『往来するもの』インタビュー

odol ミゾベ&森山が語る、バンドの“ムードと変化”「新しい扉が開きそうな予感がある」

 東京を拠点に活動する6人組のロックバンド、odolが新作アルバム『往来するもの』を完成させた。「時間と距離と僕らの旅」や「大人になって」など、今年になって配信リリースしてきた楽曲が好評を集め、注目度を増してきた彼ら。新作には、持ち前の繊細なバンドサウンドだけでなく、ダンスミュージックやエレクトロニカにも曲調の幅を広げ、彼ら独特の美学を貫いた全9曲が収録されている。

 特に「光の中へ」や「four eyes」といった楽曲は、彼らの目覚ましい“覚醒”を示していると言っていいだろう。すべての作詞を手がけるミゾベリョウ(Vo/Gt)と、作曲を担当している森山公稀(Pf/Syn)の2人に、手応えを聞いた。(柴 那典)

森山公稀「この1年半ぐらい、ずっとライブのことを考えていた」

ーーアルバム、傑作だと思います。

ミゾベリョウ(以下、ミゾベ):ありがとうございます。

森山公稀(以下、森山):とても嬉しいです。

ーーこれはodolというバンドにとって、大きな成長を遂げた一枚になったと思うんです。作っている過程においては、このアルバムの全体像のイメージはどのあたりから見えてきてたのでしょうか?

森山:曲が出揃ってきて、最後の方だと思います。「これは大きいアルバムになる」って思ったのは本当に最後の最後ぐらいで。作っている上では「こういうアルバムにするぞ」みたいなものはなく、その都度いろんなこと考えて、闇雲に1曲1曲を作っていたんです。揃ってから、これはすごそうだとは思いました。

森山公稀

ーーその段階でどういうアルバムになったという実感、手応えがありましたか?

森山:最初は、言葉でまとめられない、一言で表せられないアルバムだなっていう印象がありました。長い期間かけて1曲ずつ作ってきたので、アルバムとしては2年半ぐらい時間が空いてるし、サウンドも様々です。一言で表すのは難しいなと思っていたんですけど、曲を何回も聴いているうちに“往来”という言葉が全体に流れるコンセプトとして見えてきました。

ーーそれがアルバムタイトルの『往来するもの』になった。これはどういうことを象徴しているのでしょう?

森山:まず一つは、この1年半ぐらいの間、ずっとライブのことを考えていて、ライブでお客さんと僕らの間で音を行きかわせることの“往来”という意味です。あとは、僕らがさまざまな音楽ジャンルを片足ずつ踏み入れながら歩き回っていることだったり、歌詞ではミゾベ自身の子供だった頃と今、そしてこれからと、そういう時間軸を行き来していることだったり。“往来”っていう、歩き回ってるような印象が、アルバム全体に通底してることが見えてきました。それでやっとタイトルが決まったんです。

ミゾベ:森山からいくつかタイトルの案が送られてきた中に“往来”という言葉があって、それを見たときに腑に落ちた感じがありました。歌詞を書いていくなかで、過去に遡ったり、現在や未来を見たり、距離を進んでいったり、そういう漠然としたイメージがずっとあったんです。今まで自分がやってきたことも、さっき森山が言っていたようなことだったのかなって。

ーーいろんな意味で“往来”という言葉が符合した感じがあったんですね。

森山:そうですね。アルバムのどんな側面を取っても“往来”していることは共通しているなって。たぶんここ数年の僕らの人生、音楽をやる上での美学みたいなものとも合致しているし、アルバム自体にもそれが出ているなって思います。

ミゾベ:前作のEP『視線』が、どこか一点や他者に向けての視線という“線”に注目した曲たちでした。それを作り終わった後に、『視線』の先に何があるかを確かめないといけないと思ったんですね。見ている方向にちゃんと自分が行ってみて、体験を通して実感を得ることで、想像を超えることができるんじゃないかっていう。そうやって曲を作っていって、作り終わった段階で気付いたことを総合したら、森山から“往来”という言葉が出てきた。そこには、視線を送ったり受けたりして交換しあうという意味も含まれているなって感じました。

ミゾベリョウ

ーーなるほど。“往来”というキーワードにはいくつかの側面があるのですね。それを一つひとつ紐解いていこうと思います。まず、森山さんが最初に話していたライブについて。odolというバンドは、ここ最近ライブをすごく意識してきた。一方通行じゃなく、聴いている人とのコミュニケーションとして音楽を鳴らすために試行錯誤をしてきて、そこで生まれたことがアルバムに結晶している、と。

森山:そうですね。『O/g』という僕らのライブシリーズを始めたのも、ここ1年くらいです。ライブの本数自体も増えたのですが、ライブが少ないころは、どうしても聴いてくれる人たちのことを勝手に思い浮かべて、その想像上の人たちに向けて音を届けていました。でも、ライブをやっていると本当にお客さんの顔が見えるので、そのひとり一人に対して、どういう曲を作っていくかという考えになる。双方向というか、その瞬間のお客さんの表情や空気感で演奏が変わることをやっと体感として得られたのが、この1年ぐらいでした。そういう意味でも、コミュニケーションとしての音楽をやっと実感できるようになってきました。

ーーアルバムには「four eyes」みたいに、いわゆる4つ打ちのダンスミュージックが入っていますよね。これは表層的に言うと、ライブで盛り上げるノリのいい曲を作ろうとして出来たともとれるんだけど、もうちょっと踏み込んでる感じがするんです。聴き手の内側まで踏み込んでいくタイプ、しかもそれでいてちゃんと肉体性を持った曲というか。その辺の試行錯誤はありましたか?

森山:まさにそういうところが「four eyes」で試行錯誤したところですね。この曲は、僕が人生で初めてクラブに行って、ビートのフィジカルな部分をやっと実感できたことがきっかけで生まれました。自分の身体と本能の部分で、動き出したくなる感じはあるのに、頭がそれをクールダウンさせるんです。いろんなことを理性で押さえつけるように、冷めて考えてる自分がいました。僕のそのクラブの体験は個人的なものだったんですが、そこで感じたことをあの曲で出したかったんですよね。みんなで盛り上がるっていうよりも、突き動かされて踊りたくなる感じと、それでも踊れない自分。だから、アガればいいってもんじゃないサウンドになってるのかなと思います。

odol「four eyes」Official MV

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