宇多田ヒカルのソングライティングはどう変化した? 新曲とこれまでの楽曲を改めて分析

 新曲「花束を君に」と「真夏の通り雨」を聴いてみよう。まずサウンド・プロダクションが、これまでになくシンプルになっていたことに驚いた。ミックス・エンジニアはサム・スミスなどを手がけたスティーブン・フィッツモーリス。時おり電子音が聞こえるものの、全体的には生楽器をフィーチャーしたオーガニックなアレンジになっている。メロディも、「緻密」というよりはいい意味でデモテープ的な「ラフさ」を残し、程よく肩の力が抜けた印象だ。コード進行はこれまでどおりシンプルだが、「花束を君に」はいつになく明るい曲調で新鮮。ヴァースが「E - G#m / A -F#m / B - E 0 E- G#m / A - F#m - A/B」。サビは「E/G#m - A/E - A/E - A/E - E/G#m - G#/C#m - Amaj7/G# - Amaj7/G# - A/E - A/E - D/B - E」。サビのA/Eの繰り返しや、後半に出てくるDというコード、メロディの節回しがゴスペルやリズム&ブルースを彷彿とさせる。間奏の「E/C#m - G#m - E/C#m - B」は、個人的にはコクトー・ツインズやビーチ・ハウスの和音の積みを思い出した。

 比較的これまでの「ヒカル節」に通じる「真夏の通り雨」のコード進行は「mE - D#m7 - C#m7 - D#m7 - E - D#m7 - C#m7 - D#7」。途中から8小節目にF#(次のD#7に対するセカンダリードミナントコード)が挿入されるくらいで、あとはひたすら同じコード進行が繰り返される。ただし、上に乗せるメロディやピアノのフレーズが変わっていくため、和声がカラフルに広がっていくのだ。

 歌のキーは、どちらの曲もこれまでに比べて若干低めに設定されているようで、全てを包み込むような宇多田のヴォーカルが「深み」や「優しさ」を与えている。おそらく、彼女自身の私生活の変化(再婚、出産、母との死別)も、こうした曲作りに大きな影響を与えているだろう。

 余計な音をそぎ落としヴォーカルを最大限に引き立てた、宇多田ヒカルにとって新境地とも言える2曲。来たるべきニューアルバムには、このクラスの楽曲が並ぶのかと想像すると、今から楽しみでならない。

■黒田隆憲
ライター、カメラマン、DJ。90年代後半にロックバンドCOKEBERRYでメジャー・デビュー。山下達郎の『サンデー・ソングブック』で紹介され話題に。ライターとしては、スタジオワークの経験を活かし、楽器や機材に精通した文章に定評がある。2013年には、世界で唯一の「マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン公認カメラマン」として世界各地で撮影をおこなった。主な共著に『シューゲイザー・ディスクガイド』『ビートルズの遺伝子ディスクガイド』、著著に『プライベート・スタジオ作曲術』『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』『メロディがひらめくとき』など。

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