the band apart 木暮栄一「HIPHOP Memories to Go」第14回 Burial、KILLER BONG……『Adze of penguin』期の新たな刺激
閑話休題。
『Adze of penguin』のツアーファイナルは、幕張メッセのイベントホールで行われた。過去最大のキャパシティとなるこの会場には、5000人近くの人が僕たちを観に来てくれた。大観衆のライブには、当然ながら独特の緊張感がある。そしてその緊張を乗り越えた先の高揚もまたそうした環境でしか得られない種類のものだ。
しかし、やり慣れたサイズのライブハウスだってやはり緊張はするし、その場に来てくれた人に生音が届くような距離感はそのまま親密度に直結してもいる。どんな場所にもそれぞれの良さがあるから、ライブはやはり楽しい。
何より、自分たちの好きな音楽を好きなようにしか演奏しない僕たちのようなバンドを観に来てくれる人たちには、あらゆる意味で感謝しかありません。
いつも本当にありがとう。
木暮栄一による『Adze of penguin』全曲解説
1.「enter」
2曲目の「Falling」をアルバム冒頭に持ってくることを決めてから作ったイントロダクショントラック。個人的にこうしたイントロを設けたりするのは、この連載でも何度か書いているように90年代ヒップホップアルバムの曲順構成からの影響が大きい。しかし、クエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』や『レザボア・ドッグス』のような名作にもやはり秀逸なイントロダクションはつきものなのである。
エンジニアの速水氏(速水直樹)が録音機器を片手に、方南町にあった旧AGスタジオの入口の鉄扉を開き、ブースで演奏している我々のところまで歩いてくる様子が録音されている。
2.「Falling」
レコーディングの延長を重ねて、原が粘りに粘って生み出した曲。最初に録音したAメロのリードギターは不協和音すれすれの攻めたフレージングだったが、それをボツにして作り直したものがアルバムには収録されている。
前作からドラムセットに組み込んだジャムブロックに加え、新たにティンバレスというパーカッションが曲中で使われているが、ライブでこの曲のためだけにセッティングするのが面倒で、ツアー以降はスタジオ倉庫の片隅に眠ったままになっている。
新しい音色ということで言えば、ギターソロで使ったトークボックスもその一つ。ギターの音色を口に咥えたホースで変化させることのできるエフェクターで、逆に言えば「喋り言葉にギターで音階をつける」と言い直すこともできる。なのでギターソロのための歌詞を原が考え、川崎が演奏した。その歌詞は紛失してしまったが、唯一「山切りカット」という言葉が使われていたことだけ覚えている。
3.「I love you Wasted Junks & Greens」
個人的に初めてDTMで作った曲。井上という友人が使わなくなったCubaseとインターフェースを譲ってくれたことがきっかけなのだけど、こうして振り返ってみると、この時DTMの操作を覚えたことは、この後の自分の音楽制作にとって非常に大きなことだった。
ギターリフやドラムパターンの分解と並べ替えを何度も試して、現在の形に落ち着くまで相当な時間がかかった記憶がある。そしてその段階で気力が尽きてしまい、リードギターのアレンジは原と川崎にやってもらった。
アグレッシブな曲調に対し全編を通してアコースティックギターが重ねられているのも、それまでとは少し違った、新鮮な音像を探した結果だろうと思う。この曲を含めアルバム収録曲のうちの何曲かは、湾岸音響のXLスタジオでドラムを録音している。一聴して「この曲のドラム、何だか反響音が大きいな」と感じたら、それはリバーブエフェクトではなく、倉庫を改造しただだっ広い空間の反響をマイクで記録したものです。
4.「Cosmic Shoes」
不思議なレトロフューチャー感を湛えたポップな曲。僕たちが小学生の頃には、テレビで毎日のように色々な洋画が放送されていたが、そうした80年代後半の雰囲気が何となく滲んでいるように感じる。メンバー内で誰よりもそうした映画を楽しんで観ていた荒井の作った曲だから、なおさらそう感じるのかもしれない。
この曲に関してはベースからリードギター、川崎のギターソロまで荒井が全て作ったような記憶がある(たぶん)。ドラムはシンプルなリズムパターンなだけに、良いテイクを録るのに非常に苦戦した。
最初に書いたようなレトロフューチャー感は制作当時から感じていたので、そういったSFジュブナイルノベルのような雰囲気の歌詞をつけた。イメージがはっきりしていたので時間もあまりかからず、むしろ楽しんで書けたと思う。具体的に言えば『AKIRA』や、あるいは『メタルギア』シリーズの源流にあたる『ポリスノーツ』のようなイメージです。
5.「bacon & eggs」
十数年の時を経ても、すごく自分っぽいなー、と思う曲。
年末の誰もいない実家のリビングでぼんやりと外を眺めていた時に、窓から入る冬の日差しが、空調の風に煽られて宙を漂う埃を浮かび上がらせ、渦を巻いている様子を発見する……という地味すぎるのになぜかはっきりと記憶しているいつかの風景を曲にしたもの。十代の頃の自分と現在では感受性が変化していて当然だが、はっきり言えるのは、大人とも子供とも言えないあの時期には、今と比べて信じられないくらい自由な時間があったということだ。
僕にしては珍しく歌とギターの状態で作った原型に、原と川崎がベースとギターで自由なアレンジを加えてくれ、現在の形になった。Mock Orangeの面々が口々に賛辞を送ってくれたのも嬉しかった。
6.「Malibu」
アレンジの仕方によってはAORやニューミュージックのような感触に持っていけただろうし、当初の荒井の曲想としてはたぶんその方面だったのだと思うけど、そこに他3人のニュアンスが入り込んでくるとこんな風に仕上がる、というある意味the band apartらしい曲だと思う。そもそもリズム隊の音色からして王道とは正反対のアプローチだし、今録ったら絶対にこうはならないという意味でも。
この曲に関しては、英詞の発音指導をしてくれていたジョージ・ボッドマンが全編の作詞を手掛けてくれている。それまでもフレーズ単位での作詞協力はあったけど、全編というのは後にも先にもこの曲だけだと思う。昨今の様々な音楽や映画に造詣が深く、何よりも同年代ならではの共通したセンスも大いに手伝って、我々から見ても文句なく小粋な歌詞を書いてくれた彼に、この場を借りて感謝の意を表したい。
7.「Moonlight Stepper」
前回書いたので割愛します。
8.「pieces of yesterday」
最初に書いた歌詞を見たジョージに「悪くないけど栄ちゃんらしい言葉選びが足りない」と言われて初稿を破棄し、歌入れの前日まで荒井とジョージと3人で煙草を吸いまくりながら作詞作業に励んだことを覚えている。
共作の良いところは、自分だけでは思いつかなかったようなアイデアが次々と得られるところだが、難しい点としては全員が一致して良いと思わなければ、そのアイデアは採用されないというところだ。この曲にはそんな基準をクリアした言葉や表現が並んでいる。
一般的なポップスと比べると、英語ということを差し引いても抽象的な描写が大半だけど、そういうのが好きなのだからしょうがないよね。上記のようなエピソードやそもそもの曲調を含め、何だか昔の写真を見ているようなノスタルシックな気持ちになる曲。
9.「July」
今だったら絶対こうならないであろう1曲。当時の自分が好きだったUSインディ的な雰囲気で始まり、サビから無理やりダンスミュージック的に展開させている。「pieces of yesterday」で書いた“昔の写真”という表現に照らして言うなら、こちらに写っているのは「お洒落に目覚めて謎に攻めた服装をしてしまっている若い自分」ということになる。
この曲もギターアレンジは原と川崎が手掛けているのだが、2人とも曲展開の性急さに相当苦戦していた記憶がある。しかし、その時にしか作れなかった、という意味では文字通りの曲なので、いつかジジイになった時に懐旧のあまり落涙に至るのは、あるいはこの手の楽曲なのかもしれない。
歌詞に関してはこの曲も「THE 自分」という感じの表現が多いです。
10.「Waiting」
原らしい整合感を伴ったキャッチーな曲。それでいてジャンルミュージックには収まらない独自のひねりもある。今でもライブでの演奏頻度が高いので他の曲のような感想が書きづらいのだけど、この曲や「Falling」、前作収録の「SOMETIMES」など、この頃から原の頭の中では既存のバンド形態だけでは表現しきれない音楽が鳴っていたのかもしれない。それをライブ演奏を念頭においた4人のフォーマットに落とし込んでいったら、そりゃ時間もかかるよね。
寡作なのは今も変わらないが、細部まで完全に自分が納得するまで完成としない姿勢は、同じバンドメンバーながらすごいと思います。
歌詞はジョージとの共作。しかし結構な割合で彼のアイデアがそのまま採用されている。「春なんかじゃまだ足りない。俺たちは夏の夜を待ってるんだ」(和訳)という、今となっては簡単に書けない、あるいは別の意味合いを含みそうなフレーズとか。
冒頭でも書いたように、一般的に40代と言えば「人生における秋」と言えるのかもしれないが、今年リリースした『Ninja of Four』の1曲目「夏休みはもう終わりかい」から鑑みるに、我々にとっての夏はまだまだ終わっていないようです。
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