢を見たほうが、いろんなことがバランスよくなると思うんですよね。
――たしかに夢だけ見ていても仕方ない部分はありますものね。その意味では聴いていて身につまされるようなところもある楽曲ですが、それをキャッチーに届けてくれるところがいいところで。こういうテーマは説教臭くなりがちじゃないですか。
ピノキオピー:自分も「説教臭くなっていないか?」というのは常に意識しているところで。メッセージ性が強すぎると拒否してしまう人もいると思うので、軽く呑み込んでいただいて「こういうのも面白いよね」と感じてもらえたらいいなと思いながら楽曲を作っています。
――4曲目の「エゴイスト」は、本アルバムが初出のスタイリッシュなテクノポップチューン。他者への憧れや羨望も感じつつ、それでも“自分自身”と向き合うような気持ちが描かれていて。
ピノキオピー:アルバムの最初の3曲がメタづくしですし、「転生林檎」はひとしきりいろんなものに生まれ変わったあとに自分に立ち返る曲なので、その次に“自分は自分でしかない”という曲をはさむことで、『META』というアルバム自体の方向性を提示したくて作りました。楽曲的にも自分のルーツに結構向き合っていて、トレンドとは関係なくわりとトラッドな4つ打ち、自分の好きなダンスミュージックをまっすぐに作ってみました。
――この曲の歌詞にある〈真っすぐな君が眩しすぎんぜ〉というフレーズが、すごくピノキオピーさんらしいなと思ったんですよね。自分の気持ちを素直に表現したいんだけど、どうしてもメタ視点になってしまう、ピノキオピーさん自身の気持ちが表れているような気がして。
ピノキオピー:まさにその通りです。僕はまっすぐ何かを伝えるということが、もう呪いのようにできなくなってしまっていて(笑)。だからそれこそ、いろんな視点を排除して、自分の感情をストレートに描いている楽曲に触れたとき、「ああ、自分はこうはなれないな」という思いになるんですね。
――でも、そういう気持ちをまっすぐ表現しているところが、この楽曲の面白さでもあります。
ピノキオピー:そう、構造が何重にもなっているんですよね。物事を斜めからしか見れない視点ならではのまっすぐさと言いますか。なので自分の「いいなあ」っていう気持ちが、皮肉でも何でもなく、普通に入ってます。
――続いての新曲「甘噛みでおねがい」は、どんな着想で生まれた楽曲なのでしょうか。
ピノキオピー:「神っぽいな」があったので、当初はアルバムタイトルを『神』にしようかなと思っていた時期があったのですが、そのときに“神(かみ)”と“噛み(かみ)”をかけて1曲作ってみよう、という安直なアイデアから始まりました。で、最近は“メタ思考”というテーマと並行して、“ボカロだから面白いこと”という考えから楽曲を作ることが多くて。この曲も“ボカロが噛む曲”という発想から作った曲になります。
――たしかに“ボカロが噛む曲”というのは聴いたことがないですし、途中でいきなり「あああああああああ!」と叫んでいるのも、あまりボカロらしくないアプローチに感じました。
ピノキオピー:人の匂いがすることをボカロにやらせると、意味がわからなくて面白いかなと思って。無機質なものが生きているふりをしているのが個人的にツボみたいなんですよね。楽曲はなんとなく「踊れる曲がいいなあ」と思っていたら、いつの間にかディスコっぽい曲になっていました。
――歌詞に目を向けると、噛んでばかりの自分について歌っているような楽曲になっていますが。
ピノキオピー:内容的には自分自身に近いところがあって。自分はよく失敗をするんですけど、それでも「許して」と言ってしまう自分の甘えに対しての戒めみたいな曲ですね。だから“自分に甘い”という意味での「甘噛み」でもあります。「エゴイスト」は自分自身のことでしたけど、この楽曲もまた自分に近いんだけれど、少し離れた感じで。このアルバム自体が客観と主観を繰り返すような作品になればと思って、この曲順にしました。
――6曲目の「コスモスパイス」は2022年1月に発表された「カップヌードル×プロジェクトセカイ」タイアップ楽曲になります。
ピノキオピー:「カップヌードル カレー」と「カップヌードル 欧風チーズカレー」を対象にしたタイアップだったので、インド音楽っぽいスケールやサウンドを存分に使わせてもらいました。これもある意味、宇宙視点と言いますか、広い視点から慈愛の気持ちで人間を見ているような感じなので、自分の中では“優しい「神っぽいな」”みたいな印象があります。
――スパイスや食、引いてはそういった文化がある世界の素晴らしさをハイテンションに歌っているような楽曲で、これを聴くと「カップヌードル カレー」を食べたくなります。
ピノキオピー:ありがとうございます(笑)。これは余談なのですが、この曲では根源的かつすごくポジティブなことを歌っているにもかかわらず、「神っぽいな」や「魔法少女とチョコレゐト」の印象が強いのか、「最近のピノキオピーは皮肉めいた曲ばかりだな」と言われることが多くて(苦笑)。「コスモスパイス」は全然そういう楽曲ではないんですけど、難しいですよね。
――ちなみにこの楽曲では初音ミクだけでなく、珍しいことに鏡音リン・鏡音レンも使われていますね。
ピノキオピー:そこは『プロセカ』(『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』)のキャラクター、天馬司くんと咲希ちゃんの兄妹が歌う楽曲として作ったので、その男女の組み合わせに合わせて鏡音リン・鏡音レンを使わせていただきました。それに(鏡音リン・レンは)カレーっぽい黄色ですし。