『ジャズ・ピアノ巡り』インタビュー
ジェイコブ・コーラー、カバーにおけるアレンジ思考とは? J-POP特有のジャズ要素についても語る
ピアニストのジェイコブ・コーラーが5月12日、ニューアルバム『ジャズ・ピアノ巡り』をリリースした。彼のジャズピアニストとしてのキャリアは言うまでもないが、近年はYouTuberとしてストリートピアノのシーンで活躍し、自身のチャンネルの動画再生回数は約6,300万回/フォロワーは38万人を突破した。新譜にはJ-POPやジャズ、クラシックなど、ジャンルの垣根を越えた多彩な楽曲が収録され、彼の現在が反映された内容となっている。本インタビューでは新作の制作裏やカバーにおけるアレンジの思考、邦楽と洋楽の差異、「ストピチューバー」のシーンについてなど、ジェイコブ・コーラーに話を聞いた。(小池直也)
邦楽アレンジで意識するのは「リズム」
――ジェイコブさんは近年、YouTuberとしてもストリートピアノを弾くなど活躍の場を広げています。それについて改めて教えていただけますか。
ジェイコブ:2009年に来日してトランぺッター・TOKUさんともツアーをやったり、この12年間のなかで多くの素晴らしいジャズミュージシャンとご一緒してきました。そして5年前くらいからはジャズのセッションというよりもソロピアノに力を入れています。
最近は「ストピチューバー」(ストリートピアノの演奏動画を配信するYouTuber)が新しいシーンになっていて、ストリートピアノなど屋外で演奏をしたり、路上ピアニストと連弾したり。一般的に知られている楽器ですし、とても良いことだと思っています。普段ピアノの音楽を聴かない人も演奏で感動してくれるのは素晴らしいですね。
ジャズの現場だと当然ピアノは僕だけで、あとは違う楽器の方で演奏するのが当たり前でしたから、以前はピアニストと知り合う機会がありませんでした。連弾する人々のプレイスタイルはジャズではないですが「会って即興演奏する」という意味では、ジャズの自由な気持ちと似ていますね。
――ストリートピアノでのパフォーマンスが、ご自分の演奏に影響したことなどは?
ジェイコブ:ストリートピアノは公共の場で順番制ですから、弾けても1曲か2曲くらい。そのなかで感動を与えなきゃいけないので、聴いている人が飽きないようにアレンジするように努めています。それによって自分のアイデアを短くまとめる力は付きましたよ。
――では新作『ジャズ・ピアノ巡り』についてお聞きします。まずこのタイトルの意図は?
ジェイコブ:今まではひとつのテーマを立てて日本の曲やジャズの名曲、オリジナル曲を取り上げてきましたが、今回は僕がやっている全てのジャンルの曲を混ぜています。自分の持っている様々な面をひとつのCDにまとめたかったんですよ。それで『ジャズ・ピアノ巡り』と名付けました。
タイトルは2月に山形にピアノを運んで向かった時に思い付いたんです。ジャズピアノを弾きながら色々なところに行く、そういう意味でも色々な場所に行ってきましたが、クラシックやジャズなど色々なジャンルも演奏してきたので色々と「巡った」なと。
2曲入っているオリジナルは両方とも旅から着想した曲です。「ジャズ・ピアノ巡り」はアルバムのタイトルと同じく山形でインスピレーションを受けました。富士五湖に行くのも好きでよく釣りをしています。
――他にも「鬼滅の刃メドレー」や「千本桜」、「ジブリ・ソング・メドレー」、「夜に駆ける」、「うっせぇわ」、「アニメ・ソング・メドレー」、「花笠音頭」と多様な日本の楽曲が収録されています。日本の楽曲をアレンジする時に考えることは何でしょう。
ジェイコブ:まず最初は原曲のメロディを覚えて、弾きながら色々と試しますね。日本の曲をカバーする人は多いですが、オリジナルに忠実に弾きたくないので、新しく弾けるようなコンセプトを考えることが多いです。新しい拍子で弾いたり、別のリズムを付けたり、和声をジャズっぽくしたり。でも無理やりな感じにはしたくないので曲に合わせて変えていきます。あと意識するのはリズム。拍子もそうですが特にグルーヴです。ボサノヴァやサンバ、ファンクなどリズムのイメージを考えてから、和声やメロディを考えていきます。これからも新しいグルーヴの探求をしていきたいですね。
――リズムという面では「千本桜」や「夜に駆ける」は、原曲と異なる7/8拍子でアレンジされていました。
ジェイコブ:20代の頃に5拍子や7拍子、11拍子などの変拍子でオリジナル曲をたくさん作っていたんです。その経験を日本の曲に当てはめたら面白いかな、と思って編曲したのですが「新鮮だ」という声があったり好評でしたね。
「千本桜」は随分前からリクエストがありましたが、多くの人が弾いているし、素晴らしいアレンジがたくさんあるじゃないですか。だから難しいなと手を付けていなかったんですが、派手なリズムと派手な技術のアレンジでチャレンジしてみました。
「夜に駆ける」はすでにジャズ的なアプローチで演奏したものを去年の夏にYouTubeだけでアップしたんですよ。でも僕は同じ曲でも半年弾いたら再アレンジするので、今回はこういう形にしています。
――アニメの曲を取り上げた理由は?
ジェイコブ:初めて日本に来た時はアニメをたくさん観て日本語を勉強したので、アニメソングは好きですね。前から弾いている「ルパン三世のテーマ‘78」「名探偵コナン・メイン・テーマ」、『カウボーイビバップ』の「Tank!」をメドレーにして新しくしました。
――他にもカバー候補に曲などはありましたか。
ジェイコブ:YOASOBIの「怪物」や米津玄師の曲でまだカバーしてないものもあるので、いつかはやりたいです。アニメの曲もやりたいし、とにかくたくさんありますね(笑)。日本の曲以外も含めてカバーしたいリストはあるんですよ。
あと今度『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』がアニメ化に当たり、菅野祐悟さんのサントラでピアノを録音することがあったのですが、良い曲ばかりなので彼の他の曲にも挑戦してみたいです。彼自身も素晴らしい作曲家で、会うたびにインスピレーションを受けますね。曲について「こういう風に考えている」とか「こういうイメージ」を話すだけで、仕事なのに勉強になるんですよ。レッスンを受けている様になる。