柴 那典の新譜キュレーション 第7回

ボン・イヴェール、フランシス......世紀の発明 Prismizerが生んだ“デジタルクワイア”とは?

illion『P.Y.L.』

 さて、ここからは日本のアーティスト。まず取り上げたいのはillionのセカンド・アルバム『P.Y.L.』だ。

 RADWIMPSの野田洋次郎のソロ・プロジェクトとして始まったillion。なので、どうしても日本ではその文脈で捉えられることが多く、バンドとの比較で語られることが多い。特に『君の名は。』と「前前前世」が大ヒット中、11月にはRADWIMPSとしての新作のリリースも控えている今なら尚更だ。

 しかし、そういう先入観とか前提を全部取っ払った上で、まずは以下の動画を見てほしい。3年前の2013年にロンドンのシェパーズ・ブッシュ・エンパイアで行われたillionの初ライブの映像。披露されたのはファースト・アルバムに収録された「GASSHOW」だ。

illion GASSHOW @O2 Shepherd's Bush Empire, London, UK

 これを率直に聴けば、ここまで語ってきたボン・イヴェールやフランシス・アンド・ザ・ライツと同じ文脈にillionを位置づけることができるのではないだろうか。「Prismizer」は使っていないにしても、やはり野田洋次郎もエレクトロニック・ハーモニーに挑んでいる。

 アルバム『P.Y.L』でも、電子音を主体に、声を重ねることで孤独を浮上させるような新たなスタイルのソウル・ミュージックを開拓している。5lackをフィーチャリングした「Hilight」など、まさにエレクトロニカとヒップホップとソウルが折衷する新しい刺激を形にしている。

Hilight feat.5lack illion MV

 また、アルバムの最大の聴き所はラストに収められた「Ace」だ。ダークなピアノから始まり、曲後半にかけて野田洋次郎の歌声が徐々に折り重なっていくことでホーリーな響きが増していく一曲。静かに、しかし確実に胸を震わせてくれる。

yahyel『Once/The Flare』

 そして驚いたのがyahyel(ヤイエル)。今年のフジロックのルーキーステージにも登場し、シングル『Once/The Flare』をリリースしたばかりのニューカマーだ。なのだが、最初に聴いた時には全く日本人だと思わなかった。クールで、洗練された色気あるエレクトロニック・ソウル。歌詞も全て英語。まさに国境を感じさせない音楽をやっている。

 おそらく数年前、フランク・オーシャンらが登場して新しいムーブメントが形になりつつある時(ここまでメインストリームになった今は最早似つかわしくない言葉だが、当時はまだ「インディR&B」という言葉でそれが括られていた)から、それに呼応する感性を自然体で研ぎ澄ましていったのだと思う。

yahyel - Once (MV)

 11月23日に初のアルバム『Flesh And Blood』がリリースされる。とても楽しみ。

CAPESON『HIRAETH』

 そして、もう1人。今の日本に勃興している新たな音楽ムーブメントのキーパーソンと言えるのが、宇多田ヒカルのアルバム『Fantôme』にも「ともだち」で参加していた、OBKRこと小袋成彬。彼がかつて在籍したN.O.R.K.も、これらの動きにいち早く呼応し、オリジナルな感性で浮遊感と神聖さを音にしていたR&Bユニットだった。

 彼はN.O.R.K.解散後にインディ・レーベル<Tokyo Recordings>を立ち上げ、シンガーと同時にレーベル代表として活動しつつ今に至るのだが、その<Tokyo Recordings>の有望新人がCAPESON。1989年生まれ、東京出身のシンガーソングライターだ。

Walk Away - Capeson
Capeson - Believe My Eyes (Official Video)

 10月19日にリリースされたばかりのデビューアルバム『HIRAETH』には、彼の繊細な表現力を持った歌声を活かした楽曲が詰まっている。「Walk Away」のコーラスも聴きどころだと思う。バンドスタイルのアレンジにホーン・セクションを大々的にフィーチャーしたサウンドで、R&Bのクールネスと色気だけでなく、どことなく陰鬱な影のようなものが感じられる。そして、やはりハーモニーがポイントだ。

 yahyelの3人も海外経験のある面々だが、彼も幼少期をボストンで過ごした経歴の持ち主。そういうところも、国境を軽々と超えるセンスにつながっているのかもしれない。

■柴 那典
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンを経て独立。ブログ「日々の音色とことば:」Twitter

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