クラムボン・ミトの『アジテーター・トークス』

クラムボン・ミト×ニラジ・カジャンチが語る、ミュージシャンが求めるスタジオの条件とサウンドの潮流

 クラムボン・ミトによる、一線で活躍するアーティストからその活動を支えるスタッフ、エンジニアまで、音楽に携わる様々な”玄人”とのディープな対話を届ける対談連載『アジテーター・トークス』。今回は、レコーディング&ミキシングエンジニアのニラジ・カジャンチの所有するスタジオ、「NK SOUND TOKYO」を訪れた。

 ロサンゼルス出身のニラジは、世界的な音楽プロデューサーであるフィル・ラモーンに師事し、マイケル・ジャクソン、マライア・キャリー、Boyz Ⅱ Menといった大物アーティストを数多く手掛けた人物である。日本に拠点を移してからも三浦大知や[Alexandros]、最近ではアニソン関連の作品などジャンルは多岐にわたり、ミトとの交流も深い。国内外のトップクリエーターから愛されるニラジと、彼のスタジオ「NK SOUND TOKYO」にはどのような魅力が隠されているのだろうか。スタジオ設立の経緯から2人の仕事に対するこだわり、ここ最近の音楽シーンの動向についてなど、じっくりと語り合ってもらった。(黒田隆憲)

「人のためのスタジオ」ってこれまでなかった気がする

NK SOUND TOKYO : STUDIO TOUR

ーーそもそもお二人が知り合ったきっかけって、何だったんですか?

ニラジ:僕の中で記憶にあるのは、誰かがこのスタジオで撮った写真をFacebookに上げてくれて、そこにミトさんがコメントしてくれた時ですね。「そのスタジオ、使ってみたい!」みたいなことを書いてくれて。

ミト:ニラジのスタジオは、出来た時から作家チームの間で有名だったんですよね。「なんだかアミューズメントパークみたいなスタジオが都内にあるぞ」って(笑)、各所で盛り上がってた。それが2015年くらいかな。そのFacebookの写真を見た時も、内装に度肝を抜かれたんですよ。機材の置き方一つとっても、スタイリッシュでカッコよくて。それこそクリス・ロード・アルジのスタジオとか、海外のスタジオを彷彿とさせるんですよね。見た目でまず興奮するというか。

ニラジ:機材の置き方もそうだし、色の使い方や空間の作り方にもこだわったんですよね。日本にも素晴らしい商業スタジオがたくさんあって、そこを僕も数年間使わせてもらってきたけど、そこに足りていないものは何か考えたら「個性」だと思ったんですよ。インテリアまわりを含めた内装が、海外のスタジオにはものすごく個性がある。

ミト:そうなんだよね。

ニラジ:日本のスタジオはどこへ行っても「必ずいい仕事ができる」という安心感がある反面、画一的になり過ぎてしまう傾向にあるんじゃないかなと。なので、自分でスタジオを作る時はとにかく個性を出そうと思いました。例えば、コントロールルームの天井から機材を吊るすとか、世界中のスタジオを探しても2つくらいしか思いつかない(笑)。しかも、そういった機材の置き方や配色、インテリアに関しては、カメラのレンズを通したときにどう見えるかも考えているんです。どの色の機材とどの色の機材を隣同士に置くと、写真に収めたときに綺麗に映るかまで、実際に撮影して確かめたこともありますよ。

ーー今でいう「インスタ映え」というやつですよね。そこを大事にした理由は?

ニラジ:今の時代、例えばCDのクレジットを見てスタジオを把握することなんてほとんどないんですよ。みんな音楽をサブスクで聴くし、好きなアーティストの情報もインターネット、特にSNS上で手に入れている。だからアーティストがレコーディングをしにスタジオに来て、そこで撮った写真をネットに上げてくれることが、何よりもプロモーションになると考えたんです。

ミト:作家側からすると、例えば仕事をしたタレントとスタジオで一緒に撮った写真は、マイホームを建てるとき銀行に提出する資料としても必須なんですよ(笑)。

ニラジ:あははは! 確かに僕も、このスタジオを建てるために借金したときは、今まで一緒に働いたセレブとの写真を全部資料にして銀行に提出しましたね。

ミト:ちょっと話が脱線しちゃったけど、やっぱりスタジオに来てワクワクして、その盛り上がった状態で作品を作りたいじゃないですか。僕も小淵沢に山小屋を改装したレコーディングスタジオを作ってたんですけど、とにかく景色が最高で。山の澄んだ空気と、木々に囲まれた環境はやっぱりクリエイティビティが上がるんですよね。

ニラジ:いや、ほんとそうなんです。木と緑が一番大事。僕も床や壁に木材を使っていますし、内装はグリーンをアクセントにしています。人って緑や青を見るとリラックスするらしいんですよ。ここは都会のど真ん中ですけど、少しでも自然の中にいるような気分を味わってもらえるように工夫しているんですよね。

ミト;考えてみれば、「音楽」のため、「音響」のためのスタジオは山のようにあったけど、「人のためのスタジオ」ってこれまでそんなになかった気がする。ほら、日本人って生真面目な種族ですから(笑)。

ニラジ:まあね。でもやっぱりどこかに遊び心がないと、本当に仕事をしに来て終わっちゃう。それともう一つ、スタジオを経営するにはロケーションがすごく大事だと思っていて。レコード会社やマネージメント事務所からタクシーで簡単に移動できる距離に建てた方がいいなと。それで四谷という、東京のど真ん中を選んだんです。そうすれば、現場から現場へ移動する合間にスタジオに寄って作業するなんてこともできるわけじゃないですか。

ミト:それは大きいね。さすがに小淵沢のスタジオまでタレントさんやアイドルさんに来てもらって歌を録るなんてことは、物理的に難しい(笑)。ニラジの作戦は大正解だと思う。

ニラジ:タレントさんたちだけじゃなく、アーティストも今はスタジオを何カ月もまとめて押さえてちょっとずつアルバムを作る……なんて時代じゃなくなってきているしね。1日、もしくは数時間でどこまで追い込めるか? という時代。そういう時間的なプレッシャーがある中、時間を忘れて作業に没頭してもらえるように、時計は見えるところに置かないようにもしていますね。

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