the band apart 木暮栄一「HIPHOP Memories to Go」第13回 ドラマーとしての転機に出会ったクラシック J DIlla『Donuts』

カニエプロデュースによるSlum Villageで発揮されるJ Dillaのムーディさ

 J Dillaのことを初めて知ったのは、彼がまだJay Deeと名乗っていた90年代にA Tribe Called Quest(以下、ATCQ)の4枚目のアルバム『Beats, Rhymes and Life』をプロデュースしていたことからだった。

 ATCQのQ-TipとThe Ummahというプロデュースユニットを結成し、彼個人でもThe Pharcydeの「Runnin’」や「Drop」など多くのクラシックを手掛けている。かのジャネット・ジャクソンの名曲「Got ’Til It’s Gone」も、クレジットこそJam & Lewisになっているが、のちのインタビューでは「彼らにアイデアを盗まれた」とJ Dilla 本人が語っていた(※1)。

Janet Jackson - Got Til It's Gone

 そんな曰く付きのアルバムバージョンも素晴らしいのだけど、プロモーション盤に収録されていた「Got ’Til It’s Gone (Ummah Jay Dee’s Revenge Remix)」(タイトルに悔しさが滲んでいますね)もよりアブストラクトで味わい深い。タイトなビートにウネウネとくぐもったベース、レイドバックした心地よい鍵盤の音色、サンプルの飛ばし具合……などなど、ATCQのラストアルバムに繋がっていくような幽玄な音世界が構築されている。

 00年代中盤に話を戻すと、Jay Dee時代に彼が所属していた(脱退後もプロデュースで関わったりしている)Slum Villageというグループがあって、彼らの4枚目のアルバム『Detroit Deli (A Taste of Detroit)』からのシングルカット「Selfish」も印象深い。アレサ・フランクリン「Call Me」をサンプリングしたトラックで、プロデュースはカニエ・ウェスト。

 歌詞を気にしない分には、メロディアスで哀愁の漂うトラックで秋のドライブにぴったりといったムードなのだが、タイトルの「Selfish(自分勝手)」が何を意味するかをリリックをかいつまんで端的にまとめると、

「テキサスにニューオーリンズ、デトロイトからアトランタ、ニューヨーク、LA、小さな町から地球上全ての女の子がみんな俺のものだったら良いのにな、なんて思ってる俺はすごく自分勝手」(筆者意訳)

 ……やかましいわ! と、年甲斐もない言葉が口をついて出そうになる世界観のリリック、ある意味文化性でもあるんだけど、ピンプ的なモテ自慢とはまた違った切り口のスケールのデカさとムーディなトラックの絶妙なマリアージュが印象に残る私的クラシック。

Slum Village Featuring Kanye West & John Legend - Selfish

 私的クラシック続きで言うと、現在も活躍する日本のラッパー NORIKIYO『EXIT』のリリースや、SEEDA『花と雨』、SCARS『THE ALBUM』もこの頃。オーバーグラウンドのヒットチャートを賑わせたJ-RAP(死語)ブームが陰りを見せる一方で、アンダーグラウンドでは上記をはじめとした様々な面白いリリースがあって、90年代には響きと押韻重視でどちらかと言えば抽象詩的だったリリックの内容が、等身大の日常とそこに伴う風景や心象描写へと進化していった時期でもある。

NORIKIYO「RAIN feat.SEEDA」
SEEDA「花と雨」
SCARS「SCARS」

 さらに今ではすっかり定着した感もあるフリースタイル・バトルの雛形ともなる『ULTIMATE MC BATTLE』も2005年に始まっている。90年代に蒔かれた種は、この時期に発芽してしっかりと地中に根を張り、そして現在のシーンの隆盛につながっているのだろう。

 我々the band apartはと言えば、「shine on me」「Moonlight Stepper」の2曲を収録したシングル『fadeouts(for JUSTICE)』を2007年にリリースした。以下、それにまつわる思い出を記して今回は筆を置きたいと思う次第であります。

1.「shine on me」

 それまでの曲調、使用するコードに飽きた原昌和(Ba)が新鮮味を求めて作った(たぶん)曲。彼はその時代の流行とは別の価値軸をもって音楽をディグる男で、この時は欧米のパンク以降の音楽から影響を受けたであろう日本の音楽をよく聴いていたように思う。

 リズムに関しても、「4つ打ちなんだけどちょっと変わった感じで」という注文があって、イントロ〜Aメロにかけてのストレンジなアプローチにたどり着くまで、2人でセッションを繰り返した記憶がある。

 レコーディングは湾岸音響(R.I.P.)で、その書棚になぜか置かれていた『スプーンおばさん』からインスピレーションを受けて歌詞を書いた。その一節に登場する〈golden spoon〉という単語とそのくだりが気に入っていたので、先日リリースしたアルバム『Ninja of Four』の「The Ninja」の中でも使ったのでありました。

2.「Moonlight Stepper」

 荒井岳史(Vo/Gt)が原型を作ったキャッチーな1曲。彼も原と同じく、それまでの曲調と少し違うものを作りたかったのだろうと思う。アレンジをしていく段階で、「サビでディストーションみたいのはちょっと飽きたよね」といった認識を共有していったような……。なので、全体的にクリーンなムードのポップな曲に落ち着いた。

 〈Nobody knows my secret/It’s so pop〉という歌詞の歌い出しと終わりを「ノノノ」とか「ポッポッポ」のようなリフレインにしているのは荒井自身のアイデア。そのイメージを軸に歌詞を書いていった。

 〈dance the night away〉のような言い回しはジョージ・ボッドマンによるもので、この曲に限らず彼のネイティブならではの語彙力には何度も助けてもらった。この時のバージョンではなく、リアレンジしたアコースティックバージョンの方が近年は演奏頻度が高いです。

※1:単行本『J・ディラと《ドーナツ》のビート革命』(ジョーダン・ファーガソン著、吉田雅史訳/DU BOOKS)

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