村尾泰郎の新譜キュレーション 第11回
The Flaming Lipsが生み出す新たな白昼夢ーー“サイケデリック”を更新する新譜5選
Entranceはガイ・ブレイクスリーのソロ・ユニット。近年はThe Entrance Band名義で活動していて、サーストン・ムーアのレーベルからアルバムを出したり、Animal Collectiveがキュレーターを務めた『All Tomorrow's Parties』に参加するなどミュージシャン仲間から高い評価を受けていた。そんな彼が久し振りにEntrance名義で発表した新作が『Book of Changes』だ。The Entrance Bandではギター・ノイズが渦巻くズブズブのサイケデリック・ロックを聴かせていたが、本作ではアコースティックな楽器を中心にして、アメリカン・ルーツ・ミュージックに根差した歌をしっとりと聴かせる。リバーブをたっぷり効かせて、ストリングスやチェンバロ、女性コーラスをフィーチャーした優美なサウンドは、アシッド・フォーク的な浮遊感もあって、デヴィッド・バーンを思わせるガイの歌声は妖しい魅力を放っている。グロテスクさと美しさが融合したようなその歌の世界は、デヴェンドラ・バンハートもお気に入りだとか。
歌をしっかり中心に据えながら、そこにサイケデリックな空気感を漂わせる。そんな音楽が「歌もの」と呼ばれていた時期があったが、日本のロック・シーンを代表する歌ものバンドのひとつが渚にて。バンド結成から今年で25年目を迎えるベテランだ。彼らの新作『星も知らない』には、前作『遠泳』に続いて頭士奈生樹(元・非常階段、IDIOT O'CLOCK)が参加。ゆったりと、力強くグルーヴを生み出していくリズム・セクションに支えられて、表情豊かで凛としたギターが高らかに鳴り響く。60〜70年代のロックを消化しつつ、そこには彼らならではの緻密に計算された間や空間があって、そこからじわじわとサイケデリックな揺らぎが生まれるのが彼らの魅力だ。そんな鉄壁のバンド・アンサブルにますます磨きがかかるなか、感情を抑えて歌う柴山伸二、竹田雅子によるボーカルは、淡々としていながらも胸に染み渡っていく。音の立体感にだわったミックスにも注目したいところ。
そして、日本からもう一枚。ウリチパン郡の中心メンバー、オオルタイチとウタモが結成した新ユニット、ゆうきがファースト・アルバム『あたえられたもの』を発表した。「いろんな垣根を越えて、多くの人へ届けたい」という想いで作られたという本作は、元SAKEROCKの伊藤大地と田中馨、ジム・オルークや石橋英子のバンドでも活躍する波多野敦子、シャンソンシゲルなどインディー界のツワモノ達が参加。それぞれに曲作りやアレンジに工夫が凝らされているが、何よりも“歌”に焦点があてられていて、親しみやすく、どこか懐かしいメロディーが春風のように吹き抜けていく。ロック、ソウル、歌謡曲、民謡など、いろんな色を重ねながら、それが次第に透明になっていくような、じっくりと蒸留されて澄み渡った歌。そんな歌が、日常にエアポケットみたいな余白を作ってくれる。心地良い浮遊感に身を委ねたくなるようなアルバムだ。
■村尾泰郎
ロック/映画ライター。『ミュージック・マガジン』『CDジャーナル』『CULÉL』『OCEANS』などで音楽や映画について執筆中。『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』『はじまりのうた』『アメリカン・ハッスル』など映画パンフレットにも寄稿。監修を手掛けた書籍に『USオルタナティヴ・ロック 1978-1999』(シンコーミュージック)などがある。