ソロ3rdアルバム『できれば愛を』インタビュー

坂本慎太郎がたどり着いた“答え”「僕が作りたいような音楽を自分で作るのは不可能」

 

「自分の音楽が溶け込んでいたりする世界もあると思う」

ーー楽曲はすごくポップでキャッチーですらあるけど、坂本さんの歌や声などもあって、脳天気なポップスには聞こえない。諦念とか空虚感とか無力感とかを感じる。1曲目の「できれば愛を」とか、いきなりぐぃっと本質を抉られるみたいな怖さがある。

坂本:そうですねえ……なんかそうなっちゃうんですよね。そうするつもりもなかったのにこうなってしまったんですけど。そもそもそういったようなものがどうやったら作れるのか、どういう音楽が自分が思っている感覚に合致するのか、そもそも果たしてそんな音楽があるのか、っていうところが怪しいんで。ずっと探りながらやってたんですよ。前回は歌詞が大きかったんですけど、今回は歌詞で説明できるような世界観じゃなくて、音の質感とか存在感みたいなところが重要だった。だから僕の感覚でしかなくて、答えがあるわけじゃない。だから難しかったですね。

ーー今回は、さっきおっしゃってたような中域に密集した感じの音の質感に変えてきた。

坂本:そうですね。それとドラムの録り方とかも変えて。今回は部屋鳴りとかも一緒に録って、その場で演奏してる感じを出したんですけど。

ーーライヴ感ということですか。

坂本:前は意識的にそういうのを排除して、生演奏なんだけど、そこに人が集まって演奏してる感じにならないように録ったんですけど、今回は演奏してる感じを出そうとして。

ーーなるほど。しかし躍動感があるとか、エネルギッシュとか、そういう演奏でもないですね。

坂本:ええ、そこはシンバルを使わないとか、テンションあげて演奏しないとか。そういう縛りを設けて。

ーー半年間のリハーサルは主にどんなことをしていたわけですか。

坂本:主にノリの部分ですね。遅いテンポで微妙に……グニャッとしてる、みたいな。(笑)まあまあきっちりしてて、適度にグニャッとしている感じというか。

ーーそういうノリを出すということに関してはうまくいったわけですね。

坂本:そういう演奏で音が少ないやつを、古い機材とか古いマイクを使って、太い音で録る。その場で演奏してるような感じで録ることで、イメージしてる「免疫細胞が寝てる間にキズを治してくれるような感じ」になるんじゃないかなと。

ーー生命のエネルギー、というようなことですか

坂本:そうですね。ある種の。わかりやすい感じじゃないですけど。

ーーええ。

坂本:そうやって作っていって、自分が目指す方向においてそのつど自分がベストだと思う選択をして突き詰めて、結果思った通りのものができたんですけど、その思った通りのものがもっと明るい印象のものになるかと思ったら、明るくなかった、ということなんです。

ーーなるほどねえ。

坂本:でも今回のは自分でもよくわかんない感じがするんで、そこまで行けたのかな、というのはありますけどね。

ーーわかんない感じがするから、「行けた」って気がする、わけですか。

坂本:はい。これ何なんだろうな、っていう。一応この曲ができて最後まで作ったけど、いざできて聴いてみたら、ところで一体これは何なんだろう、みたいな感じが自分でもある。それは自分の中ではいいことなんですけどね。

ーー自分でも説明できないようなものができてしまった。

坂本:うん。部屋にこもってひとりで作業して、レコーディング・スタジオでずっとやって、突き詰めて作って、できあがったら、世の中にあるものとはすごく違和感のあるものになったのかな、という気がします。

ーー世界になじめない感じというのはすごく伝わってきます。

坂本:でもある種のレコードには馴染むんですよ。今世の中で流れてるような音楽やラジオやテレビで流れてるような音楽とは違和感があると思うんですけど、違うところに行くと自分の音楽は溶け込んでいたりする世界があると思うんですよね。もうロックだかなんだかよくわかんないものっていうか……。

ーーあ、そこでロックという言葉が出てくるんですね。前回のインタビューでは、ロックに対する絶望感というか違和感というか距離感を語ってましたけど、今回はどうだったんですか。

坂本:今回は……自分でかっこいいと思えるロックをやろうとしてこうなったんですけど。

ーー前回の時はロックの集団熱狂みたいなものがいやで、そこから離れようとしている、ということをおっしゃってました。

坂本:ああ、それは変わらないですね。自分の思うかっこいいロックってそういうものじゃない、ということなんですよ。もっと個人的なものだったりするから。やっぱりロックって若さと切り離せない。その本質に「若さ」というものがあると思うんです。自分がこれぐらいの歳(49歳)になって、もう若くない。でも若作りしてやり続ける人もいるじゃないですか、気持ちの面でも。そうでなかったら「あの頃は良かった」というノスタルジーになっちゃう。若いころを思い出すみたいな表現。その二択じゃない表現が、なんかあるんじゃないかと思って。

 

ーー坂本さんは昔からあまり変わらないイメージがありますけど、年齢を意識することはあるんですか。

坂本:ああもう、カラダがだるくなってきたり、いろんなとこが痛かったりするんで。そこでさっきの「顕微鏡でのぞいたLOVE」の話に戻るんですけど、ケガをしても歳をとってるから治りは遅いけど一応治る。爪も伸びるし、髪の毛も髭も伸びる。そこだけ見ると、何かが生まれているんじゃないか。そこから「どうしてこうなった、その後こうなった」という物語性を排除していけば、なんか糸口があるんじゃないかなと、そういう妄想をずっとしたりしてました。

ーー老いていく自分の中に残っている生命力みたいなものですか。

坂本:そうですそうです。そこに物語性とかいろんなものがついてくるとカッコ悪いなと思って。たとえば歴史……生きてきた歴史とか、情緒みたいなものとか、感情とか。そういうのを排除して、爪が伸びる、とか、ケガが治る、そういうところだけにフォーカスしたような印象のロックのアルバムができないものかと。それがさっきから言ってる、中音域で録るとか、ドラムをナマっぽく部屋鳴りで録るんだけど熱狂しないとか、全部繋がってるんです。でもあまりにもわかりにくいところに行きすぎてて、はたしてこれが共感を得られるんだろうかっていうとね……。

ーーうーん……

坂本:ただ、こういうロックがあったらかっこいいし、そういうことを考えて曲を作ってる人ってほかに知らないので、自分がやる意義があると思ってます。それが自分がやる動機、原動力にはなりますよね。

ーーキズが癒えるとか髪が伸びるとか爪が伸びるとか、そういうエネルギーがある限りは若さが残っていると。

坂本:いやいや、普通に考えたらそうは思わないと思うんですけど、そこになんとか活路を見いだせないかと思ってただけで(苦笑)、普通に考えたらアタマおかしい理論だと思うんですよね(笑)。逆に賛同された方が困るっていうか。

ーー(笑)共感されると困ると。

坂本:共感されてもおかしいと思いますけど(笑)。そんなわけないんで。

ーー共感を拒否するんじゃなくて、されるはずがないという諦念。

坂本:でもそう思いますよ。こういう発言して相手から「いやあ。そうですよね!」なんて真顔で言われたらおかしいでしょ(笑)。「わかります」なんて20代の子に言われたら。

ーーふむ。でもそこが坂本さんの表現にとって一番の肝というか大事なポイントで。

坂本:ああ、そうなんですよ。結局無理なんですよ、永久に。僕が作りたいような音楽を自分で作るってことは不可能で。それはもう、前から薄々わかってるんですけど。追求すればするほどそれは無理だってことがどんどんはっきりしてくる、という繰り返しですね。

ーー不可能、とはどういう意味でしょう。

坂本:そういうのを意識して作ろうとしてる時点でもう、無理なんですよ。つまり、自分がこういうのがあったらいいなと思う音楽って、大抵(アーティストが)なにも考えないで作ってるものだから。でも僕は意識して考えて作ろうとしてる。だから目指せば目指すほど遠ざかっていく、という。

ーー昔からそういうジレンマを感じていたわけですか。

坂本:ああ、もうそれだけですけどね。たとえば黒人音楽が好きで、黒っぽいノリが出せるように練習したり音を作ったりして、本物みたいにできるようになるとか、そういうベクトルじゃないんです、狙ってるところが。完成度を高くしていくとか、お手本に近づけるとかね。この……非常に説明しづらい「いい感じ」というのがあって、好きな曲とかレコードに。その「いい感じ」というのを目指してるんだけど、やっぱね、それは無理なんですよね。

ーーうーん。

坂本:僕はね、ふだんからずっとレコードを買い続けてるんですけど、それって自分の中でのいい曲を集めてるという意識なんですよ。聴いたことのないいい曲を集めたい、という。いろんなジャンルのものを買うんですけど、共通する「好きな感じ」というのがあるんですよね。それを説明するのは非常に難しいんですけど、自分が買いたいと思うようなレコードと同じようなものを作りたい、というのは曲を作ったりレコーディングをする原動力なんですが、それはそもそも、その時点で無理だっていう。

ーーつまり好きなレコードと同じようなものを作りたい、というのは別にサウンド的に同じようなものを作りたい、ということではなくて。

坂本:そうですそうです。

ーーその曲から受ける印象とか、わき起こる感情と同じものを……

坂本:そう。自分の作品もそういうものが感じられるようなものにしたい。だけど、そういう作品って目指した時点で、その印象には辿り着けない。それはとっくにわかってるんですけど、でもやっぱり「次はもっとできるんじゃないか」っていう思いが常にあって。それだけが「新しい曲を作りたい」という気持ちに繋がっているんですよ。聴いたことのない新しいリズムを発明しようとか、もっと複雑なアレンジにしようとかそういうんじゃなくて、「説明しづらい、このいい感じ」っていうのをなんとか出したいんですよね。

ーーでもそれは永遠に正解がない世界ですよね。自分が何を感じたかが大事であっても、自分の音楽を客観的に聴いて感想を持つことはできないし、といって他人の感想で何を言われたところで関係ないし。

坂本:そうですね。そこで今回決定的にわかったのは、さっき言った声の問題なんです。人間の声ってすべての情報が入ってると思うんで、声聴いただけで感じると思うんです。ほんとに何も考えてない声なのか、そういう風に狙って出してる声なのか。バカに見せてるけど実はすげえ鋭いとか、ほんとにマヌケな声とか。自分で歌うと自分の中のものがどうしても全部出ちゃうから。

ーーでもご自分の声で歌うことを想定して曲も書くしサウンドも作っていくわけですよね。

坂本:はい。でも本当は、今回できたこの曲を、オレがいいと思う声のヴォーカルで歌ったら、もっと思ってたものに近づいたかもしれない。もっと軽さとが出ると思うんです。まあ逆もあると思いますけど。

ーーそんなこと考えるんですか。私たちから見たら、坂本さんのこの声があるからこその世界、としか思えないですけど。

坂本:そう、だから、そこから絶対逃れられないってことであって。自分はそこから飛躍したいという気持ちはあるんですけど、まあ絶対無理なんですけどね。

ーーそれは声質の問題ですか。

坂本:声、というか経験ですよね。経験を積んだ声なんですよ。それは悪いことじゃなくて、経験を積まないと出ない説得力とか存在感に繋がるのかもしれないけど、僕がレコードを聴いて感動するのは、そういうんじゃないんです。もっとこう……本人が何をやっているのかもわからずに、たまたまできたものがすごいいいとか、そういうもの。そうするともう、無理じゃないですか、自分で作るの。

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