宇多田ヒカル『First Love』発売から20年を機に考える、アートワークの文脈
90年代後半は和製R&Bの流行もあり、宇多田をはじめとしたディーヴァ(歌姫)たちがデビューしている。特に98年デビュー組は宇多田、浜崎あゆみ、椎名林檎、MISIA、aikoと豪華な顔ぶれ。この5人を“顔ジャケ”という視点から見てみよう。
なにを以って顔ジャケとするかは判断が難しいが、それらしいものとして椎名の「歌舞伎町の女王」「真夜中は純潔」、MISIAの『MISIA GREATEST HITS』や「つつみ込むように…」(12cm盤)、aikoは『小さな丸い好日』や「花火」、浜崎は「A Song for ××」が思い起こされる。
特に浜崎は「poker face」でデビューしたこともあってか、アルバムの多くのジャケットを顔を中心に構成している。意外なことに、この切り口で比較すると宇多田のアートワークの傾向に一番近いのは浜崎である。彼女の「Movin' on without you」のカバーは驚きを持って迎えられたと記憶しているが、同じ顔ジャケを貫く同士として宇多田を意識していたように思える。
また日本人が関わった有名な顔ジャケといえば、ジャズトランぺッターのマイルス・デイヴィスによる『TUTU』(1986年)がある。余計な文字や装飾を排し、マイルスの顔だけを写したモノクロの写真。このジャケットはグラミー賞で最優秀アルバムパッケージ賞を獲得した。
アートディレクターは石岡瑛子氏。グラミー賞を受賞した当作について「究極のミニマリズムである彼(注:マイルス)の音楽を象徴するための究極のモティーフ」と語っている(参照)。彼女も前述した『First Love』の高橋氏と同じく資生堂でキャリアをスタートしたのだが、入社面接で放った言葉がまたすごい。
「もし私を採用していただけるとしたら、グラフィックデザイナーとして採用していただきたい。お茶を汲んだり、掃除をしたりするような役目としてではなく。それからお給料は、男性の大学卒の採用者と同じだけいただきたい」(作品集『EIKO by EIKO』より)
約58年前にして、この発言である。
石岡氏の生涯における創作理念は「Timeless」「Original」「Revolutionary」。彼女が音楽界に残したデザインの文脈が、同じ日本人の宇多田や浜崎などのディーヴァに受け継がれた、というのは少しばかり考えすぎかもしれない。しかし『First Love』に関しては、そう思わずにはいられない何かがある。名実ともに時代を超え、オリジナルで革命的な作品だったし、それを象徴するのがあの16歳の宇多田の無垢な表情なのだ。
発売20周年の節目にこのアートワークに再度、光が当たることを願う。
■小池直也
ゆとり第一世代・音楽家/記者。山梨県出身。サキソフォン奏者として活動しながら、音楽に関する執筆や取材をおこなっている。ツイッターは@naoyakoike