Kan Sano、シンガーソングライターとしての素顔 自身と向き合い生まれる“言葉”への深いこだわり
自分の内側と向き合って掴んできた言葉でないと納得いかない
――アルバムの一曲目「I MA feat. dosii」の冒頭には〈ことばとビートが口づけを交わす それはこの世で 一番美しいメロディー〉というラインが出てきて、これもやはりシンガーソングライター的というか、言葉と向き合ってきたからこそ出てきたラインのように感じました。
Kan Sano:これは新しいメロディが生まれる瞬間のことを言ってるんです。その前に〈空っぽの音符に命が宿る〉と歌っていて、どうしたらそうなるかを考えると、言葉とビートがドラマチックに結びついて、そこからメロディが生まれて、音楽になるようなイメージですね。最初からアルバムの一曲目にしようと思ってたので、命が生まれて、メロディが生まれて、アルバムが始まっていく、みたいなことがやりたくて。
――このフレーズが最初に来ることで、今回のアルバムがポップスのアルバムだということを宣言しているような印象も受けました。なおかつ、この曲はハーフテンポのなかにいろんなフロウが詰め込まれていて、シンガーとしても新しい扉を開いた一曲のように感じましたが、そのあたりはいかがですか?
Kan Sano:「Natsume」を作って、ラップに近いアプローチというか、言葉数を詰めたのが面白かったので、もう一回それをやってみたくて。だから、最初のヴァースは小節数で言うと8小節くらいなんですけど、これ以上無理っていうくらい言葉を詰めていて。これもライブでどうしようって、今頭を抱えてるんですけど(笑)。あと、サビは早口言葉みたいなイメージというか、「いま」っていう言葉をどれだけ詰め込めるかを考えて、なるべくシンプルに、ライブでも一緒に歌えるようなものがいいなと。
――〈it’s you〉と〈いつ言う?〉で韻を踏んでいたりとか、コーラスの部分は意味よりもリズムの気持ちよさを重視している印象です。
Kan Sano:〈いまさらでもかまわない 幻じゃない〉とかは「かまわない」の「い」と「幻」の「ま」で「いま」になってるんですよ。そのあとの〈幻じゃない まだすべてじゃなくても〉もそう。そうやって「いま」をいろんなところに隠してあるので、言葉遊びに近い感じですね。「いま」をテーマに歌を書こうとしたときに、「いま」って言った瞬間にその「いま」は過去になってしまうじゃないですか。だから「いま」について歌おうと思ったら、とにかく「いま」を何度も言って、更新し続けなきゃいけないなって。半分冗談みたいな理屈っぽい話ですけど(笑)。
――とても面白いです。そういう種明かしを聞くと、タイトルが「I MA」と間が空いているのにも意味が感じられますし。
Kan Sano:あと〈環七の陸橋下からあちらへ〉とかは、事務所が環七沿いにあるので、いつも実際に環七の陸橋の下を通るんです。そのビジュアルがなんとなく自分の中に残っていて、そういうところから言葉を選んでるんだろうなって。
――それで言うと、〈首都高のジョイントから〉と歌われている「Tokyo State Of Mind」もそうですよね。〈もう駄目になってる エンジン音に埋もれたい愛だ〉〈孤独にね、お帰り バイパス抜けたあと溢れて〉と、この曲はご自身のパーソナルな心情が歌われているように感じました。
Kan Sano:これはサビの歌詞とメロディが最初に出てきて、そこから作っていったんですけど、深夜に首都高を運転しているイメージから入っていったら、言葉がどんどん出てきました。やっぱり、自分の中から出てくる言葉じゃないと、歌詞は書けないですね。いろんなシンガーソングライターの方がいて、いろんな書き方があると思うし、僕も今後いろんな書き方にトライしてみたいですけど、現状は自分が感じてること、思ってることじゃないと書けないです。僕はThe Beatlesが大好きで、ジョン(・レノン)とポール(・マッカートニー)は対照的なソングライターだと思うんですけど、僕はやっぱりジョンだと思うんですよ(笑)。
――パーソナルな部分が出てくるタイプの作家だと。それでいうと、「Tokyo State Of Mind」はコロナ禍の2年で感じた孤独感が零れ落ちている楽曲なのかなと。
Kan Sano:コロナが始まったタイミングで、ちょうど僕は30代後半に入ったんですけど、自分の年齢とか、年を重ねていくことに対する不安とか、そういうものがここ数年強くなっていて。吉田豪さんの『サブカル・スーパースター鬱伝』っていう本があって、「40歳前後で男はみんな一回鬱になる」っていう内容なんですけど(笑)、自分もそれが遂に来たかって感じで。だからコロナの影響もあるんですけど、自分の年齢を考えたときに、いよいよ人生折り返してるなっていう実感がわいてきたので、そのことへの不安が表れてると思います。
――「自分が感じてることじゃないと書けない」という話があったように、まさにご自身のリアルが描かれていると。
Kan Sano:あまり感情を入れ過ぎると、ライブのとき泣いちゃいそうで、そこもみなさんどうしてるのかなって不思議なんですけど(笑)。でもやっぱり自分の内側と向き合って、そのなかから掴んできた言葉じゃないと納得がいかないというか。歌詞も曲も僕は一人で作るので、作る過程で誰かに相談したり、手伝ってもらうこともまったくないですし、いつも自分ととことん向き合う作業で。自分を極限まで追い込んで作らないと、作った気にならないんですよ。
――アルバムにはフィッシュマンズ「いかれたBaby」のカバーも収録されています。この曲を選んだ理由として、佐藤伸治さんの歌詞に惹かれたというのもポイントとしては大きかったのでしょうか?
Kan Sano:前からライブでは何度か披露していて、歌ってて言葉がスッと入ってくるというか、自分の言葉として発しても違和感がないというのはあります。ただ、僕はフィッシュマンズの他の曲は全然知らなくて、完全なミーハーというか、この曲がすごく好きなんです。今フィッシュマンズの再評価ってすごく高まっていて、この曲もいろんな人がカバーしてますけど、僕がやるなら大胆に、曲を一回分解して再構築しようと思って。原曲がすごくシンプルな分、アレンジはすごく楽しかったです。
――途中で話した「ロマンチックなんだけどサッド」というのは、「いかれたBaby」もそうだし、最後の「おやすみ」もそうだと思うんですね。この曲では〈オヤスミ〉と〈「おやすみ」〉が使い分けられていて。こういう耳で聴いただけだとわからないけど、字面で見ると発見があるというのも歌詞の面白さだと思いますが、ここにはどんな意図があるのでしょうか?
Kan Sano:片仮名の「オヤスミ」と平仮名の「おやすみ」は僕の中でイメージが全然違って、片仮名のほうは死ぬときのお別れみたいなイメージなんです。結構ネガティブな気持ち。平仮名のほうはもうちょっとポジティブな気持ち。自分のリアルな感情にだいぶ紐づいちゃってるんで、この曲もライブでやる時どうしようかなと思ってるんですけど。
――ご自身の死生観が投影されていると。
Kan Sano:これはどこまで言っていいか悩むところなんですけど……この曲は「自殺をしようと思ってたけど、やっぱりやめて一緒にいるわ。おやすみ」って歌なんですよね。さっきも言ったように、これから先の将来に対する不安がすごくあって、自殺とまではいかないですけど、全部終わらせてしまいたいとか、そういう気持ちもどこかにはあるんです。だから、そこから抜け出すための歌というか。これは初めて言う話なんですけど。
――僕もちょうど40歳になったタイミングでコロナ禍を迎えたというのもあり、気持ちとしてはすごくわかりますし、同年代でなくても、同じようなことを感じた人はこの2年でたくさんいたと思うので、多くの人に響く楽曲なのではないかと。
Kan Sano:芥川龍之介とか太宰治とか、結構死因を調べたりするんですよ。なんで死んだんだろうなって。自分もなんでこういうことを考えるのかって、さっき言った年齢に対する不安もすごくあるんですけど、はっきりと言葉で説明するのは難しい。でもそれをちゃんと解き明かすことができれば大丈夫というか、これからも生きていけるんじゃないかなって。そこに今すごく興味があるんです。
■リリース情報
Kan Sano『Tokyo State Of Mind』
2022年4月27日(水)リリース
ストリーミング&ダウンロードはこちら
<DISC 1> ※全仕様共通
01 I MA feat. dosii
02 image
03 Tokyo State Of Mind
04 逃飛行レコード (98bpm)
05 My One And Only Piano
06 いかれたBaby
07 Play Date feat. ともさかりえ
08 Make It Better
09 Good Sign
10 Natsume
11 おやすみ
<DISC 2> ※限定版のみ付属
01 I MA feat. dosii -instrumental-
02 image -instrumental-
03 Tokyo State Of Mind -instrumental-
04 逃飛行レコード (98bpm) -instrumental-
05 いかれたBaby -instrumental-
06 Play Date feat. ともさかりえ -instrumental-
07 Make It Better -instrumental-
08 Natsume -instrumental-
09 おやすみ -instrumental-
10 Natsume (naked version)
■関連リンク
公式ホームページ