兵庫慎司「ロックの余談Z」 第1回

なぜ人はイベントをやるのか? 音楽ライター・兵庫慎司が考える

 そして。2010年代に入り、CDが売れなくなり、どのレコード会社もどの事務所もどのメディアもライヴに活路を見出すしかなくなった結果、この手のイベントは増加の一途を辿ったが、最近はまたちょっと落ち着いているように思う。あたりまえだが、そうそうお客が入るものではないからだ。CDが売れなくてライヴ主体になっている、というのはロック業界全体がそうなわけだから、どのバンドも昔ならツアーは年に1回、あとはイベントとかにポツポツ出る程度だったのが、今は自分たちのツアーを年に2回、ほかのバンドの対バンツアーのゲストに呼ばれてさらに十数本、夏は当然各地のフェスに出演、年末も年越しイベントがあり……と、ライヴの本数がどんどん増えている。そうすると、イベントから順に入らなくなる。あたりまえだ。

 というわけで数は落ち着いたものの、それでもイベントは日々行われている。幕張メッセとかさいたまスーパーアリーナとかの大会場でどかーんとぶち上げるようなやつは、コケたら痛いけど成功すれば儲かるだろうから、まだわかる。たとえばスペースシャワーTVの『スペースシャワー列伝』やロッキング・オン・ジャパンの『JAPAN'S NEXT』は、番組や誌面と連動しているものだし、イベント単体の採算よりも新人をプッシュするほうが大事な側面もあるだろうから、それもわかる(で、実際、どちらもお客、入っているし)。

 でも、たとえばZEPPやスタジオコーストくらいの大バコで、すでに名前が知れていて人気も安定しているバンドをいくつか集めてイベントをやるのは、なぜだろう。満員になったところで収益はたかが知れているし(当然ワンマンの方が儲かる)、コケたら目も当てられない。

 じゃあメリットはなんだろう。そのイベントをやることによってイメージがよくなる? 今はなき『DEVIROCK NIGHT』などは確かにそういうものだった気がするが、それ以外は、はたしてそうだろうか。「××のイベントに行ったらお客さん全然入っていなかった」っていう時のダメージのほうがでかくないか? あるいは、もしかしたら「自分はこれだけのメンツをブッキングできる」という自己顕示欲もあるんだろうか。いや、そんなのんきな理由で組まれているイベント、ほぼない気がする。中にはあるのかもしれないが、もっとみんな必死にやっている印象がある。

 商売にはならない。ブランドイメージの構築とかでもない。権力の誇示でもない。ならば、なぜやるのか。

 やりたいから。

 簡単すぎる答えで申し訳ないが、足かけ25年以上この問題について考えてきて、出た結論はこれだ。より正確に言うと、ほんの一部の「商売になっている」イベント以外が開催され続けている理由はつまるところそれだ、ということだ。

 きっと、ただ、やりたいのだ。冒頭に書いたような、ライヴハウスでアマチュアバンドを集めてイベントを企画する人たちも、客が入るイベントを考えて日々頭をしぼっている音楽業界人のみなさんも、同じように。アマチュアならともかく、プロで、ビジネスとして仕事しているのに「ただやりたいから」なんて動機、通るの?と思われるだろう。そうだ。普通なら通らない。しかしその通らないものが「イベント」となると通ってしまうのだ。逆にいうと、テーマが「イベント」になると人はおかしくなる、とも言える。イベントとなると、冷静な判断ができなくなってしまうのだ、おそろしいことに。

 バンドが集まれば何かが起こる、という幻想があるのかもしれない。好きな曲を並べて編集テープを作るように、自分の好きなバンドが集まるのがうれしいのかもしれない。それでお客が入った日にゃあ、自分の価値観が認められたようで、そこにエクスタシーを覚えることができるのかもしれない。

 ただ、ちょっとやってみればわかるが、実際にイベントをやるというのは、そんな無邪気なもんではない。そのような達成感が得られることなどほぼない、とすら言っていい。

 バクチだし、効率が悪いし、報われない。でもやる。やりたいから。という、冷静に考えたらやんないほうがいいのはわかっているのにやりたい、だからやってしまうという、イベントに対するこの感じって、今の時代、ロック・バンドのマネージメントなんかしないほうがいい、ロック・バンドのCDなんて出さないほうがいい、そもそもロック・バンドなんてやらないほうがいい、でもやってしまうし、CDを出してしまうし、マネージメントしてしまう、という非効率さと、似ている気がする。というか、根っこにあるものが同じな気がする。そしてずうずうしいことを言うと、そんなロック・バンドについて何か書いたり、インタヴューをしたりすることでメシを食いたいなんて今時思っている奴の、その動機の根っこにあるものとも、近いような気がする。近ければいいなあ、とも思う。

■兵庫慎司
1968年生まれ。1991年株式会社ロッキング・オンに入社、音楽雑誌の編集やライティング、書籍の編集などに関わる。2015年4月にロッキング・オンを退社、フリーライターになる。なお、当連載のタイトルの「ロックの余談Z」の「Z」は、以前にロッキング・オンの音楽サイト、RO69で「兵庫慎司のロックの余談」というブログをやっていたので、それとまったく同じなのもナニかなあ、という理由で付けたものです。ブログTwitter

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