大友良英インタビュー【前編】 NHK大河ドラマ『いだてん』秘話と劇伴がもたらす発見

自分の音楽性はどうでもいいと思ってる

一一それまでアーティストとしてやっていた人が劇伴をやって、最初は勝手がわかんなくて、お任せしますとなって。実際の使われ方を見て「しまった、こうなるんだったら、こうすればよかった」って、いっぱいあるみたいですね。

大友:たぶん自分の表現として音楽を作ってる人だったらそう思うと思う。だけど、俺、劇伴やってるとき自分の表現とか考えない。どうせ何やっても自分の音楽にしかならないし、自分の音楽性とかはほんとにどうでもいいと思ってる。

一一それは最初から?

大友:最初からそうだった。この『GEKIBAN 1-』のほうに入ってる『青い凧』(1993年)って中国映画が俺の最初の劇伴音楽で。アコースティックでシンプルなメロディを書いてるけど、あの当時俺、ノイズとか即興とかOptical*8みたいなものしかやってないから、自分の中にそんなものなかったもん。だけどこの映画はそのほうが合うと思った。別に自分の音楽性が大切とは思ってないから、その映画に一番合う方向を考えようって最初から思ってた。思っただけじゃなくて、幸か不幸か知らないけど書けちゃったから。

一一でもそういう引き出しはもともとあったわけでしょ、大友さんの中に。

大友:わかんない。そこの努力をしたことがないから。ひとつだけ言えるのは、俺、音楽聴くのが本当に好きで、誰よりもいっぱいいろんな音楽を聴いてきたと思うし、それなりに吸収してきたのかもしれないなって。単純に好きで、民族音楽の先生の家に居候してレコード聴きまくってたような人間だから、そういうのが役立ったんじゃないかな。 「あれ、この映画はこういう音楽が合うんじゃないか」ってパッと思い浮かんで。それは自分の音楽性から引っ張り出してくるもんじゃなくて。あぁほんとはこの場面だったらアストル・ピアソラが合うんだけどなぁって思いつつ、でもピアソラには頼めないし、自分だったらどうアプローチするか、とか。そういうふうにやっていった感じかなぁ、でもどうせ何やったところで自分の音楽にしかならないんだよとは思ってる。

一一その時に「俺の音楽だから」ってノイジーなものをやっていたら、成り立たなかった。

大友:……まぁ今から考えるとそれでも成り立ったのかもしれないけど、それをやったら別の映画になっただろうね。ただ、俺がその映画を見た感じでいうと、これはアコースティックな楽器で、ものすごくシンプルなメロディで、数箇所に音楽つければ成り立つって思ったのね。あとは余計な音楽一切つけないほうがいい。

一一最初からそういうふうに考えられるのは凄いですね。

大友:映画好きだったからじゃないかな。特に中国映画、香港映画が大好きで。ハリウッド映画とかよりそっちのほうが好きだった。音楽も中国とか香港映画のほうが面白いと思ってたし。香港映画はチープで面白いし、中国映画は音楽の付け方がかなり研ぎ澄まされててすごいと思ってたんです。だからそういうのはけっこう注意深く聴いてきた。映画の音って面白くて。音楽だけじゃなくてね。効果音といろんな音楽と声っていう要素をコラージュしてくわけじゃない? だから、この手法はぜひ学びたいと当時思ってたから。

一一あぁ、コラージュとしてね。

大友:そう。コラージュとして、自分のやってる音楽として。だから映画の現場を見たいなあって思ってたときにこんな話が来たから、それは「やるやるやる」って感じで。だからコラージュの中で使われるパーツとして音楽を考えたんだと思う、当時。自分の音楽っていうより。なのでその音楽がどう映画についていくのか、音響制作の現場を見に行ったんです。それは本当に勉強になったし面白かった。だから、映画の音楽はそれだけで完結するとは思ってなくて、映画に付いて、いろんな声とか音と混ざってく中で初めて機能してく。その前提で音楽を作ってたから。

一一大友さんがアーティストとして作ってた音楽と共通するものがあったわけですね。

大友:そうそうそう。僕自身はコラージュをずっとやってきたから。だから映画の音楽をいっぱいやるようになってから、自分でコラージュをあんまりやらなくなっちゃったのは、そっちで欲求が満たされたからだと思う。


一一ああ、それは面白い話ですね。

大友:しかも、その時点のコラージュってアナログだから、テープ切ったりとかけっこう大変な作業だったのに、ちょうどデジタル時代になってきてサンプラーとコンピュータでコラージュを簡単にできるようになったじゃない? それもあって俺はコラージュをやんなくなっちゃった。なんか簡単でつまんなくて。天の邪鬼だから。

ーーなるほどね。

大友:だから、今回この劇伴集は音楽だけ取り出してきてるけども、本当はそれだけで成り立つものではないんだよね。それはもうずっと一貫してるかな。でもこうして並べて聞いてみると充分音楽単体としてもいいなって、自分で言うのもなんですが思います。

一一ほかの劇伴作家で興味があったのは?

大友:やっぱり凄いなと思ったのは武満徹とか。その頃ですよ、山下毅雄を面白いと思って探り出したのは。それで『山下毅雄を斬る』っていうアルバム作ったりして。山下毅雄って彼の音楽を作ってる……って感じがしないんですよ。作家の固有名詞じゃなくて『スーパージェッター』とか『時間ですよ』の音楽を作ってるっていうふうにしか認識されないのが、俺はいいなと思った。でもどこまでいっても山下さんの音楽でしかない。そのあり方が素敵だなって。

一一そこに記名性、作家性は必要ないと。

大友:うん。そういうものが必要ない音楽なのに滲み出てくる山下毅雄節とか、そういうほうが好きだったので。個人の自己表現とは違う音楽のあり方のほうが全然面白いと思った。自己表現ってうざいじゃないですか。別にあなたの思ってることなんかどうでもいいよって、いつも思うんです。

一一思いますか。

大友:思いますねえ! 歌手が自分の恋愛のこととか歌ってると、別にあんたの恋愛のことなんてどうでもいいんだけど、ってこっそりツッコんでるもん(笑)。そんなのいいよ別に、勝手に友達とやってよ、って。音楽ってそういう、個人の何かが表出するみたいなのはどうでもいいと思って。そんなことより何歌ってるんだかわからない盆踊りとかのほうがやっぱり面白いもん。現象のほうが。

一一たぶん、そういう個人のものでしかない歌が受け入れられる場合って、聴き手がそれを共有する、共感するってことでしょうね。

大友:うん。共感して何か大きな輪になった状態は面白いんだけど、ただ個人の歌ってだけだったら、それ自体はどうでもよくて。それで起こる現象のほうが面白いかな。

一一歌が受容されるプロセスや集合意識のほうが興味深い。

大友:うん、受容のされ方がやっぱり音楽の要だと思う。それが面白い。だっていいメロディなんかどこにでも、いくらでもあるもん。別に有名じゃなくても。じゃあなんで「上を向いて歩こう」があんなに国民的な歌になったのかという、その受容のされ方とか時代とか、決して個人の歌の力だけじゃない。

一一「上を向いて歩こう」が永六輔(作詞)の個人的な経験や思いから出てきた歌詞だったとしても、それがみんなに受容されて国民的な歌謡になった時に……。

大友:そう、もともとの出だしは60年安保のときに亡くなった人のこと思って「上を向いて歩こう」を永さんが書いたっていわれているけど、そんなことを知らなくても、あの歌にはなにか力のようなものがって、その人にとってそれぞれの響き方をする。恋人のことを思ってる人もいるかもしれないし。誰かが思ってることをそのまんま伝えるんだったら、電話すればいい話だから。それが、ある広がりを持っていく「豊かさ」のようなものに歌や音楽の良さというか本質があるんだっと思っていて。

一一それが音楽のいいところですね。

大友:そうそう。音楽の面白いところ。だから自己表現に狭めちゃわないほうが面白い。誰が作ったっていうよりも、それがどういうふうにコミュニティに広がったとか、どう踊られてるかとかのほうが俺には全然面白い。すごく西洋的な考え方だと、音楽美学とか、ベートーヴェンのこれは何々を表現しているとか、きっと分析の仕方はあるんだろうけど、それよりも、ベートーヴェンってどういう階級に聴かれてたのか考えるほうが全然面白い。「あぁ、だからこういう和音使ってるけど、じゃ当時の庶民はどんな音楽聴いてたんだ」っていう見方のほうが面白くて。だからベートーヴェンの作品そのものの価値みたいな話より、その音楽が当時のコミュニティの中でどう機能していたとかってことを考える方がなんか自分の性にあってる。劇伴もそういうものとしてあるんだと思う。

一一大友さんの劇伴は、大河ドラマもあるし朝ドラもあるし、そうかと思えば超低予算のインディーズ映画みたいなやつも普通にやるじゃないですか。

大友:やるやる、全然やる。

一一おそらく受容のされ方はそれぞれ全然違う。そこで制作に臨む考え方は変わってくるわけですか。

大友:変わる、けど、これは一部の人しか見ないからこういう音楽を作る、っていう考え方は逆にしなくて。朝ドラの現場に、普通だったらやらないような低予算映画のやり方を持ち込むっていうイタズラが俺好きで。だから、ちょっとイタズラしたくなる(笑)。

ーー『あまちゃん』の震災の場面でSachiko Mの音(サインウェーブ)を多用したり。

大友:そうそう。あんなの普通のテレビじゃあり得ないことだけど、それが受容されるじゃないですか、あの流れの中でなら。それはSachiko Mの演奏の価値が認められたという単純な話じゃなく、異なった文脈の中で思わぬ機能をするってことの発見なんだと思う。そういうイタズラは大好き。でもこれって単にイタズラじゃなくて、本質的には居場所というのは自分たちで見つけていくものなんだっていう、かなり思想的な話のような気もしてます。(後編に続く)

(取材・文=小野島大/写真=林直幸)

■イベント情報
大友良英『大河ドラマ「いだてん」オリジナル・サウンドトラック 前編』
『GEKIBAN 1 -大友良英サウンドトラックアーカイブス-』リリース記念イベント

<開催日時>
3月15日(金)18時〜
<場所>
渋谷店5Fイベントスペース
<出演>
大友良英
<イベント内容>
トーク&ジャケットサイン会

<対象商品>
・アーティスト名:大友良英
・発売日:3月6日(水)
・タイトル:『大河ドラマ「いだてん」オリジナル・サウンドトラック 前編』
・税込価格:¥3,240

・アーティスト名:大友良英
・発売日:3月6日(水)
・タイトル:『GEKIBAN 1 -大友良英サウンドトラックアーカイブス-』
・税込価格:¥3,240

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