映画『街の上で』『愛がなんだ』、今泉力哉監督による“歌”に込められた想い

 恋愛映画の旗手・今泉力哉監督。人と人との関係にフォーカスしながらその気持ちの移ろいを丁寧に描写する作風はここ数年、新作が公開される度に熱烈な歓迎を受け続けている。現在劇場公開中の『街の上で』や4月22日よりNetflixで配信開始となった『愛がなんだ』など、鑑賞者の生活に深い印象を残す作品ばかりだ。

 台詞はもちろんのこと、カメラアングルや人物の立ち位置、場所や食べ物・飲み物に至るまで今泉力哉作品には語りたくなる要素が数多い。本稿では、その中で“歌”に絞って語ってみたい。アーティストが歌う主題歌や劇中歌ではなく、登場人物が口ずさむ歌のことだ。その歌に込められた想いと演出意図を考えていきたい。

映画『街の上で』予告編

 漫画家・大橋裕之との共同脚本で作ったオリジナル作品『街の上で』では、主人公の古着屋で働く青年・荒川青(若葉竜也)が過去に作った歌として「チーズケーキの唄」が登場する。1度目は古書店の店員・田辺冬子(古川琴音)との他愛もない会話の中で、青の少し恥ずかしい(センシティブな)エピソードとしてその存在が示される。そのやり取りは思いがけない方向に転がり、その後の展開のきっかけとなるのだが、「チーズケーキの唄」はしばらく登場しない。

 二度目は終盤。青が口ずさむ形で「チーズケーキの唄」を劇中で聴くことができる。シンプルなアコースティックギターの伴奏と、“君”を待つ苦さとチーズケーキの味を重ねた歌詞は若々しさがあり、自ら「作った」と言及することに照れる気持ちも分からなくはないが、そのシーンでは純粋な気持ちの揺れ動きを見事に表現した1曲として聴こえる。青が学生時代に自作したまま放っておいたという設定のこの歌は、実際に今泉監督が大学時代に制作した曲でもある。今泉監督はこの曲で映画のハイライトたる部分を彩ることを選んだ。

 そんな演出が可能になったのは、ここまでの物語があってこそ。『街の上で』は様々な人が出会っては離れ、様々なお店や路地を漂っては去る、その繰り返しで紡がれる物語だ。一方、そんな穏やかな日常の中でどうしようもなく絶対的な“君“の存在を強く認識する物語でもある。未練や執着も恋愛の1つの形であるという視点を持つ今泉力哉だからこそ、どんなラブソングも作品の中で愛おしく響かせることが出来る。「チーズケーキの唄」は放っておかれたのではなく、大切に保管されていたようにも思えてくるのだ。

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