磯部涼×中矢俊一郎「時事オト通信」第4回(後編)

ラップ・ミュージックと反ホモフォビアの現在 フランク・オーシャンからキングギドラまで

磯部「日本のラップ・ミュージックもこの問題に関して進展して欲しい」

中矢:LAを拠点とするOFWGKTAに関しては、ラップ・ミュージック、アフロ・カルチャー云々というよりも、今の西海岸特有のリベラルな雰囲気が反映されている気もします。そういえば、ここ数年、ラッパーは痩せているほうがカッコいいという風潮がありますよね。エイサップ・ロッキーが代表的な存在ですが、彼はファッションもモード寄りで、そのような流れが、ラップ・ミュージックのマチズモを解消しているようにも思えます。特に、エイサップ・ロッキーが女性R&Bシンガーのリアーナとショップめぐりをしながらデートするという体のMV「Fashion Killa」(13年9月)は話題になりましたし、周囲の女子ウケもよかった印象がある。同曲のリリックには、エスカーダ、バレンシアガ、ヘルムート ラング、アレキサンダー ワン、ダナ キャラン、ジャンポール・ゴルチエ……といったブランド名がいっぱい出てきますよね。あと、2000年代の後半あたりからパリコレに足を運ぶようになったカニエ・ウェストの存在も大きいと思います。

A$AP Rocky「Fashion Killa (Explicit Version)」

磯部:エイサップ・ロッキーが「オレが好きな服のデザイナーはみんなゲイだ。それに気づいて、ホモフォビアなんてバカらしいと思うようになった」と言っていたというのはイイ話だよね。ただ、同じようにファッショナブルなヤング・サグを、彼とビーフがあったザ・ゲームが「女みたいにネイルを塗りやがって」と揶揄するようなことも頻繁に起こっている。中でも最悪なのが、13年2月に、男性R&Bシンガーのクリス・ブラウンとその友人が、カミングアウト直後のフランク・オーシャンとスタジオの駐車場で喧嘩になり、フランク・オーシャンが殴られた上にホモフォビックな言葉を吐きかけられたという事件で、問題の根深さを思い知らされる。クリス・ブラウンは、恋人のリアーナに対するドメスティック・ヴァイオレンスで逮捕されたことからもわかる通り、アーバン・ミュージックにおけるマチズモをラッパー以上に象徴するようなキャラクターだから。

Young Thug「Constantly Hating featuring Birdman」

中矢:ちなみに、アメリカにおける同性愛の問題にはキリスト教が深く絡んでいますよね。カトリックの教義では同性愛は原則的に許されませんが、02年にはボストン大司教区の元神父が35年以上にわたり青少年に性的虐待をしていた事実が発覚しました。さらに04年には、1950年から02年までに米カトリック教会の神父4450人が1万1000件の性的虐待をした疑いがあると報じられた。以後、同性愛の問題が、カトリックやプロテスタントの教会を巻き込んで、アメリカを二分する政治的イシューとなった感があります。

磯部:それに対するラップ・ミュージックからのアンサーということで言うと、ラッパーのマースは、12年7月に公開されたヴィデオ「Animal Style」の中でアメリカンアパレルの“Legalize Gay(同性愛者支援)”のTシャツを着ながら、男子高校生同士の悲劇的な恋愛を通して、いかにキリスト教や地域コミュニティが抑圧的かということを辛辣に批判している。同曲はラップ・ファンには高く評価されたけど、一方で、「Same Love」があれだけ大衆受けしたのは、マースの批判をネットやラップ・シーンにまで広げた上で、聖書、そして、US建国の理念に立ち返ってみれば、LGBTはそこに包摂されるはずだという、良い意味での中庸さにメッセージを落とし込んだからだろうね。前編で話したことにつながるような余談だけど、熱心なラップ・ファンほど、白人であるマックルモアやエミネムをオーセンティシティに欠けると批判しがちで、そのようなレイシズム(人種主義)を、むしろ、黒人である50セントやスクールボーイ・Qが批判していたりもする。

Murs「Animal Style」

日本語訳:探求HIPHOP "Animal Style" Murs 和訳・対訳

中矢:オバマも13年1月の大統領就任演説で、「同性愛の問題が解決しなければ、私たちの旅は完成しない」と語っていましたし、アメリカの今後の動きに注目したいですね。

 ところで、日本のラップ・ミュージックにもホモフォビアはありますよね。よく知られているところでは、02年の4月にキングギドラがリリースしたシングル盤『UNSTOPPABLE』収録曲「ドライブバイ」の「ニセモン野郎にホモ野郎 一発で仕止める言葉のドライブバイ/こいつやってもいいか 奴の命奪ってもいいか」「だってわかっててやってんだろう そのオカマみたいな変なの/だいたいわかる居そうなとこ いつでも行ける行こうかそこ」という歌詞に対して、同性愛者支援団体〈すこたん企画〉(現・すこたんソーシャルサービス)をはじめとして抗議があり、結局、レーベルの〈デフ・スター〉がシングルを回収するという騒動が起こりました。

磯部:その件について、ギドラのメンバーであるKダブシャインとZEEBRAは以下のように振り返っている。

K-DUB SHINE「オレはゲイ差別者じゃないわけよ。でも、結構そう言われて」「オレはゲイと恋愛関係を持つつもりはないけど、クリエイティヴな部分では尊敬してますよ、というのがオレの中にはある。あの曲で言ってたオカマというのは、オトコのクセに、オトコらしいフリして、他人のパクリばかりじゃねえか、お前はオンナの腐ったのと一緒だという意味で、オカマと言っている。『オンナの腐ったの』という言い方も昔ながらのセクシシズムのあらわれになってしまうけど。オンナが言う『アンタ、それでもオトコ?』という感覚よ」(『blast』04年8月号、シンコーミュージック)

ZEEBRA「『UNSTOPPABLE』『F.F.B.』と2枚続けて、ギドラのシングルが市民団体などから抗議が来て、発売停止になってしまった。理由は歌詞が不適切だということ。特定の層を蔑視しているんじゃないか、偏見を持っているんじゃないかというのがその理由。オレとしてはそんなつもりはまったくなかった。だからそう解釈されたことはすげぇ残念だった。ただし、いくら比喩であった、そんな意図はなかったとしても、比喩だとわからない人にとっては、攻撃されたと感じるかもしれない。そういう意味での配慮が甘かった。ただ特定の層を攻撃する気はまったくなかった」(『ZEEBRA自伝』、ぴあ、08年)

 実際、「ドライブバイ」で使われている“ホモ”“オカマ”は、ゲイを指しているわけではなくて、いわゆる“ワック・MC”の隠喩だよね。もちろん、彼らは“ワック・MC”を本当に殺そうとしているわけでもない。例えばZEEBRAは、それ以前にも、『証言』のヴァースや、ギドラの「フリースタイル・ダンジョン」で、“ニセモン野郎”をギロチンにかけたり、喉をかっ切ったりしているわけで。ただ、「ドライブバイ」で使われている“ホモ”“オカマ”が、ゲイを“も”指してしまうこともまた当然であって、それについて、〈すこたん企画〉主宰の伊藤悟はこう書いている。

「キングギドラが『悪意はなかった』としているのに、私は懐疑的である。“ドライブバイ”は『ニセモノラッパー』を攻撃したものだとされているが、だとしたら、少なくとも『ニセモノラッパー』への敵意はあるのではないか。そして、価値の低いもの=軽蔑すべきもの、と見ているその『ニセモノラッパー』を攻撃するために『ホモ野郎』と言っているのであれば、『ホモ野郎』に対しても、無意識的に見下してきたという発想があるのではないか」(『blast』02年8月号、シンコーミュージック)

 僕にしても、伊藤の文章が載っている「blast」02年8月号の特集「“UNSTOPPABLE“OR“STOPPABLE”?~キングギドラ自主回収を考える」で、「差別意識には無意識的なものもあるので、差別する意図がなかったという言い訳は通用しない」というようなことを話しているんだけど、一方で、ほぼ同時期に発売されたコンピレーション『Homebrewer’s Vol.1』収録のMS CRU(現・MSC)「新宿アンダーグラウンドエリア」のレコーディングに立ち会って、漢のホモフォビックなヴァースを聴いたときは、それを咎めていないからね。「ん?」と引っかかりつつも、「まぁ、不良だし、こういうことも言うだろ」ぐらいに思っていた。要は、単に意識が低かったんだよ。ただ、オバマと比較するのは不相応だけど、自分も「この問題に関して次第にevolution(進展)してきた」し、日本のラップ・ミュージックだってそうであって欲しい。そういう意味で言うと、MSCのプライマルが自身のセクシュアリティについてカミングアウトした13年のインタヴュー(ele-king 性、家族、労働――プライマル、インタヴュー)からは、前に進もうとするものの事実を受け入れられない、彼の葛藤が伝わってきて凄く考えさせられた。ちなみに、西新宿パンティーズは日本版クィア・ラップと言っていいのかな?

 話を戻すと、今度、ギドラは1stアルバム『空からの力』の20周年記念盤を出すけど、オリジナル盤発表当時について訊いた際、彼らが繰り返し言っていたのは、「リアルタイムのUSのラップ・ミュージックをいかに翻訳するか?」ということを考えていたと。USのストリート・カルチャーを翻訳したチーム文化がルーツにある彼らは、常にその作業をやっているとも言えて、それは、『UNSTOPPABLE』でも同じ。つまり、あそこで使われている“ホモ”“オカマ”は、恐らくはUSのラップ・ミュージックにおける“ファゴット”“ファグ”の翻訳なんだよね。ということは、もし、彼らが3rdアルバムを出すとしたら、現在のUSのモードに合わせてLGBT支援を歌うのかもしれない。

■磯部 涼(いそべ・りょう)
音楽ライター。78年生まれ。編著に風営法とクラブの問題を扱った『踊ってはいけない国、日本』『踊ってはいけない国で、踊り続けるために』(共に河出書房新社)がある。4月25日に九龍ジョーとの共著『遊びつかれた朝に――10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』(Pヴァイン)を刊行。

■中矢俊一郎(なかや・しゅんいちろう)
1982年、名古屋生まれ。「スタジオ・ボイス」編集部を経て、現在はフリーの編集者/ライターとして「TRANSIT」「サイゾー」などの媒体で暗躍。音楽のみならず、ポップ・カルチャー、ユース・カルチャー全般を取材対象としています。編著『HOSONO百景』(細野晴臣著/河出書房新社)が発売中。余談ですが、ミツメというバンドに実弟がいます。

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