小袋成彬は、得体の知れない表現者だーー初ワンマンの衝撃を振り返る

 小袋成彬は、やはり得体の知れない人物である。5月1日に渋谷WWWで行われた初のワンマンライブは、そのことを改めて強く感じさせられた一夜だった。

 彼のデビューアルバム『分離派の夏』がリリースされるというニュースとともに「Lonely One feat. 宇多田ヒカル」が公開されたとき、小袋がN.O.R.K.で表現してきたことや、〈Tokyo Recordings〉で手がけてきた作品、宇多田ヒカルの『Fantôme』への参加、同作を宇多田がプロデュースすること、すべてを踏まえて、「この作品が日本のポップミュージックを塗り替えるかもしれない」と思った。

 しかし、フルアルバムとして仕上がったものを聴いたとき、あまりに想像と違って驚いたことを覚えている。三人称を使わず、私小説的に綴られたリリックと、日本的な情緒のある節回しにフォークの要素を、ファルセットの使い方やコーラスの積み、ピアノ・オルガンの音にはゴスペル的な音楽性を感じたし、クラシックや現代音楽の要素を含みつつ、海外における最先端の音楽からの引用は最小限にとどめているように聴こえた。

 その真意に迫ろうと思い、以前から彼と親交のあった柳樂光隆氏にインタビューを依頼した(参考:小袋成彬が明かす、“シンガーソングライター”としての目覚め「洋楽を焼き増していくのが無理だってわかった」)。結果的に彼の音楽性の変化における「なぜ?」を多分に掘り下げた記事になったわけだが、そこでわかったのは『分離派の夏』は自分のために作られたアルバムであり、これまで才覚溢れる音楽フリークのプロデューサーとして“社会性”を持っていた〈Tokyo Recordings〉の小袋成彬ではなく、シンガーソングライター・小袋成彬として、天啓のように降りてきた“自分を表現することの芸術性”を詰め込んだものだということだった。

 閑話休題。この日のライブはそんなパーソナルで、ある種ステレオタイプとも言ってしまえる芸術性を持った作品に、現代性や社会性を持たせたパフォーマンス、という印象を受けた。

 小袋以外にステージへ上がったのは、キダ・モティフォ(tricot)と、小島裕規(Yaffle/Tokyo Recordings)の2人。まずはアルバムの冒頭を飾る、小袋の友人であり、パリで「音楽学」を研究している八木宏之へのインタビュー音源である「042616@London」からライブはスタートしたが、この語り、アルバムのものをそのままではなく、アウトテイク的な音源が使われていた。八木の「アルバムの冒頭に入れるの? だとすると次はどんな曲に繋がるの?」という言葉から、ファルセットを存分に効かせた「Game」へと向かう。元の芸術論的なメッセージを持ちながら、ライブの演出として語りが機能しているのもまた、新鮮だった。その後の「茗荷谷にて」も、アルバムの42秒尺ではなく、「茗荷谷にて(Extended)」としてフルバージョンで披露されたりと、アルバムの楽曲をライブアレンジするだけではなく、さらに拡張して提示してみせる。

 ライブメンバー発表から実際にパフォーマンスを見るまでの間、ギタリストにキダを起用した意味について考えていたが、大いに納得したのは「夏の夢」と「再会」、「Daydreaming in Guam(extended)」を聴いたときだった。tricotでも表現している轟音ギターが、音の壁となって広がっていく様子を見て、夏の苗場では、これがより気持ち良く聴こえるのだろうと想像を膨らませた。

 この日、アルバム以外から披露されたのは3曲。まず、「新曲」とだけ告げて歌われた楽曲は、教会音楽ともいえる鍵盤の響きと、彼の祈るような熱唱が印象的だった。さらに、小袋の声に重ねて、デジタルクワイアのようにエフェクトをかけた3声のコーラスが響き渡るThe Flaming Lips「Do You Realize??」のカバーや、ピアノバラード調ではなく、キダと小袋のツインギターが音の壁を作り上げたキャロル・キングのカバー「You've Got a Friend」など、圧倒的なサウンドディレクションが次々に襲いかかってくる。終盤の「Selfish」では小島がベースを弾き、「愛の漸進」では同じく小島がDoepferの「A-100 analog modular System」を使って音を歪ませ、ライブとしての一回性をより強く打ち出してみせた。そして最後は冒頭の語りをカットアップした「042616 @London(3)」で、この日の公演は幕を閉じた。

 終わってみれば、この日のライブはほぼMCなし、アンコールなしとストイックな形だったが、それが特別なようにも感じない、極めて自然に聞き入ることのできたライブだったような気がする。

 公演全てを通して振り返ってみると、やはり音源よりも声と音の関係性がより立体的になっているように聴こえたことも記しておきたい。コーラスも積み過ぎず、演奏も最小人数だが、効果的に、必要な音と声しか鳴っていないその空間は、パーソナルな詞世界の音楽とは思えないくらい、心地よい一体感に包まれていた。音源では没入感のあるパーソナルなものを、ライブではより遠くまで届くパブリックなものを、とまで考えてこの音を作っているとしたら。ますます小袋成彬という人物は底が知れないし、ただ自己陶酔の音楽ではなく、ポップミュージックへの並々ならぬ愛情も感じられるライブだった。

 改めて、インタビューや音源を踏まえてこの日のライブを振り返ると、『分離派の夏』に出てくる「僕」と「君」は、楽曲ごとに違う人物を写しているようにもみえる。自分の中にいるたくさんの君、たくさんの僕との対話を突き詰め、研ぎ澄ませた作品が『分離派の夏』であり、小袋は、この作品を通して“小袋成彬”という人物のパーソナリティを限界まで引き出し、起こった出来事を再解釈し、シンガーソングライターとしての自分を定義したのではないか。そして2018年に入って以降、その定義した自分をどこまでプロデュースできるのかを、小島たちと練り上げ、その一端を見せる機会がこの日のライブだったとしたら。小袋成彬というシンガーの快進撃は、文字通りまだ始まったばかりなのだろう。

(取材・文=中村拓海/撮影=岸田哲平)

■セットリスト
01. 042616 @London(1)
02. Game
03. 茗荷谷にて(extended)
04. Lonely One feat. 宇多田ヒカル
05. 夏の夢
06. GOODBOY
07. E. Primavesi
08. 101117 @El Camino de Santiago(extended)
09. Summer Reminds Me
10. 再会
11. 門出
12. 042616 @London(2)
13. 新曲(タイトル未定)
14. Do You Realize??(The Flaming Lipsカバー)
15. Daydreaming in Guam(extended)
16. You've got a friend(キャロル・キングカバー)
17. Selfish
18. 愛の漸進
19. 042616 @London(3)

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