渡辺志保の新譜キュレーション 第9回

ジェイ・Z、ケンドリック・ラマー……2017年上半期、“シーンを変えた”ヒップホップアルバム5選

フューチャー『FUTURE』

 彼らとは対照的に、とことん自身の美学を追求しているのがフューチャーだ。もともとアトランタのヒップホップ・サウンドをその黎明期から支えてきたサウンド・プロデュース・チーム、ダンジョン・ファミリーの血縁にあたるのがフューチャーで、そのキャリアは長く、そして濃い。2012年にアルバム『Pluto』でメジャー・デビューしたフューチャーは、多くのミックステープと並行して2016年までに4枚のオリジナル・アルバムをリリースしてきた。歌うテーマは一貫してドラッグや高級車の話題に終始し、そのサウンドを作り出すのも地元・アトランタの仲間であるメトロ・ブーミンやサウスサイドといったローカルなプロデューサーばかりだ。自身を中心に二次的・三次的にその世界観を広げていくドレイクやケンドリックとは真逆のスタイルを貫くラッパーとも言える。

 そんなフューチャーが2017年2月、突如アルバム『FUTURE』を発表。大きなプロモーションはほぼ無いに等しい状況だったにも関わらず、ビルボードのアルバム・チャート首位を獲得。フューチャーにとっては4枚目のナンバー・ワン・アルバムとなった。そして、その次週にはまたもやアルバム『HNDRXX』を発表してファンを驚かせた。加えて、『FUTURE』と交代するかのように、アルバム・チャートの首位には『HNDRXX』が着地した。こうしてフューチャーは二週連続で異なる新作アルバムをチャート首位に送り込んだ初のアーティストとして認定されるまでになったのだ。ダークなトラックにメロディアスなフロウが乗り、ハードなトラップ(ドラッグ・ディール)生活からロマンティックなラヴソングまでをラップするフューチャーも、まさに今のトレンド最先端を走るアーティストと言える。『FUTURE』からのシングル「Mask Off」もネットのバイラル・ヒットが引き金となり、彼にとってキャリア史上最高のヒット・シングルとなった。精力的にツアーも行っており、何と言ってもこれまでよりその多作っぷりが評価されてきたアーティストでもあるので、下半期もどんな作品をリリースしてくれるのか見ものである。

ミーゴス『C U L T U R E』

 そして、2017年上半期のベスト・アルバム最後の1枚は、アトランタ出身のラップ・トリオ、ミーゴスが放った『C U L T U R E』を。単調なフックに三連符のリズムを組み合わせた独特のフロウ、派手な衣装やMV、そして3人による息のあった“合いの手”(アドリブやガヤと呼ばれる)がその魅力だ。そして、それらが三位一体となってアルバム作品として昇華されたのが、本作である。アルバム発売初週にチャート1位を獲得し、彼らにとっても初のナンバー・ワン・アルバムとなった。昨年10月にリリースされ、じわじわと口コミ・ヒットとなった「Bad & Boujee」や、雪山を舞台にした(地なみに雪はコカインのメタファーである)壮大なMVも素晴らしい「T-Shirt」、地元の大先輩、グッチ・メインと組んだ「Slippery」など、聴きどころは多い。また、本作の成功がきっかけとなり、今年はすでにミーゴス3人にとっても飛躍の年になった。カルヴィン・ハリスのシングル「Slide」にもフランク・オーシャンとともにフィーチャーされたかと思えば、ケイティ・ペリーの新作「Bon Apetit」へも参加するなど、活躍の場をポップ・フィールドにも広げ、さらなる飛躍に向けて順調なウォームアップ中であると言える。今年中にはアルバムの続編『C U L T U R E 2』のリリースも控えているとも言われ、今後、さらにミーゴス旋風が吹き荒れることは間違いなさそうだ。

 本稿を書いている現在においても、タイラー・ザ・クリエイターのアルバムのリリースが間近に控えていたり、カニエ・ウエストもワイオミングの山に籠ってアルバムの制作をしていたというトピックがあったりと、2017年下半期のヒップホップ作品にかける期待はますます大きくなりそうだ。引き続き、素晴らしく、そしてより型破りな作品に多く出会えることを期待したい。

■渡辺 志保
1984年広島市生まれ。おもにヒップホップやR&Bなどにまつわる文筆のほか、歌詞対訳、ラジオMCや司会業も行う。
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